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3話 「龍王ちゃんはわからない」

 龍王の間。

 謁見などもこなす場所ではあるが、その実体はクッコローネの寝室である。

 巨大なふわふわ座布団、干してお日様のにおいがする座布団の上でドラゴンの姿で丸まってるのがクッコローネの日常である。

 飽きると座布団を二つにたたんでアゴを乗っけて枕にする。

 大理石の床がひんやりして気持ちいい。

 抱っこしている巨大なトカゲのぬいぐるみのもちもち触感に夢うつつになる。

 しっぽをぴこぴこ振りながらのんびり夢の中へ。

 クッコローネはあまりアクティブな子ではない。

 おうちでゴロゴロするのが幸せ派だ。

 魔王軍四天王も頼まれたからやっているだけ。

 つつかなければ安全な生き物。それがクッコローネである。

 わけのわからない報告でストレスがたまった。

 もうオークのことは忘れて寝よう。

 オークがいなくなった分はスケルトンやゴーレムを作って穴埋めすればいい。

 数を集めれば同じだろう。

 目をつぶるとすぐにまどろんでくる。

 ぴすーっという幸せそうな寝息が出た瞬間だった。


「クッコローネ閣下! たいへんです!」


「どああああああああああああぁッ!」


 リールーが慌てて入ってくる。

 クッコローネはびくっとしてからがばりと起きた。


「リールー、なにがあった?」


「オークたちが戻ってきました」


「なんだ、そんなことか。罰として将校を営倉に入れて、兵士どもには掃除をさせろ。その間はメシも減らせ! ……まったく人騒がせな」


 そのままクッコローネはドラゴンの姿のままこっくりこっくりと船をこぐ。

 だがリールーはクッコローネを揺さぶる。


「閣下ちがうんです! 増えたんです!」


「ふみゃ……オークがか……?」


「オークがダークエルフを連れてきたんです!」


 今度こそクッコローネは起きた。


「あいつら~! 勝手に村を襲ったな!」


 ダークエルフは魔王軍でも上位階級の種族である。

 自由を愛し、高い戦闘力を持つ。おまけに不屈の精神を持っている。

 簡単に言うと強いけど、人の言うことを聞かない連中である。しかも執念深い。

 味方にすると頼りないが敵に回すと厄介。

 そこに喧嘩を売ってしまうのは避けたい。

 クッコローネは歯ぎしりした。


「あんのバカども~!」


「それがちがうんです! オークの集団にダークエルフが混じってるんです!」


 クッコローネはぽんっと人の姿になると小首を傾げた。

 オークもダークエルフも他の種族と連携をとれるほど協調性がある種族ではない。

 それがなぜ手を結んだのか?


