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9話 「学校」

 学校が始まった。

 校舎の広さの問題で第一陣は20名。

 ほとんどがオークとダークエルフ、それとクッコローネの部下数人である。

 リールーなど比較的まともな人材は教師役である。

 授業と言っても万能超人カインですらカリキュラムがわからないので、軍学や各地の気候や農業の話をする。

 算術などは教えられない。単純な足す引くは行商人でもできるが、高度な数学は人間側でも魔王領でも会計の役目に代々就いている家でひっそり伝授される程度なのだ。

 クッコローネとリールー、それに数人の文官ができる程度だ。

 この世界の文化はまだそんなレベルである。

 まさか薄い本が超高度な数学の結晶である画像処理ソフトから作られているなどとは誰も知らないのだ。

 符号化だのデータ圧縮技術の離散コサイン変換だのB-スプライン曲線だのという概念はまだないのである。

 うっすらとカインは理解しているが利用する方法はわからない。

 というわけで日本の学生生活とは同じものは再現できない。

 それをみんなわかっているが、それでも次世代のために人柱になる覚悟があった。

 とはいえ、経典は大量。薄い本だけではなく、あらゆるジャンルをカバー。

 つまり理想もばらばらだった。着地点もジャンルも統一されてなかったのである。

 ……ゆえに。


「●塾名物油風呂!」


 と、さらしを巻いて学帽を着用したゲラルドが油を満たしたたらいを火で煮たものの中であぐらをかいている。

 ベニーは「ショタはいねがー!」とキョロキョロしている。

 だが周囲の男衆は汚いオークと心が汚いダークエルフしかいない。


「世界は我を憎むのかー!」


 ベニーが叫んだ。

 その横をぶかぶか制服のクッコローネが通る。

 そしてもう一人。


「やだー遅刻しちゃうー♪」


 一人だけセーラー服を着てパンをくわえたカインである。

 カインを見たクッコローネは、無言で近づく。

 そのまま顔をつかむとそのまま締め上げていく。それは見事なアイアンクローであった。


「妾に謝れ」


「むおおおお! 地味に痛い! 閣下、私には角でぶつかって初恋スタートという崇高な使命が」


「どこに角があるのじゃ。いいから妾に謝れ、な?」


 まだパロディネタが許せない。

 とりあえずアイアンクローで締め上げる。


「ぬう、これは中止で。閣下、謝罪します」


 カインはパチンと指を弾く。

 するとセーラー服からブレザーに変わる。


「では行きましょうか。レインちゃん」


 そのままクッコローネの手を握る。


「あ、おま……」


 そのまま二人は学舎へ向かう。

 非常に不本意なことに、クッコローネは少し、どきどきした。


 まずは授業と称して、農業まわり、特に妄想(コスモ)によるマナの補給による農業への影響などを専門家と話し合う。

 オークやダークエルフはその手の作業をつい最近までしてなかったので大人しく聴講。

 カインやクッコローネが中心となって専門家と知識を交換する。

 今日の教師は農業指導も行っている徴税官だった。


「つまり……他の作物もマナの補給で収穫率が上昇するということか?」


「おそらく。実際、畑の作物の成長に影響が出たという報告もあります。それと命を花を食べた家畜の体重も増加したとの報告が上がっています」


「そんな貴重なもの食べさせたのか!」


 国が買えるほど貴重な薬草である。

 家畜に食べさせるものではない。


「いえ、なにぶん量が多く回収漏れしたものをあやまって食べてしまったとのことです」


「カイン! もー! どうすればいいのじゃー!」


 カインは少し考えると手を打った。


「そうですね。回収した花のほとんどを魔王様に献上して共犯になってもらいましょう」


「押しつけるのか! そうか、そうすれば他の幹部どもも牽制できる! 研究用を残してみんな送ってしまえ! 船便使ってもいいぞ!」


 船便は高いが早く到着する。

 それを許可するのだから、本当に処理に困っていたのだ。


「御意」


 と、一つ問題が解決して授業は終了。

 今度は美術を学ぶ。

 これはカインの提案によるものだ。

 聖典と同じクオリティを出すのは難しいのはわかっている。

 だがそれでもオリジナルコンテンツの必要性は誰もが理解していた。

 むしろ自分で描いてみたかった。

 神絵師になりたかったのだ。

 だがここまでディフォルメされた絵はこの世界に存在しない。

 だから最初は各々自由に絵を描くことにした。


「カイン……なんというか……尊い絵だな……」


 SNSのタイムラインに流れてくる尊いラブストーリーの4ページ漫画ではない。

 カインの描いた絵はそれは美麗な宗教画だった。

 超絶技巧かつ異常なほどの精密さ。

 美術商がどれだけの値をつけるかわからない。


「……この手が憎い! 教会の絵画技法を叩き込まれたこの手が憎い! ええい、こんなもの燃やしてくれる!」


「落ち着け! このままで売れる! もったいない!」


 クッコローネは絵を取り上げるとリールーに渡す。

 完璧超人の弱点を見つけたことでクッコローネは少し胸がスカッとした。

 とりあえずカインの絵は学校に飾られることになった。

 さて、そんな楽しい学校生活が始まった裏である事件が起きていた。

 それはまだ表に出ない。ささいな変化だった。

 リールーは人手が必要になるのを見越して、広範囲に労働者の募集をしていた。

 下働き、土木・建築作業員、魔道士、幅広い分野の研究員などなど。

 種族は不問、給金はそれなり。

 それでも大規模かつ雇用期間も年単位と長く設定されているため、かなりの人数が集まった。

 その中に厨房で働く女性がいた。

 メイド服を着て芋の皮を剥く。

 顔は幼さが残る気の強そうな顔。

 背筋を伸ばしているところからも、それなりの階級の家のお嬢さまであることがわかるだろう。

 だが、その手つきは従軍経験のあるものが見れば、料理人ではなく軍人がダガーナイフで下ごしらえをするものだということに気づいただろう。

 背筋が伸びているのも淑女教育ではなく、厳しい騎士教育の末に身につけたもの。

 女性は手にピリッとしたものを感じ、眉をひそめた。


「またか……異常なマナが放出されてる。まさか魔王軍に下るとは。なにを考えている……」


 ブツブツと独り言を呟きながら皮を剥く。

 彼女は勇者リカルド。……いや、レイチェルだった。

 カイン暗殺。その計画は水面下で進んでいた。

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