7話 「世界の真実」
野焼きを終え、整地を始める。
まずはゴミ拾いしながら、植物モンスターが生えてないことを確認。
生えていたら大きくなる前に燃やす。
それが終わったら、タコと呼ばれる整地用ハンマーを数人で持ち地面を叩いて固める。
魔法は使わない。土魔法で形状を変えたものは維持をするのにも魔力が必要。
ゴーレムに造成させるなどの維持コストの低い方法もあるが、そのレベルの魔道士の報酬はとんでもなく高い。
これは魔道士側にも魔術補充用のマナ石などのコストがかかるからだ。戦争中くらいしか使えないだろう。
そんなことをするくらいなら労働者の数を揃えた方が安い。10分の1以下ですむ。
結局、どの世界でも一人の天才よりその他大勢の人海戦術が基本なのである。
なおこの手の地味作業にもかかわらず、オークたちやダークエルフたちも文句一つ言わずに働いている。
それは本当に異常な光景だった。
タコで杭を打ち、あらかじめ枠を組んだ柱を立てたころにはすでに夕方。その日の作業は終了。
テキトーに見えるが、地震のないこの地方では普通である。
そのあとは簡単に想像できる家を建てる作業だった。
彼らが作っているのは木製の平屋である。
学園ラブコメには小さい、だが、それでも彼らは満足だった。
ここから彼らの人生やり直し計画がはじまるのだった……。
「意味わかんねえよ!」
「心を読んだ!」
理不尽なドラゴンキックがカインを襲う。
すでに熟年夫婦感が漂っている。
カインはツッコミに目を輝かせた。
カインは満たされていた。
ツッコミ不在のボケは悲しい。
ボケても放置。それが勇者パーティーの生活だった。
だがその苦行は終わりを迎えた。それがなによりうれしかった。
だからそのテンションでカインは素直に言った。
「結婚してください」
「適当なことを言うな! おまえはち、小さな女子なら誰でもいいのだろが!」
ぷーっとクッコローネがふくれた。
普段の言動が不審者すぎて勘違いされたようである。
「それで、おまえの本当の目的はなんだ?」
「人生やり直しですが」
「ごまかすな! 本当の目的だ!」
「いや本当なんですが……それで納得できないというのであれば、コ・ミューケ様に賜わった使命のお話でもしましょうか。まず戦争について。人と魔物の戦争の原因をご存じですか?」
「領土の奪い合いに、神が人間に偏重しすぎているなどの原因はあるが、根本はマナ不足だ」
マナ不足。
魔法の行使に必要なエネルギーであるマナは大気中に存在する。
人間は子ども時代に大気中のマナを摂取して魔力の最大値を成長させると考えられている。
だがそのマナは年々薄くなっており、人の生活そのものが縮小している。
だが魔族の領域では自らマナを生み出すことのできる生き物がいるため、たいへん濃い。
そこで人間側が目をつけたのが、大昔に魔族が奪取した土地である。
マナが濃い土地を奪うための戦争なのだ。
人間側からすれば失地回復。
魔族からすれば人間によるマナ目的での侵略。
これが原因である。
「ええ、ではマナはどこから生まれるのでしょう?」
「わからん。ドラゴンはマナを生み出す器官を身体の中に持っていると言われているがな」
自らマナを生み出せるのは高位の魔物である。
アンデッドのリッチや吸血鬼、魔族の一部、ドラゴンも自らマナを生み出すことができる。
これにより魔族領のマナは濃くなると考えられている。
「つまり、そこに根本原因があるんですよ。クッコローネ閣下、正義の神ルツの法典をご存じですか?」
「うん? 話が飛んだな。あれだろ? 人のやることにいちいちケチをつける……」
ルツの法典。
正義の神ルツが記したとされる法典である。
そこには事細かに「人はこうあるべき」という記述がされている。
例えば、結婚年齢は男女ともに20歳から25歳まで。
それ以降は許されない。離婚も許されない。
盗みは死刑。盗賊のジョブを持っているものは盗みをしていなくても街から追放。
