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絆喰らいの英雄幻視  作者: きし
第一章 絶望の果てに憎悪と愛情を抱いて
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5話 運命の取引

 食事を済ませた後は、早速とばかりにマハガドさんは仕事の話を切り出した。


 「――お嬢ちゃん、アンタ人魚だろ?」


 のほほんとお茶をすすっていたアメリアは途端に噴き出しそうになった。


 「ごほっごほっ! い、いやぁ……どこからどう見ても人間様でごぜえますぅ……」


 咳き込み、目も泳ぎ、おまけに喋り方までおかしくなっているアメリアは、子供でも見抜けるぐらい白々しい。

 あまりの滑稽さにマハガドさんも言葉を失っているようなので、ここで話を本題に戻しておくことにする。


 「もうよせ、アメリア。この人は俺達よりもずっと多くの人達と関わってきている……お前の嘘なんてとっくにバレてるんだ。というか、よくそれで隠し通そうと思ったな。びっくりだ」


 「えへへー」


 「すまん、俺にはその照れ笑いが出てくる感情がイマイチ理解できないんだ。良かったら、俺にも分かるように教えてもらえるか」


 その時、マハガドさんは自分に注目を集めるように盛大に溜め息を吐いた。


 「俺様は別に喜劇役者を探してお前らに声をかけたわけじゃねえぞ」


 つい数分前までは、高らかに笑っていた男と同一人物とは思えないほどの低くドスの利いた声が響いた。さすがにアメリアも空気を察したのか、驚いた表情でマハガドに注視した。


 「静かになるまで、何分かけてんだコラ。もしこれが命のやり取りの仕事なら、お喋りの最中に首と体がおさらばしていたところだ」


 肌に張り付くようなヒリヒリとした空気感を崩すことなくマハガドさんは本題に取り掛かる。


 「おうおう、ようやく真面目な顔ができるようになってきたじゃないか。メリハリの利かない奴は大嫌いでな、ガキはガキでも、大人にすぐ溶け込めるガキといつまでたってもガキとしかつるめねえガキがいる。少なくとも、てめぇらは前者に入るようでおっさん少しばかり安心しているところさ」


 あのまま下手な漫才のような会話を繰り返していたら、どうなっていたのだろうと考えるが、マハガドさんのこれから語る仕事というものに影響が出そうなのでこれ以上深く考えるのは止めておくことにする。


 「まずは、どうしてお嬢ちゃんが人魚だと気づいたかという点についてだ。それはな、人魚族はどうしても自分の長所を消すことはできない。ちょいと、手を貸してみな」


 言葉の割にアメリアの右手をやんわりと握れば、指の間の水かきの部分をなぞった。


 「ひゃうん!」


 「変な声を出さないでくれ、お嬢ちゃん。……坊主は、気付くだろ」


 恥ずかしそうに顔を赤くするアメリアの右手に注目すれば、マハガドさんの言っていることにすぐに納得できた。アメリアの右手の指の間の水かきは、一般的な人間よりも三倍程大きい。


 「……人間より水かきが長い」


 「正解、人魚族が人間化しようとするなら、魔力の流れは足に集中させなければいけない。その際、ほぼ人間と変わらない姿であろう人魚族は腰から上の魔力の循環が疎かになってしまう。人間化の魔法はかなり強力だが、同時に人間を八割程しか理解していない他種族ならではなの致命的な欠点てところだな」


 「お詳しいんですね……」


 「そりゃそうさ、商人としてやっていく為に取引相手の知識は頭に入れとかないとな。それに、人脈も。後な、坊主……別に人魚族だから競売にかけるつもりなんてねえから、いい加減にダダ漏れの殺意とその物騒な物を元の位置に戻してくれ」


 舌打ちをした俺はテーブルの舌に隠し持っていた料理で使ったナイフをテーブルの上に戻した。程なくして、片付け忘れていたと勘違いした給仕が申し訳なそうに回収して行った。

 考えがついていっていない様子のアメリアは表情を強張らせ、俺とマハガドさんは愛想笑いで給仕に対応するとすぐに視線をぶつけた。


 「馬鹿話をしていたのは、俺の警戒心を下げる為なんだろう? だが、肉を切り分ける程度のナイフで俺をどうこうできるつもりだったのか? それとも、お前は親に食事用のナイフを武器にしろとでも教わったのか」


 「……けど、目玉の一つぐらいは奪うことはできたろ。その間に、アメリアを逃がすぐらいのことはできた」


 「見たところ、さほど長い付き合いに見えねえようだが……。坊主に、そこまでする義理はあるのかい?」


 「無いよ、俺の目の前でほんの僅かでも守りたいと思った人が死ぬのは嫌なだけだ。今は、そういう気持ちが……自分でも驚くぐらい強くなってんだよ。例えアメリア一人残されたとしても、このわがままを曲げるつもりはない。……仕事、もう頼む気失せましたか? それとも、俺の身体を半分にしますか」


 「だ、ダメだよ! タスク! マハガドさん、ごめんなさいごめんなさい! タスクは悪気はないんです! 私を守ろうとしてくれて……それだけなんです!」


 血相を変えて謝ってくれるアメリア。普通の反応に、俺の心は常に冷静だった。

 元の世界の常識で考えてみれば、自分がとんでもないことを口走っているのは重々理解していたが、こういった方法しか思いつかなかった。

 殺戮を楽しんでいた妹の顔が脳裏に浮かび、俺は違うと心の中で首を横に振る。

 しらばくマハガドさんに睨まれていたが、急にプレッシャーが軽くなる。


 「……いいや、むしろ気に入ったよ。十代ぐらいの坊主のくせに、恐ろしいぐらい肝が据わってやがる。生まれ持っての素質か、神経ぶっ壊れるような体験をしたか……いやいや、いずれにしても認めるしかない。むしろ、こちらこそ仕事をお願いするさ」


 ニッと歯を見せて笑いかけるマハガドさん。俺には、今の笑い方の方がずっと漢らしく感じられた。


 「――さあ、話が横道に逸れちまった。お嬢ちゃんもへこへこしてないで、さっさと席に着いてくれ」


 「は、はいぃ……」


 体を小さく丸めるアメリアに、何となく今の空気が助けられているように思いながら、高圧的だったマハガドさんの雰囲気が食事をしていた時に近い状態になっていた。


 「俺はこれから人魚族の男とある商品の取引をしないといけない。ただ、その男はかなり警戒心が強く、指定した場所に品物の売買に向かっても姿を現さないこともあるそうだ。男の求めていた物を運んでこようが、例えそれが手に入らなかったとしても躊躇なく機会を切り捨てる。……警戒心が強いなんてもんじゃない、明確に何者かに狙われているてことだ。それも、かなり強大な何かにな」


 話を最後まで聞いていけば、アメリアの表情が変わってくる。聞けば聞くほど、散らばっていたピースが一つのパズルを作ろうとしているのが見えているのかもしれない。

 大勢の人間の観察してきたであろうマハガドさんは、アメリアの刹那の動揺を見逃しはしなかった。


 「簡単な仕事だよ、昨日今日出会った子供に命を預けるつもりはない。取引が終わるまでの間、俺と行動を共にしてくれればいい。同族なら奴の警戒も多少は和らぐはずだろ。それに……お嬢ちゃん達にも関係がありそうだ。もしかしたら、思いもよらぬ拾い物もあるかもしれねえぞ」


 まさしく、舌なめずりをするような表情で俺達に視線を送るマハガドさん。

 葛藤しているのは俺だけだったようで、アメリアは真っすぐな眼差しで即答していた。


 「――手伝います。私をその取引にご同行させてください!」 

 

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