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絆喰らいの英雄幻視  作者: きし
第一章 絶望の果てに憎悪と愛情を抱いて
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6話 ある種の絶望的な希望

 その日の晩、宿の二階の一室に案内された俺とアメリア。

 二人で一室ということは、今夜は同じ空間で夜を明かすということである。

 赤面するアメリア、同室になる彼女のことを考えて異を唱える俺だったが、既に部屋は一杯だったらしい。らしいというのは、同じ部屋で一晩を過ごさなければいけないと聞いた時の俺達の反応をさもおかしそうにしていたマハガドさんの様子を見るに、何らかの意図やら悪戯心やらが動いていたに違いない。

 

 まさか、常連の店に連れて行ったのはここまで想定してたのか?

 露骨なびっくり箱を開けるつもりで部屋を覗いてみれば、ベッドはちゃんと二人分あるのは実に良心的な悪戯である。前日に二人で野宿をしていたこともあり、部屋に居辛くなるようなことはなさそうだ。


 「明日は早朝からここを出発し、一日かけて目的地まで向かい、予定していた時間までそこで待機するように指示を受けている。……待機てことは、恐らくそこで自分の取引に足る相手かどうか見極めるんだろうな」


 ベッドに腰かけて、向かい合うように座る俺達。部屋はそれほど広くもないせいで、俺とアメリアのベッドの距離は腕を伸ばすと届くような間隔しかない。

 ここまで想定していたのかは不明だが、狭い部屋だからこそ気付くこともあるようだ。マハガドさんに協力することを決めたアメリアは、ふとした時に表情に影を落としていることは薄々気付いていた。


 「……私、分かるんです」


 部屋で静かな時間を過ごしていると、か細く発したアメリアの一声。


 「マハガドさんの言っていた取引相手は、恐らく私の兄です。理屈ではなく、兄妹としての直感から、そう断定できるのです。それに考えれば考えるほど、兄ならこう動くだろうと想像した展開と重なります。兄さんは、ただ自分の為に任された責任を放棄するような人ではありませんし、ただ逃亡するだけならどこまででも逃げ続けることのできる機転や知恵もあります。ですから、今回の件は何か目的があっての行動だと私は考えています。……マハガドさんの運んでいる物が何なのかは分かりませんが、きっとそれは兄の目的に通じる物のはずです」


 「直感通りなら……アメリアのお兄さんに会えるかもしれないってことか……」


 同じ部屋に寝泊りすると決まってからも、俺達の間にはずっと悲壮感のようなものが漂っていた。

 それもそのはずである。

 片や身内が肉親を殺し感情のままに行動している。

 片や国からも家族からも追われる身となった身内を半信半疑のまま追い続けている。

 そんな目的で旅している二人には、到底似つかない雰囲気というものもあるのだ。

 

 事実、俺達が時々おどけてみせていた言動は互いへの気遣いからくるものだった。結局のところ、意識でもしていないと共に笑い合いことなんてできていないのだ。


 「はい……。でも……良かったのですか?」


 「何がだ、マハガドさんのことなら、仕事に関して裏切るようなことはしないはずだ。あの人誇りとか義理人情とか気にしそうだし、一度仕事仲間に選んだ相手に下手なことはしないと思う。運良く生かされているだけなのかもしれないけど、少なくとも前進はしている。かなりいい調子だよ」


 「いえ、そういうわけではなく……。この件で、私の目的に付き合わせてしまっています。本来なら、ここまでで付き合う必要はないんですよ? もしかしたら、危険な目に合うかもしれませんし……」


 言われてみるまで考えてもいなかった質問に、少しきょとんとしてしまう。

 ああ、と足元の酒場の声で我に返るように質問の答えが用意できた。


 「実際のところ、何一つとして俺は手掛かりを持っていない。今の俺にできることと言えば、アメリアに協力することぐらいだ。それに、マハガドさんは情報集めには顔が利きそうだし、妹の情報や手掛かりを掴めるかもしれない。その為には、まずは実績を重ねないとな。マハガドさんの手伝いをして、アメリアに協力することこそが、金も権力も魔法も使えない俺にできる近道なんだよ」


 アメリアも気付いているであろう事実を並べて、彼女をとりあえず納得させることにした。しかし、適当とも呼べる俺の処世術はアメリアに容易く見抜かれる。

 そこで初めて、俺の内側に踏み込むようにしてアメリアは俺のことを「タスク」と呼び捨てにした。


 「違いますよ、タスクの目的は違う……気がします。本当のことを教えて、私もタスクのことそれほど詳しくは知らないけど、当たり前のことを語るタスクは……何か本当のことを隠していると思っちゃいます……」


