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絆喰らいの英雄幻視  作者: きし
第一章 絶望の果てに憎悪と愛情を抱いて
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12話 戦う意思

 馬車に乗り込み、俺達はライナスの案内する場所へと向かう。

 ライナスと俺は馬の手綱を握り、アメリアは馬車の中でしばしの休憩を取ることにした。


 無口な二人がこのまま沈黙を保ったまま戦地に赴くというのも気分が良くないだろうと慣れないながら会話でもしようと思い至る。道すがら、隣に座るライナスに世間話でもするように問いかけた。


 「不思議に思ってたのですが……どうして、そこまで人間の味方を?」


 ぐぅとライナスの手綱を握る手が強くなった気がした。


 「……不思議でも何でもないさ。誰だって、戦争は嫌だろ」


 「もしかしたら、海辺に近い町から攻めていけば、本当に人間を滅ぼすことができるかもしれない。全滅させようとまでいかなくても、やりようによっては現在の上下関係を対等かひっくり返すぐらいにはできるかもしれない……。これが後の世の中に必要な戦争になるかもしれない、それでも……人間の味方をし続けるのか?」


 「変わった奴だ……。聞きにくいことを、こうもすんなりと質問する奴は初めてだ」


 「すいません、こういう性分で」


 話題を探していたのは俺だけではなかったようで、おどけて言うとライナスの口の端が緩む。


 「気にしなくていい、そういう性格は損もするが得もすることもある。……戦争を止めたい、無関係の者達が巻き込まれるのは止めたい。そういう気持ちは確かだが、そもそも……俺がこうなったのには過去が原因だろう」


 気のせいか、少しだけ馬のスピードが遅くなった気がした。


 「これはアメリアも知らない話だが、陸に上がって人魚族の外交を始めたばかりの俺が、人間……悪人に騙されて死にかけたことがある」


 「死にかけただって?」


 「今はこうして生きている、驚く必要はない。相手は盗賊で、仲間を人質に取られていた。抵抗できないまま、俺と共に仕事をしていた他の仲間達も人質もみんな殺された。命からがら逃げだした俺は海に潜ったが、身体は傷つき手足は縛られた状態、魔法は封じられていた。なおかつ、姿は二本足の人間。……反撃はおろか逃亡らしい逃亡もできずに海の底に落ちていった」


 「……今の話じゃ納得できない。それなら、人間を憎んで一緒に戦争を始めるのがまだ分かるが」


 物悲しそうにライナスは笑うと、前方の闇を見据えた。


 「海の底に落ちていく時、人間達を憎悪した。ありったけの残虐な方法で彼らを殺してくれとすら願った。……だが、憎悪に満ちた俺を救ったのもまた人間だった」


 ここまでの話を聞いた俺にとっては、とてもライナスの心境は理解できそうもない。

 大切なものを全て壊されて、その先に待つものなんて殺意と憎悪の道しかないはずだ。少なくとも、俺の歩もうとしている道はそういう道だ。

 果たして、ライナスはどんな答えに到達しようとしているのかと食い入るように横顔を見つめた。


 「崖の上で孤児院をやっている女に救われた。名前も名乗らない俺に食事を与え、傷を癒し、寝る場所も用意しくれた。人間を信用できなくなっていた俺は女に手を上げ、激しく罵声を浴びせた。……それでも女は俺の側で傷と心を癒し続けた」


 「人を傷つけるのも救うのも人……」


 「それが真理で、それ以上のことは無いのかもしれないな。甘いのかもしれない、おかしくなっているのかもしれないが、俺の命は人に救われたものだ。今から選ぼうとしている道は、大勢の同胞を殺す道だ。……だが、殺す者達からより多くの者達を救えるかもしれない。汚れた俺の手が、あの日に出会った彼女のように救う手になることを祈っている」


 いつの話かは分からなかったが、ライナスの横顔は寂しそうにしていた。ただ、そこには寂しさだけではなく、僅かばかりの笑みを浮かんでいた。寂しくて悲しくて、同時に嬉しい思い出であった証明なのだろう。

 不意にライナスはこちらを振り返る。


 「そういえば、アメリアはタスクに対して良い感情を抱いているようだ。我が妹ながら、素晴らしい伴侶になると思うのだがどうだろうか」


 「は、はあ……!?」


 考えもしていなかったライナスの言葉に、素っ頓狂な声が上がる。

 びっくりとした俺の反応がおかしかったのか微笑むライナス。


 二人でこうやって話している間のライナスはコロコロと表情が変わる。きっと、元々は当たり前のように大声で笑い合い表情豊かな青年だったのだろう。今のように表情が乏しくなったのは、今回の件のせいか、それとも過去の事件のせいなのかは分からないが。

