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1話 「パラディンさんは女神に拾われました」

「カイン、おまえはクビだ……」


 ギルドの応接室で彫像のように顔の整った赤毛の少年の声が響いた。

 その前にいるのはカインと呼ばれた男。

 美形、だがとてもしょぼくれた男だった。

 漆黒のひどいくせっ毛で、なにもかも見通すかのように大きな目。

 一つ一つのパーツは整っていて、美形と言えなくもない。

 だが、ただ一点、目の下の大きなクマは陰鬱そうな印象を与える。

 それが全てを台無しにしていた。

 カインはため息をついた。


「……そうか。リカルド。理由を聞いてもいいか? 俺はパーティーに貢献できていたはずだ」


 赤毛の美少年、リカルドはカインに見下すような視線を送った。


「正直に言ってやろう。おまえのそのしけたツラが邪魔なんだよ!」


「この顔は生まれつきだ。努力しようがない」


「うるせえ! 俺たちのイメージ戦略に邪魔なんだよ! もう二度と顔を見せんな!」


 バンッとリカルドは机を叩いた。

 カインはその様子を見てため息を一つ。

 そしてそのまま無言で部屋を出て行った。

 これはよくある解雇劇。

 一人の男が戦力外通告をされただけの話。

 ただ勇者リカルドは気づいていなかった。

 その漢カインはひそかに笑っていた。

 そうカインは喜びに打ち震えていたのだ。


 カインは神殿所属の聖騎士(パラディン)である。

 6歳にしてステータスに聖騎士のジョブが発現。8歳にして神聖魔法の才能を開花。10歳で神殿騎士隊に入隊。12歳で聖騎士に就任。14歳で司祭資格取得。16歳で神聖魔法のグランドマスターに任命、18歳で教会剣術の皆伝に列せられた。

