8話 「命の花」
「まう~♪」
クッコローネはお菓子を口に入れる。
ぽりぽり。
ページをめくる。
ぱらり。
妄想の戦士といえども、まだまだ初心者。
ライトオタクとすら言えないけど漫画は面白い。
カインが祈ると書籍が出現をするので無限に供給可能。
つまりクッコローネはずうっと漫画を読んでいられる。
それは至福の時間。
そう、学校というところでラブコメしたい。
キュンキュンしたい。ちやほやされたい。
「わたしまたなにかやっちゃいましたー?」って言ってみたい。
「……変態どもの気持ちがわかってしまった」
クッコローネはうなだれた。
結局、最強の龍王も一皮剥いたらそんなものなのだ。
部屋で着替える。
クローゼットには制服があった。
犯人はわかっている。
だが気持ち悪いという感情はない。
袖を通すと珍しくぶかぶかだった。
「なんだこれ? 変態のやつサイズを間違えたか?」
首をかしげているとリールーが部屋に入ってきた。
クッコローネを見るや否や鼻血が流れる。
「ぎゃわッ! ぎゃわいいいいいいいいいいッ!」
「な、どうした! リールー! なにか様子がおかしいぞ!」
リールーはいままで魔族特有の強靱な精神力で感情の発露をおさえていた。
だが、ぶかぶか制服の破壊力の前に完全に屈した。
感情は爆発。主である龍王に抱きついた。
「ぎゃわいいいいいいいいいいッ! ぶかぶかかわいいー! なにそれ! なにそれー!」
「なにいいいいいいいいいぃッ! どうしたリールー」
ふわふわスカートは耐えられた。
だが制服は耐えられなかった。
なんと可憐。
「ぜい……ぜい……クッコローネ閣下。一度でいいのでママって呼んでください」
「なんなのおまえ!」
「お願いですからママ! ママって呼んでー! はあはあ、うっ! 頭が!」
リールーから大量のマナが放出される。
「妄想に目覚めたようですね」
すうっとカインが現れる。
カインはクッコローネを抱っこすると椅子に座り膝に乗せる。
「って! なぜか膝に乗せられている!」
「ぎゃーッ! 私も膝にのせたーいー!」
カインはギャーギャーと騒ぐ中、クッコローネの頭をなでる。
「まー♪ うー♪ って違うー! 離せばかー! リールーもどさくさまぎれに来んな! さわんなばか!」
クッコローネはバタバタと暴れ逃げてしまう。
「ぎにゃあああああッ! ふーッ! ふーッ!」
すっかり警戒モードになったクッコローネが部屋の隅にこもってしまう。
カインとリールーははにぎにぎと手を動かし追い詰めていく。
「その手やめろー! 触ったらぶん殴るからな!」
そんな不毛なやりとりをしていると、ドアが勢いよく開く。
「おう、来たぜ!」
褐色の肌を持ち背が高く筋肉質の女性が入ってきた。
オークの女性である。
オークと一口に言っても男女ではだいぶ姿が違う。
女性はエルフ種に比べれば、だいぶふくよか。
だが豚顔ではないし、男性ほどずんぐりむっくりしていない。
ただ特徴的な尖った耳があるだけだ。
女性の姿からオークはエルフの変種であると考えられている。
女性はカインとクッコローネの前に来ると、その場に座る。
「ショタ派青銅紳士のベニーだ」
「おまえら数カ月前にできたばかりなのにもう内部闘争しているのか?」
「道は違えど山頂は同じ。我々には内部闘争など無縁です」
「単に面白ければなんでもいいだけだろが! それにショタか……小さい子にも選ぶ自由くらいあるだろ」
すでにショタを理解したクッコローネが呆れた声を出した。
するとベニーから殺気が漏れ出す。
「てめえ……殺すぞ……。俺たちはショタと恋愛したいわけじゃねえ。ただかわいい姿を見せてくれさえすれば無限に養うと言ってるんだ! わかるか! 大人まで育てたら「姉ちゃん……」って顔真っ赤で言われてえ! ただそれだけだろ!」