 このままライナスにいじられたまま戦場に赴くのは、精神的に良くないと判断した俺は思い付きで懐からこちらの世界に行く前に手にした布切れを取り出した。


 「そ、それより! ライナスはコレが何か分かるか!?」


 話を変えたい一心で取り出した布切れをライナスに突き出せば、表情は一変し目を見開いた。


 「……それ、どこで手に入れたんだ」


 つい数秒前までの気さくさはどこにもない、下手をすれば今俺に向けられているのはある種の殺意。

 軽率過ぎたとすぐに反省した。両親を惨殺し異世界への切符を手にれるような妹が残した物だ。外見でさえ血まみれなのに、これがまともな物では無いことぐらいすぐに分かっても良いはずだった。


 誤魔化そうとした言葉をぐっと飲み込み、正直に簡潔に声を発する。


 「……俺の旅の目的は、妹を探すことなんだ。そして、これは妹が置いていった手掛かりだ。それしか分からない……もし見覚えがあるなら、これのことを教えてほしい」


 真実を探るように鋭い眼差しのライナスを、口よりも目で弁解するように視線を交差させる。

 緊張という名の硬い塊が、ゆっくりと溶けていく気配を感じた。次に瞬きをした時には、ライナスから殺意は消えていた。


 「仕事柄、昔のこともあるし人の嘘はある程度は見抜けるようになったつもりだ。タスクの瞳からは、嘘は感じられない。……自分の直感を信じるとするよ」 


 「良かった……。信じてもらえて何よりだ」


 「結論から言えば、その布の正体は知っている。禁忌中の禁忌の魔法と呼んでもいい。精霊達の制約から解き放たれ、人間達の倫理観から生まれた、およそ考えられるだけの極悪の魔法から生み出された魔導書と言える」


 「有名な物なのか?」


 「いや、それなりの知識が無いと知ることはない。アメリアに聞いても、精々不気味な魔導書の一つにしか見えないはずだ。……しかし、それはあまり他人には見られない方がいい。下手をすれば殺される可能性だってあった。金にもなるし、世界をひっくり返すこともできる」


 強く釘を刺すようなライナスの発言に、いそいそと布切れを畳んで懐に戻す。

 分かる人間が見れば、今のライナスのように額に冷や汗を掻くような代物を姫叶を一体どうしょうとしていたんだ。


 「これ、一体何なのか分かるか?」


 ただの質問のつもりだったが、ライナスは口を閉ざし次の言葉を悩んでいるようだった。そして、数分ほどしてからようやく口を開いた。


 「全てが終わってから、それについては教えてやる。……ただ一つ言えるのは、それは非常に良くない物ということだ。後で、必ずお前の妹の話を聞かせてもらうからな」

 

 「なら、絶対にみんなで生き残らないといけないですね。アメリアも欠けてしまえば、きっとライナスは喋れるような状況じゃなくなる」


 「その通りだ。……辛い事実の前に厳しい戦いだ」


 頷いて応答すると、馬に鞭を叩き、馬車を加速させた。



                    ※



 馬車を適当の所で停車させ、俺達三人は崖の上から海岸の開けた場所に陣地を構えた人魚族のタカ派の一団を見下ろしていた。

 眼下では十個程のテント、それから周囲を煌々と照らす篝火が並んでいた。遠くからでも分かるぐらい一つ一つのテントは大きく、五、六人は快適に過ごせそうな広さはありそうだ。


 「あの中央に位置するテントに彼らの指揮をする人物が居るはずだ」


 ライナスが指させば、確かに一つだけ作りの違うテントが見受けられる。他のテントはサーカスのドームテントのように上からシートを被せたような外見をしているが、中央のそのテントは角張った形をしており他のテントに比べると頑丈そうだ。


 「それにしても、こんなに近付いて大丈夫なのか? あっちだって魔法を使えるなら、こっちのことを警戒してるだろ」


 「もし俺達に気付いているなら、のんびりとはしていないさ。……奴らに隙を与え、こちらに余裕を与えているのは、その剣のお陰だ」


 目線で示す先には、メロウハルフがあった。今は、俺の背中に差してある。布を二割ほど開放し剣が剥き出しのまま見えている部分があるが、それだけで奴らの感知魔法を妨害できるらしい。こちらも似たような物なのだが、既に追跡魔法は必要としていないので解除済みだ。結果として、必要な分だけ力を発揮してくれる便利な剣となっている。


 「役に立ててるような良かったけど、これからはどうするつもりだ」


 「考えてある。まずは、爆薬に火を灯し、それを奴らの本拠地にぶつける。物を浮遊させて放り投げる魔法ぐらいは造作もないからな。そこで奴らが混乱している隙に……アメリア、お前に重要な役目を任せたい」