おまけに職業、実際の職業ではなくステータスに記載されたジョブによって人の価値が決まる。
魔族に加護を与えないことも記されている。
逆らうものは死刑。ルツの法典は絶対にして至高のものなのである。
あとロリコンは死刑。
「ええ、がんばりやさんのポンコツ眼鏡っ娘風紀委員が徹夜でがんばって書いたような法典です。実に愛おしい」
いきなり不敬発現が飛び出す。
「神に暴言を吐くか……」
「暴言ではありません。ポンコツ眼鏡っ娘風紀委員となったルツ様の日常が脳内で妄想を燃やしているのです! あ、だめだ。だ、男女交際なんて汚らわしい! 禁止しなきゃ! ……とか必死なお姿。最高じゃないですか!」
「あ、うん、なんか妾が悪かった。話を前に進めような。それで、マナがなんだって?」
だんだん変態の扱い方がわかってきたクッコローネは話を戻す。
「ルツの法典によって禁止された行為こそがマナの発生源……だとしたらどうします?」
「な、なんだと! それはいったいどういうことだ?」
「そうですね。人間はマナを生み出せません。いえ、マナを生み出すことをしません」
「……もしかして……人間もマナを生み出せるのか! ええい、教えろ! それはどういう……」
クッコローネが怒鳴った瞬間、空気が震えた。
空気を震わせたのはカイン。
カインからとてつもない量のマナが発せられたのである。
カインは「ゴゴゴゴゴゴゴッ!」と音を立てながら言った。
「クッコローネ様。手を頭の上に上げてください」
クッコローネは手をあげる。
今日の服はいつもの身体にぴったりスーツ。
脇がチラッと見えた。
「フンフンフンフンフンフンフンフンッ!」
辺りにクッコローネすら味わったことのない濃いマナが充満する。
「え? どういうこと?」
「我ら……人間は……いや、全ての種は妄想を燃やすことでマナを発することができるのです!」
クッコローネは手を下ろした。
その顔は真っ赤だった。
クッコローネはカインの襟をつかむとぶん投げる!
「こんの、ばかー! 妾の脇を見たのだな! 見てえっちなことを考えたのだな!」
もちろんいつものようにカインは瞬時に帰ってくる。
このパラディンには全ての攻撃が無効。無敵なのだ。
「説明を続けましょう。法典で禁止された妄想をすることにより、生き物は大気中にマナの基となる物質を放出します。そうでね、仮にロリコニウムとでもしましょうか」
「ネーミングだけで強引に説得力を持たそうとするのはやめろ」
うにゃりとカインはドヤ顔をする。ツッコミがうれしかったらしい。
「ロリコニウムは、年若い男の子を愛でると放出されるショタ酸や人妻フェノールなどの妄想産出物と結合、瞬時にマナへと変換されます」
「え、ちょっと待って、この世界はどんだけ変態に依存してるのだ!」
「依存せず禁止したからこそ世界は滅びに向かっているのです。そう、我々コ・ミューケの使徒こそが世界を救う存在なのです」
クッコローネは頭を抱えた。
変態による世界の調和。
嘘みたいな話である。だが、カインは証明して見せたのだ。
そのとき、クッコローネはある事に気づいた。
「……ちょっと待て。いま、お前……自分をロリコンって認めたよな? ずっと妾をそういう目で見てたのか!」
さすがにクッコローネにも「自分見た感じ幼女じゃね?」という自覚はある。
そういう趣味はルツの法典で死罪という知識もある。
「確かにクッコローネ閣下を最初からそういう目で見てましたがなにか!」
「みにゃーッ! 認めるな!」
「だけどロリコンではありません! 紳士なのです!」
「わかんねーよ!」
クッコローネが叫ぶとカインが声を上げる。
「いいですか閣下。私は閣下のことだけをえっちな目で見てるのであって、子どもを性的対象として見てません。むしろ子どもにはかわいい姿で幸せになってもらう。それを眺めてただ幸せな気持ちでニヤニヤしたいだけなのです! ノータッチ! これこそ紳士のありかた、魂の発露なのです!」