 自信なんて無いが、何かが違うことは確か、そんな矛盾した喋り方をしているアメリアだが、彼女の言い分は完全に的を射ていた。ここで、下手に誤魔化しても明日に影響が出るかもしれないと冷静な自分が応答する。


 「ごめん、嘘をついていた。いや、嘘じゃなくてさっきのも事実なんだけど……本音を隠していたってのが事実かな」


 「タスクの本音……。教えてください、ここまで来たら私とタスクは仲間、友達……いいえ相棒や戦友みたいなものです。例え兄さんを見つけた後でも、私はタスクに協力するつもりですよ。是非とも、相棒にタスクの気持ち教えてください」


 「やれやれ、頼んでもいないのに相棒か? 本当にお節介だな、アメリアは」


 「嫌でしたか……?」


 「嫌じゃない、少し元気出た」


 どちらが元気出たのか分からないぐらいアメリアの方が嬉しそうに顔をほこらばせる。

 今度は心の中で、やれやれ、と思いながら、出来たばかりの相棒兼戦友兼友達兼仲間に本音とやらを口にすることにする。


 「妙な所で鋭いんだな、アメリアは。……実を言うと、俺は妹を憎んでいる。詳しくはまだ言えないが、アイツは俺からも大勢の人達から憎まれるであろう行いをしたんだ。俺はあいつを……姫叶をこの命に代えて……殺してでも、止めなければいけないと考えている」


 「そんな……」


 「分かっている、アメリアなら俺の言っていることが間違ってると気付くはずだ。いや、間違っていて当然なんだ。……だけど、俺はその間違いの境界線が曖昧になってしまうような出来事を経験してしまった。……姫叶から体験させられてしまったんだ」


 今の俺の発言から具体的なことは連想できないが、アメリアは何かを察して酷く戸惑っているようだった。

 喋り出した言葉の内容は到底引っ込めることなんてできず、でも、と非常識を口にする。


 「俺とアメリアの立ち位置は遠いところに居ながらも近いところにいる。だからこそ、アメリアとお兄さんの真意はどうなるのか、アメリアがどんな答えを出そうとしているのか気になるんだ」


 「答えなんて全く分かりません……。兄さんが罪を犯したというなら、きっと私が止めなければいけないし……。何かの間違いだったり誤解されているなら、私は兄さんの味方になりたい……タスクと妹さんの間にどんな出来事があったのか知りません。……思いつくのは、こんな単純な発想ばかりですよ?」


 「いいや、そこまで考えているなら俺に比べたらずっとマシさ……。アメリアのお兄さんが何かの誤解で追われるているとしたら、もしかしたら俺の妹も何かの誤解だったんじゃないかって……そう思えるかもしれないんだ」


 どのような理由にせよ闇の中に居る姫叶に手を伸ばした挙句、伸ばした手で首を絞めることしか頭にない俺にはアメリアはあまりに眩しすぎた。兄を闇から引きずり上げようとするアメリアと反対に、俺は闇に飛び込み姫叶と共に暗黒に沈もうとしている。


 姫叶は両親の死体の周囲で笑っていたが、彼女が二人を手にかけた場面は目撃していない。そう考えてしまえば、アメリアと兄の再会が良い形で終わるのなら、きっと俺も姫叶を信じられるような気がした。

 実際に、姫叶が理由があって両親を手にかけたのだとしても完全に気持ちを切り替えることはできないだろう。だが、闇の中に共に沈む以外の理由を探すことぐらいはできるのではないのかと考えられるのではないか。これが、淡い希望だとしても、俺には大きな意味がある。


 「……そろそろ寝ようか。明日はお互いに運命の日になるはずだ。いざって時に動けないと意味がない」


 しばらくの沈黙の後に、そう切り出す。


 「……はい、そうしましょう。私達兄妹が、どんな再会を迎えるかは分かりませんが……きっとお互いに良い結果になることを祈っています」


 「俺もアメリアが無事に再会できることを、自分のことのように祈っているよ。……利用するみたいな、試すような真似して……ごめん……」


 謝罪しながら電気を消してベッドに潜り込むと、背を向けたままのアメリアの方からクスクスとそよ風のような笑い声が聞こえた。


 「……本当にタスクはお優しいんですね。全てが解決したら、みんなで仲良くお食事でもしたいですね。私とタスク、兄さん……タスクの妹さんも」


 「……ああ」


 返事をしながら、ありえない光景を想像してみる。

 そんな日は、二度と来ないような気がした。


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