3.5話 「勇者さんはパラディンくんを抹殺せねばならない」
同時刻。
リカルドの手が震えた。
カインから荷物が宿に送りつけられた。
なぜ居場所を知っている?
いやそれよりもこれはなんだ?
【リカルドへ。
君に似合うものを送る。
~永遠の友人 カイン~】
その荷物の中にあったのは上質な化粧道具と趣味のいいドレス。
特に靴は流行の最先端。最近発表された女性用のサイズの小さい革靴だった。
全体的に恐ろしく趣味がいい。「どこにそのセンスを隠していた!」と叫びたくなるものだった。
「なぜあの野郎はこのセンスを女に使わなかった!」
そう吐き捨てながらサイズを確認する。
そのドレスはまるでリカルドのために作られたかのようだった。
ジャストサイズである。
おそらく靴も……。
リカルドの手は震え続けていた。
知られてしまった。
いや最初から知っていたに違いない。
自分が性別を偽っていると知られてしまった。
魔法を使って完全に隠蔽したはずなのに!
絶対に知られてはならぬ男に知られてしまった。
そうか、なにかあったときのために女である事を見破ったことを隠していたのだ。
脅迫するつもりかもしれない。
復讐するつもりかもしれない。
なんという恐ろしい男だろう。
考えれば考えるほど焦燥感と恐怖が大きくなっていった。
だがカインには嫌がらせや脅迫の意図はなかった。
むしろリカルド自体に全く興味がなかった。
女であることは一目でわかったが、他人の性別に興味はなかった。
ただ上辺のコミュニケーションを上手に取るための情報の一つでしかなかった。
だから解雇されたときも、円満解散の手続きを準用してしまったのだ。
服を送ったのも少し前の雑談で「服買わねえとなあ」と言ったのを憶えていただけ。
女性ものを選んだのは女だと知っていたから。
化粧品と高価なドレスなのは店で高いものを適当に選んだだけ。
やたら趣味がいいのは、地獄の教育のたまものである。
そしてサイズを知っていたのは、暗殺してきそうな人間をよく観察するように教育されただけである。。
カインにとっては本当にどうでもいいことだった。
それを少し前のリカルドは理解できなかったのである。
服を送った時点ではまだコ・ミューケの神託前だったのである。
カインにとっては部署異動の挨拶程度の認識。
それが今さら届いただけ。それが真相である。
だが勇者にはそれが脅迫にしか思えなかった。
リカルドことレイチェルは男爵家の次女として生を受けた。
だが生家は没落。領地を捨て王都に避難するはめになった。
そこにレイチェルの勇者への適性が認められる。
男爵家はレイチェルに家督を継がせるため、彼女を男と偽りリカルドと改名させた。
幸い要求は通り、男爵家は復活することに成功した。
実家のためにも知られてはならない。
草の根分けても探し出して口を封じなければならない。
誰かに秘密を漏らす前に殺さねば。
ゆらりとレイチェルは剣を抜いた。
自分はカインに勝てるのか?
カインに手柄を独り占めされることを恐れた実家の命令でパーティーから追放した。
それほどまでにカインは人間から逸脱していた。
あれこそ倫理を無視した暴挙によって作られた殺戮機械なのだ。
プレゼントに意味が含まれぬはずがない。(実際はなんの意図もない)
「死は怖い……だが、やつを生かしておいてはならない。家のためにもやつだけは殺さねばならない」
レイチェルは覚悟を決めた。
まさかカインが頭のおかしい神に見初められ、頭のおかしい宗教を立ち上げ、頭のおかしい仲間たちと学園ラブコメをなそうとしてるなんてレイチェルが知っているはずもなかったのだ。
数日後。「己の実力不足を感じた。妖精界で修行し直してくる」と嘘だらけの置き手紙をして勇者リカルドは出奔した。