「なんでメチャクチャ早口になっているのだ!」
「閣下がかわいいからです!」
「かわいいっていうなー!」
不毛なやりとりをする二人を見て、作業をしていたオークたちが「ヒューヒュー」とはやし立てる。
「てめえら前に出ろ! ぶっ殺してやる!」
あまりの恥ずかしさにクッコローネはブチ切れた。
それをカインは羽交い締めにする。
「まあまあ、閣下。我らの目的は妄想を燃やすこと。そのついでにルツ様をからかって遊ぶこと。です。こういうのはチキンレースでギリギリを責めるのが楽しいですよねー♪」
カインはほほ笑んだ。
ぞくりと貧乳の背中に冷たいものが走った。
その笑みは神で遊ぶことになんの疑問も持っていなかった。
「だ、だめだこいつ。はやくどうにかしないと……」
「あははは! そうそう閣下。これを」
カインはストレージボックスから本を出す。
それは薄い本……ではなく、普通の少女漫画だった。
「なんだこれは?」
「閣下へのプレゼントです。我々のことがよくわかる資料です」
「妾を教化しようとしても無駄だ。妾は唯一にして最強。神の加護など弱者の欲しがるものぞ」
「まさか。我々が布教するのは教義にあらず。ただ良い作品を布教するのみ!」
わりと真理である。
カインの渡した漫画こそ「カインが選ぶ! 胸キュン少女漫画セレクション」だった。
そこに悪意や邪な考えはない。
ただ良いものを用意したのだ。
目に邪気が宿っていない。
「うん、まあ、なにか思惑があるわけではなさそうだな」
「それと……閣下。ドラゴンがマナを産み出せる件ですが……」
「うん?」
「その……申し上げにくいのですが……ドラゴンの人化。その姿は例外なくロリまたはショタ。つまりドラゴン自体が強大な妄想を常に放っている状態ですので……」
このときクッコローネの脳内で大量の処理がされていた。
一族の男女で人化をとげたものの姿を超高速で思い出していたのだ。
その中に、巨乳は一人もいない。
空を飛ぶのに有利な流線型。出るとこも出ないとこもない身体。つまりロリショタ体型。
クッコローネは気づいてしまった。
リールーという巨乳を見慣れていたため、自分も少ししたら大きくなると思い込んでいた。
つるぺたから簡単に卒業できると思っていた。
だが……。
「ふ、ふええぇ……」
それは残酷な真実だった。
もうちょっとしたらモテ期来るんじゃね? と期待してたのだ。
「ちょっと大きな服も欲しいな。特に胸。」とか妄想していた。
「ちょ、どうしたんですか閣下!」
胸を揺らしてリールーがやって来た。
それを見てクッコローネは……
「ふみゃあああああああああああッ!」
ギャン泣きした。
「うわあああああああああああんッ! おっぱいのばかー!」
そのまま自室へと逃亡する。漫画だけはしっかり持って。
「あの……カインさん、なにがあったんですか?」
「クッコローネ閣下はとても愛らしいとだけ言っておきます」
その後、クッコローネは自室に鍵をかけ引きこもった。
そして丸一日経過した。
ガラッと部屋が開く。
「我……真理を得たり」
クッコローネの寝床には少女漫画が散乱していた。
ここにまた一人愛と哀しみを背負った妄想の戦士が登場したのである。
そして同時刻。
そんな龍王の城の近くに新たな集団が現れた。
不思議なことにそれはオークとダークエルフの集団だった。
しかも皆女性だった。
「男どもはここにいるって?」
制服を着たギャル系ダークエルフが言った。
なお年齢に触れたら死人が出るだろう。
「学校を作っているらしい」
オークの女子が応える。
こちらもギャル系で固めている。
なお年齢に(略)
「ふ……、カイン様の計画通りに行ってるってことだね」
「すべてはショタのために!」
ダークエルフの女性は「ら、らめ、おねえちゃんへんなのでちゃう」派だった。
それにオークの女性が手を差し出す。
熱く、熱く、手を握る二人。
龍王は引きこもって漫画を読みふけっている場合ではなかった。