脱走兵
昔、大東亜戦争中、俺が配属され働いているこの駅から大勢の将兵が最前線に向けて出陣していった。
そのせいか戦争が終わった後も、大勢の将兵が軍歌を唄い軍靴の音を響かせながら駅舎の中に入って来る姿や、最終電車が去ったホームに蒸気機関車が止まり大勢の将兵が乗り込む姿が目撃されている。
目撃されるだけで無く、「右向けー右」と言った号令や何処からともなく聞こえて来る軍歌を聞いた駅員も多数いた。
俺は死んだ曾爺様にそっくりな顔だと爺様や親父に以前言われた事がある。
その曾爺様は駅の近くの陸軍の駐屯地の部隊に徴兵され入隊していた。
しかし入隊する前から共産主義に感化されていて、こんな国の為に死にたく無いと脱走。
この駅に多数いた共産主義の同志に駅員の偽の身分を与えられ駅員として潜伏。
曾爺様が所属していた部隊もこの駅から前線に向けて出動し、南方の何処かの島で文字通りに玉砕したらしい。
深夜、最終電車を見送った俺の肩が後ろから叩かれ声を掛けられる。
「貴様! こんな目と鼻の先に潜伏していたのか。
オーイ! 皆見ろ。
脱走した三木がいたぞ!」
振り向くと旧日本軍の兵士の格好をした男がいて、何も無い空間から次々と同じ格好の男達が現れ俺を取り囲む。
「違います! 人違いです!」
俺は弁明する。
だが取り囲んでいた男達の1人が被っていた制帽を俺の頭から叩き落として言う。
「髪を伸ばしたくらいで、同じ釜の飯を食った俺の目を誤魔化せると思うな!」
最上級者らしい男が周りの者達に指示を出す。
「小隊長に報告するのは後で好い、取りあえず乗車させろ」
「違います! 違います!」
必死に弁明するのも虚しく、何時の間にかホームの前に止まっていた蒸気機関車に連結された客車の中に担ぎ込まれる。
ゴットン、俺を乗せた蒸気機関車が動き出す。
ホームの上にポツンと制帽が残され、駅舎で三木が戻って来るのを待っている同僚の耳に、蒸気機関車の汽笛が響いていた。