いろいろねじれている。
「ところでその服! かわいいなあ! なあカイン様、お持ち帰りしていいか!? なあ、お持ち帰りしていいだろ!」
「このたわけ! 妾に直接聞けー! カインに聞くなー!」
「このメスオーク! 閣下は私のものです!」
「リールーが壊れたぁー! カイン! おまえが悪い! どうにかしろ!」
カインは笑顔のまま手を叩いた。
その場にいた女性陣が無言になる。
「はい注目。ここにコ・ミューケ教団のメンバーが揃いました。ベニーさん、こちらが領主のレン・クッコローネ閣下。さあ、ベニーさん閣下の前で妄想を燃やしてみてください」
「なにをいまさら? おまえらの変態妄想は少し前に見せてもらったぞ?」
「まあまあ、見てください。複数のジャンルによるマナの精製。その効果を見れば、我々の存在が無駄ではないことがわかると思います」
「まだなにかあるのか!」
「まあまあ、ロリっ娘ドラゴンちゃんよぉ。見てくれや。うおおおおおおおおおおお!」
ベニーが妄想を爆発させる。
もちろんショタのかわいい姿である。
空気が震え、地面が音を立てる。
「な、なんだ! なにがあった!」
「か、閣下! 見てください!」
外を見たクッコローネの目に映ったのは、一面の花畑。
雑草だらけの草原に花が咲き乱れていたのである。
「待て……おかしい! あの雑草は花咲かないやつだ! 種類が変わってるのだ! 逆に環境破壊なのだ!」
「同じ草ですよ。マナ不足で花が咲かなかっただけで。見に行きましょう。きっと面白いですよ」
クッコローネは目をパチパチさせながら城の外に出る。
辺り一面、花が咲き狂っていた。
カインは花を一輪摘むとクッコローネに渡す。
「命の花です」
「ぶッ! な、なんだと!」
「閣下、鑑定致します……」
リールーの目が赤く光る。
次の瞬間、リールーが深くため息をついた。
「命の花……です。まさか実在するとは……」
二人が驚くのも無理はなかった。
命の花。
どんな病気や怪我、呪いですらも癒やすと伝えられる万能薬である。
古の英雄が苦難を乗り越え手にする秘宝中の秘宝。
クッコローネすら足元にも及ばない、太古の強力な龍が守っているものだ。存在すれば……だが。
一説には死者すら生き返らせるとされ、国とすら交換できる神の薬なのである。
「待て待て待て待て待て……そこらに生えてる雑草が万能薬だと! なぜ誰も気が付かなかった! いや、なぜ火でもつけねば根絶できんような草にそんな薬効がある!?」
「そりゃ、ちぎれた体を再生するほどの薬効を持ってますから。炎で駆除できるだけ運が良かったとしか。それに高密度のマナがなければ花もつきませんし」
「どうして花もつけずに増えるのだ!」
「そりゃ、空気中のマナが少ないと匍匐茎で無限に増殖しますから。このまま駆除しないと、あと千年くらいで地表を覆い尽くしますね」
「心配事を増やすなー!」
命の花に世界が埋め尽くされる。
それこそ世界の終焉である。
「と、いうことで命の花の処分はまかせます。さあベニーさん、学校を見学しましょう」
「ま、待て! おいカイン! これの処分は妾の手に余る! 行くな! 行くなー!」
鬼はドラゴンを残して去って行った。
「リールー……」
うるうるうるうるうるうる。
「……あとで私も考えます。それと、この世界は妄想が足りずに滅びかかっていると……そういう認識でいいのでしょうか?」
「どれだけ変態に依存してるんじゃ……この世界」
クッコローネはつぶやいた。
あたりから花のにおいが漂ってきた。
学校は完成し、第一陣の受け入れリストも完成した。
もう後戻りはできなかった。
妄想が世界を救うのだ。