獣人と竜人
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朝を待ってから、僕たちはセニア姫の陣中に戻った。
ポドロッチとはもう話がついていたけど、わざと軍はそのままにしていた。獣人の軍隊が引き返したのを知れば、ゴドロムはすぐに気づいて身を隠してしまう。だから表向きにはまだ、にらみ合いが続いていることになっている。
僕らはまだ、浴衣のままだった。
どうせ後で着替えるからええやん。会長のその言葉でなんとなく決まってしまった。履いているのも旅館のスリッパだ。お姫様だったくせに、普段の会長はメチャクチャにラフな人だ。
セニア姫と聖騎士団の団長、ロシェさんは王族専用のテントで僕らを待っていた。
もちろん秘密の会議だから人払いはしてある。ルフロニア軍の関係者は二人だけだ。会議用の長いテーブルに向かい合って座る。
「お食事は済ませてらしたのですか。戦場ですから冷たいパンと野菜のスープくらいしかありませんが。もしお望みなら、すぐにでも用意させます」
セニア姫は疲れているようだったが、それでも昨日よりは表情が明るかった。
「気をつかわせて悪いな。うちらは宿で食べてきたから大丈夫や」
会長は突然、あわてたように口に手を当てた。
「うっ。ちょい、すまん……」
「シエナ様、大丈夫ですか」
セニア姫は本気で心配していたみたいだったけど、僕は気づいていた。
会長、バイキングだからって朝から食べ過ぎです。杏仁豆腐とか、三回もお代わりしてましたよね。どうやって、そのプロポーションを維持してるんですか。
「お加減が悪いなら、回復魔法が使える者を呼びましょうか」
「ホンマに大丈夫や。それにいざとなったら、うちらには先生も由美もおるんやで。世界最高の回復魔法の使い手や。どんな胃もたれも、一瞬でスッキリや」
「胃もたれ?」
「あああああ。そうだ。昨日、治療した負傷兵のみなさんは元気ですか」
必死にゴマかした甲斐あって、セニア姫はすぐに反応した。ゆっくりと笑みがひろがる。
銀色の髪に灰色の瞳。さすがに本物のお姫様は、すごく気品がある。
「今朝、テントを見回ってきました。ほとんどの者はもう、立ち上がれるようになっています。すぐにでも部隊に戻るんだって、口々に……。御子神さん、山神さん、ありがとうございます。それと、もちろん由美さんも」
セニア姫は、気づかうように新海先輩をちらりと見た。
新海先輩が人間と戦った大魔王ヒュミラだったってことは、昨日のうちに二人には話した。もちろん一般の兵士には教えていない。魔族との戦闘中にそんなことを知られたら、間違いなくパニックになる。
新海先輩はそんな微妙な視線なんて、全然気にしていないようだった。いつもと全然変わらない。座ったまま、包み紙にくるまった箱をごそごそと取り出す。
「おみやげ」
先輩は包み紙を破って、箱を開けた。中には茶色のお饅頭がびっしりと詰まっている。
「これは何ですか」
セニア姫は不思議そうにお饅頭を見た。
「温泉まんじゅうや。食べてみい。中に小豆で作った甘いペーストみたいなもんが入っとるんや。美味いで」
新海先輩はめんどくさい質問はあっさり無視する人だ。どうせ答える気が無さそうだったから、会長が代わりに説明した。
食べ方を教えるように会長が自分でまず取り、ビニールの包みを外してから半分に割って口に入れた。
ちょっと待ってください。まだ食べるつもりですか。もう嫌です。知りません。ゲップが出そうになっても、絶対にフォローしません。
「わあ、甘い。おいしい」
セニア姫は幸せそうに顔をほころばせた。
「昨日まで、世界の終わりみたいに思っていたのに。これもみんな、みなさんのおかげです」
「礼なんてどうでもええ。それより、これからのことや。ゴドロムはまだ、ピンピンしとる。これからやっつけに行かんとならんけど、うちらは政治には関われん。セニアには王国の代表として、一緒に行ってもらわなあかん」
「もちろんです」
「私にも行かせてください」
ロシェさんが申し出た。早朝から軍を見回っていたから、聖騎士団の正装をしている。ほれぼれするくらい凛々しい人だ。
会長は首を横に振った。
「それはあかん。ロシェはルフロニア軍の指揮官や。ここにいて、軍をまとめる仕事がある。