「意味がわからぬ」


「だからご報告をと! やつらはこの城を取り囲んで要求を突きつけてきたのです!」


「ふむ……して、やつらの要求とは?」


「【学園ラブコメ】を要求してます」


「意味がわからないのだ!」


「私だってわかりません!」



「それは私が説明しましょう」



 二人が声を荒げた瞬間、闇の中から男が現れた。

 背は高く、細身でありながら鍛え上げられた肉体であることがわかる。

 漆黒の髪と同じ色の変わった服を着用。

 顔は整っているが、目の下のクマのせいで陰気な印象を与えていた。

 あえて言えば、死にかけの詩人。労咳をわずらった文豪風の男だった。


「私はカイン。聖騎士(パラディン)のカインと言えばご存じでしょう……私は……」


「ぬうッ! 勇者の片腕か! ええい。リールー逃げろ!」


 話も聞かずにクッコローネはドラゴンの姿に戻る。

 口を開けすぐさまブレスをはいた。呪いの炎がカインに向かう。

 相手になにもさせずに殺す。正しい選択だった。

 クッコローネは竜の威圧をぶつける。


「朕は龍王クッコローネ! 貴様は勇者の片腕カインだな! いざ尋常に殺し合おうぞ!」


 ビリビリと空気が震える。

 竜種の圧倒的な威圧。その中でもカインは仄暗くほほ笑む。


「やれやれ、脳筋ロリとは。だが……そこが萌える」


 カインは闇に消える。

 呪いの炎がぶつけられた場所にはすでにカインの姿はなかった。


「さ、殺気がない! な、なんじゃと! 妾を前にして殺気すら発しないだと! 貴様は本当に矮小な人間なのか!」


 クッコローネが叫んだのと同時にカインは姿を現した。

 クッコローネの眼前に。両手を差し出しながら。


「ぐ、妾に素手で挑むかぁッ!」


 クッコローネが叫び前足を振り上げた瞬間、それは起こった。


 もふもふもふもふもふもふ。


 そしてカインは両手でクッコローネをもふった。

 全力で。首をなでまわす。

 殺気などあろうはずもなかった。

 カインは、最初からもふるつもりだったのだ。


「ぐるるるるるるるるッ!」


 最初はわけのわからない表情になったクッコローネ。

 頭の中は混乱でいっぱいだった。

 なんとかうなり声だけは出せた。

 そのままカインは欲望のままにもふり倒す。

 もふもふもふもふもふもふ。


「ぴ、ぴみゃああああああああぁんッ♪」


 さらにもふる。もふる。もふる。

 いつのまにかクッコローネは身体をひっくり返され、へそ天状態に。


「まうううううううううううううッ♪」


 口から漏れるゴロゴロした甘え声。それは親に甘えるにゃんこの如く。

 カインは無表情のままさらにもふった。


「は! って、ちがーう! 乙女になにをするのだー!」


 なんとか我に返ったクッコローネ。

 ドラゴンの姿ではこのままもふられ続けるのは確実。

 すぐに少女の姿になり涙目で抗議する。


「ロリドラゴンをもふるのは当たり前のことかと」


「当たり前じゃねー! っていうかロリって言うな! 本人の前でロリって言うなーッ! 気にしてんだぞ!」


 クッコローネはダムダムと地団駄を踏む。

 その様子を見てカインはごく自然に頭をなでる。

 なでなでなでなで……。


「まうううううううううううううんッ♪ ……ってちがーう! 頭をなでるなー!」


 するとどこからか情けない声がした。


「閣下ぁ~……負けました~。戦いもせぬ間に総崩れになりました~」


 リールーは涙声だった。

 すでに城の中にオークとダークエルフの混成軍が侵入。

 血を流さずに制圧完了していた。


「配下にいたときよりも何倍も強いんです~! 手も足も出ませんでしたー!」


 すると廊下から声がする。


「ふはははははははははー! きーかーぬーわー! メイドさんからの攻撃は我らにとってご褒美! 全て受けきってくれる!」


 どうやら女性デーモン軍団の攻撃に喜びを見いだしているらしい。


「オークども! なぜ勇者との戦いで本気を出さなかった!」


 クッコローネは叫んだ。正論だった。

 「三号生」と書かれた学ランを着たオークジェネラル、ゲラルドが応える。


「くくく、我ら信仰する神を得たり! 神により何倍もの力を授かったのだ!」


「なんと! オークを救う神が現れたのか!」


 クッコローネが驚くのも無理はなかった。

 オークは神に捨てられし種族。

 信仰することすら許されぬ穢れたものとされていた。

 それはダークエルフや魔族などの魔王軍に属する多くのものも同じだった。

 いつしか彼らは魔王軍に属する種族。闇の民と呼ばれていた。

 そんな闇の民を救う神がついに現れたのである。

 カインは仄暗くほほ笑んだ。


「我が神コ・ミューケは愛の神! たとえオークやダークエルフ、いやアンデッドすら受け入れることだろう!」


 経典である薄い本にはゾンビやスケルトンを対象にしたものすら存在した。

 いやそれどころか触手や意思疎通が難しい生き物すら登場したのだ。

 すると学ランを着たオークとダークエルフは「休め」の姿勢で胸を張る。


「「ア●顔ダブルピース!」」


 彼らは血管が切れそうなほどの大きな声で叫ぶと、同時に両手でダブルピースした。


「お前ら絶対バカだろ?」


 クッコローネが呆れた声を出す。

 根拠はない。だがドラゴンの優れた直感がそう言っていた。

 こいつら絶対バカの集団だと。


「「我らこそ愛の使徒なり!」」


「……お、おう。それで要求はなんじゃ? 我らを殺さなかったのだ。なんか用があるのだろう?」


 クッコローネはなにも見なかったことにした。

 相手にすべきではないと本能が感じ取ったのだ。

 ゲラルドが大きな声で叫ぶ。


「我らはこの地に学校とラブコメを要求するッ!」


「……だれか翻訳してくれ。まったくわからん」


 カインはその暗い顔からは想像もつかないほど優しい声でクッコローネに説明する。


「竜のお嬢さん。我々の要求は戦争により傷ついた心を癒やすこと。それには学校という空間で甘酸っぱい青春をやり直すことが必要なのです」


 要するにラノベみたいな少年時代をやらせろというメチャクチャな要求である。

 だが彼らは本気だった。どこまでもピュアにそれを信じていた。

 そう、自身の心の傷と信仰が合わさったとき、世界を変えるほどの変革が起きていたのだ!

 だがクッコローネは身も蓋もない結論にたどり着いていた。

 オークが女をよこせと騒いでいるのだと。そう結論づけてしまったのだ。


「……要するにお前らは見目麗しい女子に種付けがしたいのだな。適当に人間でもさらってくるがいい。ダークエルフは適当な街で勝手に女漁りすればいいだろう。私にいちいち言うな!」


「殺すぞ」


 その刹那、目を血走らせたダークエルフが前に出た。


「貴様ぁッ! 美人とエロいのは違う! 俺たちが望んでいるのは、無防備なエロさの同級生だ!」


「わからないのだ! なんで怒っているのだ! じゃあオークのメスとでもくっつけばよかろうが!」


「きさまぁ……それ……最高じゃねえか! おいおいおいおい……普段はけっして美人じゃないけど、俺のためにきれいになろうしてくれる図書委員……。声が小さくて、どんくさいけど一生懸命……はわわ、おかしくなっちゃう~!」


「ふふふ、同志リチャードよ。新たな妄想(コスモ)に目覚めたようだ。今から司祭を名乗るがいいだろう」


「だーかーらー!」


 だんだんとクッコローネは地団駄を踏む。

 そこにリールーが口を挟む。


「おそれながら閣下……とりあえず彼らの要求を呑むというのはどうでしょう? 最強の聖騎士とオークとダークエルフの軍では、どう考えても我らの方が劣勢。それでありながら要求は極小。ささやかな要求を叶えさえすれば神の祝福を授かった軍勢が手に入るのではないでしょうか」


 クッコローネはリールーを見た。

 あまりにも意味がわからなすぎてその発想はなかったようだ。


「うむ、叶えてやろう」


「ロリドラゴンに感謝を! アヘ●ダブルピース!」


「あ、お前、ロリドラゴンってまた言ったな!」


「「●ヘ顔ダブルピース!」」


「聞けお前ら! 私を無視するなー! ……まうううううううううううううッ♪ ってなでるなーッ!」


 こうしてクッコローネの領地に学園ラブコメ専用施設が作られることになった。

 それがこの世を変革することになろうとはまだ誰も気づいていなかった。

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