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10話 「神絵師降臨」

 軍隊の領で夕飯を食べる。

 カインも皆と同じものを食べる。

 ここで贅沢をしようものなら困ったら追い出す理由になる。

 ところがカインは贅沢をすることはない。

 むしろ自らの懐から給与を払っている。

 遠くからその姿を見ていたメイドが拳を握った。

 ドラゴンすら屠る呪毒。

 それが皿に塗られていたのだ。

 だがカインは顔色一つ変えず食事を続ける。

 まったく効果なかった。

 なぜならカインは食事前の祈りによって城の周囲までも浄化していたのだ。

 聖属性の魔法ではない。ただの祈りでその威力である。


(化け物か!)


 レイチェルは涙目で睨んだ。

 パーティーにいたときからやつは化け物だった。

 一人で四天王を相手にできる身体能力とタフネス。

 なにものも寄せ付けない魔力。

 そして勇者クラスの聖属性魔法。

 まさにマップ兵器。

 それだけではない。

 補給、交渉、会計、料理までこなす。

 戦闘から生活のサポートまで。その心地よさにダメになりそうで怖かった。

 これで神に嫌われているのだから存在そのものがおかしい。

 レイチェルはカインが怖かった。

 殺そうと思いさえすれば、いつでもレイチェルたちを殺せる。

 それがカインだ。

 敵への容赦のなさ、慈悲の欠片もない様。同じ人間とは思えない。

 なにより恐ろしいのはあの顔だ。

 貼り付いた笑み。心の底から笑うことはない。つねに感情は一定。

 確かに高位の僧侶は感情をコントロール術を学んでいる。

 苦行により痛みを意識から切り離し、怒りや執着も捨て去る。

 理論はわかるが実践できた者は少ない。

 いや、レイチェルはわかる。

 あれは心がないのだ。長い間抑圧されたものの表情なのだ。

 人の姿をしながら、余人には理解できない化け物。

 それがカインだ。

 そのカインが破門された。

 破門の原因を作ったのはレイチェルだ。

 レイチェルに復讐するつもりに違いない。

 いや違う。人類へ報復するつもりだ!

 レイチェルを脅迫したのもその布石に違いない!


 と、すっかりレイチェルの中でカインは強大になっていた。


 実際は……どうでもよかったのである。

 パーティー追放も破門にもなんの興味もなかったし、報復なんて考えてなかった。

 薄い本の布教の方が面白いし、なにより今の生活はすべて自分の責任で自分の意思で決断している。

 マナ不足を解消すれば世界を救うことができるが、それはあくまで布教のおまけである。

 あくまで結果なのである。

 もちろん全人類に復讐するつもりなどない。

 積極的に助ける気はないし、いまや魔王側の領民である。

 友人はオークやダークエルフ、気になる女性はドラゴンである。

 おそらく龍王の治めるこの地で一生を終えるだろうし、人間と関わることもないだろう。

 神には破門された。すでに人間の世界との縁も切れたのだ。

 すでにカインには人間の世界など眼中になかったのである。

 だからカインは毒を盛られても気にしなかった。

 正確には毒を盛られたことに気づかなかった。

 興味がないのでドレスを送った相手がメイドをしていても気づかなかった。

 そう、なんにも考えてなかったのだ。


 だが……人間の世界では違った。

 まずカインがいなくなったことにより、勇者パーティーが崩壊。

 戦勝ムードは地に墜ち、国王の責任を問う声が日増しに大きくなる。

 経済は悪化し、街には失業者があふれた。

 貴族の贅沢を責める集団が現れ人々の支持を得る。

 前線の兵士への配給は遅れ、野盗に堕ちた軍人が略奪を繰り返す。

 それに怒った地方領主が領主軍を出し国軍と衝突。

 国軍に勝利し自信をつけた地方領主が頭角を現し、魔王軍そっちのけで他の貴族領に攻め込む。

 どさくさ紛れに真の王を名乗る男まで現れる。

 すでに世は戦国時代寸前の様相を呈していた。


 レイチェルは毒殺は無理だと考え、勇者の剣にまかせることにした。

 そう、神に一番近い男を屠るには一撃で、殺されたことすら気づかせずにやるしかない。

 レイチェルは暗闇に紛れ、カインの部屋に忍び込む。

 情報を集めるのだ。


「にしても男の部屋なのに……やたら小綺麗だな」


 そこは本がすっきりと整頓された清潔な部屋だった。

 ゴミ一つ落ちてない。

 趣味のいい絨毯が壁に貼ってある。

 レイチェルはあまり片付けが得意ではない。

 少しうらやましく思いながら、本棚から薄い本を抜きパラパラと開く。

 そこには男どうしの……要するにBLが描かれていた。


「な! なに! なんだこれ! 汚らわしい!」


 と言いながら修正部分、海苔を中心にガン見していた。

 目は血走り鼻息が荒くなる。

 いきなりハードなものを引いてしまった。

 顔を真っ赤にしたレイチェルはそっと薄い本を戻し、部屋から……逃げた。


(変態! 変態! 変態! 変態! 変態!)


 そう心で叫びながらも、まぶたを閉じるとあの絵が浮かんでくる。

 あのけしからん絵が! はっきりと! くっきりと!

 完全に!

 寮に帰るとマップ作成用のペンと羊皮紙を持ち、レイチェルは食堂に向かう。

 食堂は下働きに開放されていて、夜遅くまで油を使っても怒られない。

 なぜかレイチェルは一心不乱に絵を描いた。

 あの絵は憶えた。

 あの絵のタッチも憶えた。

 マッパースキルにはデッサン能力が必要。最低限は身につけている。

 あとはあの絵を再現すればいい。

 目は血走り、ぶつぶつとなにかを呟きながらレイチェルは絵を描いた。

 椅子に縛られ、目隠しをされている美青年。

 それを一気に描き上げた。


「ふう……」


 それはこの世ではじめて生まれた同人イラストだった。

 我ながら再現度はかなりのもの。

 一枚描き上げると、次々とアイデアが生まれて来た。

 地方に療養に来た美少年と地方貴族の青年の友情(・・)を描く物語。

 一瞬、自分が天才ではないかとすら思った。

 だが次の瞬間、冷静になった。

 賢者タイムである。


(この絵どうしよう……)


 レイチェルは逃げ去った。

 その場に絵を放置して……。

 それしか彼女に選択肢はなかったのだ。

 次の日……。


「か、神絵師が降臨された!」


 カインは感動に打ち震えていた。

 まだ技術は洗練されてない。

 ただ情熱だけで描かれたものだった。

 だがそれは、世界ではじめて生まれたカルチャーだったのだ。


「さ、探しましょう! この城の中にいるはずです!」


「「応ッ!」」


 神絵師の大捜索が始まったのである。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あ、ああ…… デカルチャー!!
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