11話 「神絵師捜索」
神絵師の誕生。
それはカインたちの悲願だった。
自由な社会を背景に独自に熟成させた高度な文化の結晶。
それが薄い本である。
ジャンルは多岐にわたる。
遠い世界の技術書からレシピ本。
グルメレポートや異世界にある神殿のレポート。旅行情報や飼育レポート。
小説やエッセイまで存在する。
もちろんおなじみの漫画は大多数を占める。
自由の中であえて人と違うことをする自由が許される。
それこそがカインたちの世界には存在しない真の自由だった。
その自由の実現こそコ・ミューケ教団の目的である。
ただの変態の集団を統率できるはずがない。
それなりの志を持っているのである。
その自由を実現するために必要なのものこそ神絵師だった。
圧倒的力を持ったコンテンツによって、固形化された世界を破壊する。
その必要があったのだ。
だが神絵師が誕生するにはノウハウが足りなかった。
「漫画の描き方」の本をカインが女神から賜わるも、ディフォルメは難しかった。
遠近法からの再開発が必要だったのだ。
遠近法をはじめとする技術を秘匿しているのは、絵画の絵師それにマッパー。
この世界の絵画の絵師は描き方が固定化されている。
線の描き方や色の塗り方、アングル、モチーフですら細かく規定されている。
一定の範囲内から飛び出す表現をすることは絵師としての死を意味する。
例えば印象派的表現を模索した絵師が存在したが、ルツ教団による宗教裁判により利き腕を切断された。
このように芸術家に描かせることは不可能であるが、世界には芸術ではない描画技術者が存在する。
建築科や植物学や動物学の学者、それにマッパーである。
その中でもマッパーはサブ技能。
戦士や魔法使いでも履修しているものが多い。
芸術家とは思われていないし個々の技術レべルのばらつきも大きい。だが自由である。
何を描いても金を得られないし作品を残すこともできないが、ただの落書き故に規制の枠から漏れている。
マッパー自身も落書きなので残す気もない。
そして……ここに典型的マッパーがいた。
神絵師として才能を持ってしまった存在、それがレイチェルである。
涙目でこそこそ隠れるレイチェル。
すでにコ・ミューケに与えられた力でカインがそれをコピーして配布。
城じゅうのあちこちに貼っている。
日本人からすれば「おい、ちょ、やめろ! それいじめ!」であるが、この世界ではまだオタクへの弾圧が起きたことはない。
しかもルツの規制が強すぎてこのような事態が起こったことは記録にない。
晒された方の気持ちを考えることは不可能だった。
いや、絵師をバカにする文化自体が存在してなかったのだ。
だからカインたちは全力で絵師を讃えた。
拝みまくり、絵師降臨を全力で祝い、褒め称え、祝福を連発した。酒を振舞い、歌い踊った。
それを見て……レイチェルは……隠れた。
(ああああああああー! なんか恥ずかしい!)
おそらくレイチェルはこの世界において妄想絵を見られて悶絶した最初の人類であろう。
普通、マッパーの落書きなど誰も気にもとめない。
適当に捨てて終わりのはずなのだ。
(なぜ放置したんだ! 私のバカバカバカバカバカバカバカバカー!)
カインたちの反応はドストレートだった。
悪意など一欠片もない。
本当にただ探していただけだったのだ。
探し、崇め、技術を習得し、新たな世界を目指したかっただけなのだ。
目を血走らせる彼らを見てクッコローネは……いつもならツッコミ役であるクッコローネは……。
「絵師はどこじゃああああああああああああッ!」
一緒になって捜索に参加していた。
数百冊の漫画を読破したクッコローネ。
彼女は「私も描いてみたい」の境地にたどり着いていたのだ。
ストーリーは考えている。
普通の女の子が幼馴染みの男の子を監禁する話だ。
そう、純愛なのだ! エロくなんてないのだ!
クッコローネはエロだけを気にしていた。
監禁の異常性にまったく気づいてなかった。
そう、自覚はないがクッコローネにはヤンデレの才能があったのである。
でもツッコミを入れる者などいない。
クッコローネは斬新な物語を考えられる自分は天才じゃないかと思っている。
なぜかカインの周りの女子はやたら自己評価が高いのだ。
とにかくクッコローネは絵さえあれば「さいきょうのまんが」が作れるに違いないと思っていた。
無知故である。
だからオークやダークエルフたちよりもかなり必死になって探していた。
神絵師を一番欲していたのはクッコローネなのかもしれない。
完全に壊れたクッコローネ。
アキレス腱ジャーキーを見せられたプードルのようにわけがわからなくなって走り回る。
「ええい! どこじゃ! どこにいるのじゃあああああ!」
がこん。
本当にたまたまレイチェルの隠れていたクローゼットを開ける。
「おう、すまなかった」
ばん。
クッコローネはクローゼットに隠れるメイドという異常性に気づかなかった。
興奮しすぎていろいろ見失っていた。
ドラゴンはこうなのである。
「絵師はどこじゃああああああああああああッ!」
レイチェルは一瞬腰を抜かしたが、なんとかクローゼットから這って出る。
まずいまずいまずいまずい!
龍王は回避したが、このままではカインに見つかってしまう。
見つかれば命がない。
やつはこちらが攻撃をするずっと前に総攻撃の準備はすませている。
見つかったら即死。
それがカインなのだ。
火力こそ龍王の方が上だが、攻撃の組み立てのいやらしさはカインに勝るものはいない。
カインを殺すなら先手を取るのは当たり前、それに加えて毒と呪い、そして人質が必要だ。
こうなったら適当なオークを人質にして逃げるしか……。
目の前でしゃがんでいた。
レイチェルの目の前に笑顔のカインがいた。
「お久しぶりです。勇者様♪」
終わった。
なにもかも終わった。
レイチェルは死を覚悟した。