 要するにとんでもないエリートなのである。

 他にも寝る間を惜しんで身につけた教養、マナー、各種演奏までも身につけていた。

 そう文武両道、天才中の天才。

 過酷な修行を経て人間兵器、人類の最終兵器とも言われる戦闘力を得た完璧人間。

 それがカインなのである。

 だが幼少期より続けていた歪極まりない生活は彼の精神と体を蝕んでいた。

 休憩時間など存在しない、偏頭痛不可避の詰め込み教育。

 倒れるまでが当たり前、種の限界を超えたトレーニング。

 使えない魔術はドーピングと呪いで獲得、苦痛しか与えない地獄の魔術教育。

 教育を施した教官たちも「なんで死なないんだろうか?」と思っていたほどだ。

 だがカインはしぶとかった。人類を超越した体力と精神力で理不尽を生き残ってしまったのだ。

 その生活の副作用こそ目の下に存在するこびりついてとれない(くま)である。

 隈の目立つ疲れ切ったその表情は不気味そのもの。

 辛気くさく、うさんくさい。

 勇者パーティの中の不審者そのものである。

 その顔のせいでカインは孤立していった。結果、今回の解雇劇に繋がったわけである。

 だがカインは喜びに打ち震えていた。


「俺は自由だ!」


 カインは宿を出ると飛び上がった。

 そう、カインは自由を得てしまった。

 人生の中で与えられていなかった自由。

 なにもしなくてもいい時間。

 なにをしても許される時間。

 ああ、なんということだろう。

 人間たちは野に放ってしまったのだ。

 超高スペックの壊れ物を。


「まずは神殿に行って神へ許しを請おう」


 神殿、この場合多神教をまとめて崇める中央神殿のことを意味する。

 カインに神聖魔法を与えたのは正義の神ルツ。

 だがその力は失われようとしていた。

 勇者パーティからの追放、それは同時に神殿からの破門を意味する。

 神聖魔法は封じられ、市民権を剥奪。

 神から許されるまで流民として街から追放処分になる。

 それが破門だった。

 だがそんな完全に神に見放された存在であるカインは、それでも神への感謝を忘れなかった。

 それは生を受けて18年間、惰性で続けてきた習慣だったのかもしれない。

 そしてカインの信仰心が奇跡を起こす。

 教会に着いたカインは祈りを捧げる。

 ルツだけではない。ありとあらゆる神に祈った。

 神は答えない。答えたことは18年間一度もない。

 ただ神聖魔法を使うことを許しただけ。

 それでもカインは神に祈りを捧げることをやめなかった。

 逆に勇者リカルドの祈りに毎回神は応えていた。

 神は、魔法のアイテムや神の武具をリカルドに与えた。

 明らかなえこひいき。勇者の功績の大半はカインの存在あってのものなのに。

 神々はカインを嫌っていたのかもしれない。

 もしかすると勇者にかまけてカインの存在を忘れていたのかもしれない。

 それほどまでにカインの扱いはひどいものだった。

 今回も同じだった。

 カインは己が神聖魔法を使えなくなったことを感じた。

 それが罰だというのなら甘んじて受け入れよう。

 そうカインは覚悟を決めた。

 八百万も存在するといわれる神々はカインを見捨てようとしていたのだ。


 だがそのとき事態は斜め上の方向に転がる。


【ルツよ。要らぬと言うのなら私が彼をもらい受けましょう】


 女性の声がした。

 神々の中の一柱、ただ一柱はカインを見捨てなかったのだ。

 ここで世界は道を……いや(ことわり)を踏み外すことになる。

 女神は応えた。


【迷える子羊よ……かわいい私の子よ。今こそ神命を授けます】


 次の瞬間、女神が降臨した。

 その姿はどこまでも美しく神々しかった。

 初めて神が応えたことにカインは歓喜した。

 信仰していた存在がとうとう哀れな聖騎士の前に現れた。それだけで人生が報われたような気がした。

 神から与えられた神聖魔法が惜しかったわけではない。

 ただ、カインの存在を認める存在がいたことにカインの心は喜びにあふれた。


「ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうございます!」


 カインは涙を流す。

 カインへ女神は言った。


【この経典を基に我が身を崇める教団を作りなさい。カインよ、今からあなたはこの芸術の女神コ・ミューケの使徒として世界に革命を起こすのです!】


 カインの前に現れた神はいまだ誰も信仰していない新しき神だった。

 女神が手を掲げると、どさりと本が現れる。

 それは精巧なイラストのついた大量の本だった。


「なんだろうか、この本は……? コ●ックエ●オー? 快●天? そしてこの薄い本の山はいったい……? 人妻、NTR、オーク転生、時止め用務員、催眠体育教師、バ美肉おじさん無双……人間牧場……なんだ……全く理解できない! い、いや違う、コ・ミューケ様は……コ・ミューケ様だけが私を見捨てなかった。私はこの経典を理解し広める責任がある!」


 カインは斜め上の理解をした。

 語るまでもなくカインは童貞、いや女性とプライベートで話したことも、同じ年の男の子と猥談をしたこともない。超ド健全、いや、逆に超不健全に育った童貞の中の童貞、童帝だったのだ!

 いや、それだけではない。

 あまりにも常軌を逸した環境にいたせいで……エロ耐性がゼロだった……。

 それどころか勇者までも含めて他人に興味がなかったのだ。

 そんな童貞が……いや超ハイスペック童帝が災厄を引き起すことになる。

 薄い本を見た彼は斜め上の解釈をした。


「コ・ミューケ様……私は旅に出ます。これらを理解し、広める巡礼の旅に出ます! ああ、使徒になったからには一番厳しい道を進まねば! そうだ魔王領に行こう!」


 エロ本をエロ本と理解できない。

 いや薄い本が時代を超越しすぎていたのだ。

 そんな彼は魔王領に向かう。彼は自覚してないドMでもあったからだ。

 この物語は芸術の女神コ・ミューケの使徒カインの活躍の物語である。たぶん。

 あとカインの暴走に巻き込まれるかわいそうな連中の末路の物語でもあったりする。

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