 神妙な顔でアメリアが頷いた。


 「お前は海側から魔法を発動させろ。消火作業を行う為に奴らは海の力を借りようとするはずだ。一から水を生み出すよりは、海の力を借りた方がすぐに消火もできるからな」


 「では、私は逃げ延びた彼らの進行を妨害すれば良いのですね。任せてください、水の壁や拘束魔法もお任せください」


 意気揚々と言うアメリアは不安を空元気で誤魔化しているようだ。妹の頑張りを分かっていながら、ライナスは遅い動作で首を横に振った。


 「そうじゃない、奴らを殺すつもりで攻撃魔法を使え」


 「ころ……す……」


 明らかに言葉を失っているアメリア。反射的に俺は前に出るが。 


 「お、おい……! いきなりそんな……!」


 「――黙っとけ、タスク。俺は、お前にも同じことを頼むつもりだ。これはアメリアの役割の話になる。……しばらく静かにしてくれ、時間が無駄になる」


 きっぱりとライナスに言われたことで、ようやく自分が今からやろうとしていることを再認識した。

 メロウハルフを使って、マハガドさんのように人魚族を殺すんだ。そう考えた時、ライナスとアメリアの間にそれ以上入ることはできなかった。そして、俺が間に割って入ることが無いことを確認したライナスはアメリアへと向き直る。

 

 「よく聞け、アメリア。俺はお前に虐殺するように頼んでいる訳ではない。しかし、ここで下手な同情をしてしまえば死ぬのはアメリアや俺達だ。……これは戦いなんだ、奴らは多少の傷じゃ足を止めない。手足を失っても反逆者である俺達を殺そうとするだろう。……そんな相手に、手加減はできない。何故なら、躊躇すれば死ぬのは俺達でありアメリアであり、罪の無い人々になるのだから」


 優しいとも厳しいとも感じられる兄の視線を受け止めたアメリアは喉に詰まった物を飲み込むように一度だけ首を上下させた。


 「すいません、気持ちを改めます。……大勢の人達を守るために、例え精霊に見放されても……全力で戦います」


 「迷惑をかける、アメリア。タスクは……いや、聞くまでも無いようだな」


 「どうした、聞かないのか」


 「さっきは迷いが感じられたが、今のタスクからは迷いは消えた。ずっと悩んでいるようなら戦いから抜けてもらうつもりだったが、今なら背中ぐらいは任せられそうだ」


 「……素直じゃない、兄貴だよ。どうせ俺が居なくなったら、困るくせに」


 悪態をつけば、緊張した面持ちだったアメリアは苦笑し、ライナスはニヒルに笑えば作戦をさらさらと語る。


 「アメリアが敵を混乱、攻撃をしている間に俺が陸地から魔法で応戦。その隙に、メロウハルフを手にしたタスクが混乱に乗じて敵を倒す」


 拳を握るアメリア、剣の柄をぐっと掴む俺の横顔に満足そうしたライナスが作戦の開始を告げようとしていた――。


 「――ったく、無謀過ぎんだよ」


 突然の野太い声と草木を分ける音にはっとすれば、闇の中からもう二度と会うことはないと思っていたマハガドさんが現れた。


 「マハガドさん! 一体どうして……!?」


 「あぁ……なんだぁ……えっとな……」


 言い難そうに頭を掻くマハガドさんは、必死に言葉を探しているようだった。そんなマハガドさんに、ライナスは苛立ったように声を発した。


 「いいからさっさと言え。何をしにきた? まさか、奴らの手先に落ちた訳ではないな」


 「そ、そんな……。、私、マハガドさんは良い人だと思っていたのに……」


 「待て待て! 落ち着け人魚兄妹! 本当のこと喋るから!」


 「本当のこと?」


 観念したのかマハガドさんは少し気まずそうに腕を組みながらしゃべり出す。


 「あーまあなんだ、俺にも救いたい町の一つや二つはあんだよ。腐った人間も居るが死ぬにはおしい人間も居る。そんな奴らが身勝手な理由で死ぬのは嫌なんだよ。……それに、暴走兄貴の元にガキ二人を置いておけねえからな。幸いにも、町に戻ったら爆薬が余ってたし……もったいねえから何か使えねえかなと……」


 「えーと、つまり……」


 この先は言っていいのだろうかと俺が考えている内に、アメリアはバッサリと口にする。


 「――私達のことを心配して来てくださったのですね! ありがとうございます!」


 「はあ!? ち、ちげえぇし! ついでだし!」


 「お前は、子供か」


 喜びからマハガドさんの丸太のような腕に飛びつくアメリアを慌てて払いのけようとするマハガドさんに呆れた眼差しを向けるライナス。

 今から特攻とも呼んでも過言ではない戦いに赴くというのに、自分でも驚く程この空間に居心地の良さを感じていた。

 死ぬかもしれないのに、気付けば俺も一緒になって笑っていた。


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