兵士のほとんどはまだ、事情を知らんのや。こういう緊張状態になると、偶発的に戦闘が始まることもある。それを未然に防げるような大将は、ポドロッチとロシェだけや」
ロシェさんは恥じ入るように視線を下げた。
「わかりました。私は自分の仕事をします。シエナ様、セニア様。お願いいたします」
「作戦はうちらのパーティーとセニア。それとこの、ミヒャルケでやる。
セニアたちは初めてやったな。ミヒャルケはポドロッチの娘や。父親の右腕として働いとったから、ゴドロムとも面識がある」
彼女は昨日、ポドロッチのテントで会った獣人の女性だった。話を聞いてみたら、まだ獣人としては少女といってもいい年齢らしい。
彼女はドキっとするほどかわいかった。栗毛の髪につながるようなうぶ毛が、頬にまでかかっている。目は大きく、黒い瞳はまるで宝石みたいだ。それに動作がすごくしなやかだった。人間とは筋肉のつきかたが違うんだと思う。
ミヒャルケは本物の獣のような目で会長をにらみつけた。
「お父様の命令だから従うけど、私はシエナという名前を認めたわけじゃないのよ。あのラフロイとか言う悪魔を操って、私たち魔族を虐殺した憎い女……。お父様の許しがあれば、すぐにでも喉を引き裂いてやる」
激しい憎しみが、僕の場所にまで感じられた。
立場が違えば評価も逆転する。今まではシエナ姫のことを悪くいう人はいなかったけど。魔族の間での評価は散々だった。
「そう思われてもしゃあないわ。当時の魔族と戦争を始めたのはゴドロムやけど。止められなかったうちにも責任がある。道具として使われただけでも、実際に手を下したのは勇者ラフロイや。やられたもんは、やったもんを責める権利を持っとる」
会長はあくまで冷静だった。
「そんなきれい事を聞きたいんじゃないわ。あなたが死ぬまで眠れない人がたくさんいる。もちろん私も……」
突然、新海先輩が鋭く命令した。
「ミケ、伏せ!」
「にゃん」
ミヒャルケはビクッと動くと、反射的な動きでテーブルに手と頭をつけた。
にゃんって何ですか。犬じゃないんですか。それに新海先輩。ミケって呼ぶの、ちょっと雑すぎです。
「シエナは友だちだよ。傷つけたら、ボクが許さない」
「はい、ヒュミラ様。申しわけありません」
ミヒャルケは意気消沈したように小声で答えた。
こういうところは犬みたいだと思う。主人には絶対服従って感じだ。
会長は顔を上げるように促したけど、ミヒャルケは上目づかいに新海先輩を見ただけだった。新海先輩がうなずいてから、ようやく顔を起こす。
「私はヒュミラ様のしもべです。大魔王様の命令なら何でも従います」
「まあ、何でもええわ。うちは逃げも隠れもせんけど、寝首かくつもりなら死ぬ気で来ることや。ただで殺されてやるほど、お人好しやないさかいな。
それより今は力を合わせて、本当の悪者を退治せんとあかん。ゴドロムがどこにいるのか、わかっとるんか」
「はい。国境の城で挙兵の準備をしているはずです。こちらがルフロニアの主力部隊を引き付けているうちに兵を集め、一気に王都ボルロイに進撃することになっています」
「兵力はどれくらい集まりそうなんや」
「人間の傭兵が二千。魔族では竜人に声をかけているみたいですが、それが三千。合わせて五千といったところでしょうか」
竜人っていうのは、トカゲが変化した魔族だ。人って言葉が入っているくらいだから、もちろん直立して歩く。太い尻尾があって、それが武器にもなるらしい。
僕はちょっと疑問に思った。
「魔族って他にも鳥人とか亜人とかいるんでしょう。どうして一緒に戦わないんですか」
「お互いに仲が悪いんや。外見だけやのうて、それぞれ性格にも特徴があるからな。一緒にいるだけですぐにケンカになるんや」
ミヒャルケがうなずいた。
「あんな連中と肩を並べて戦うなんて、考えただけでもぞっとします。人間と同盟した方がましです。もちろん、ヒュミラ様から命令されれば別ですが……」
「魔族をまとめることができたんは、三人の魔王だけや。でも、その中にもヒイキっちゅうもんがある。最初の魔王に忠誠を誓っとるのは獣人、二番目の魔王は鳥人っちゅう感じや。三番目の魔王が現れたのはうちが死んだ後やけど。竜人が後ろ楯になっていたらしい」
「後ろ楯?」
ちょっと違和感があった。魔王というからには、もっと圧倒的な存在なんじゃないんだろうか。
「三番目の魔王だけは、前の二人とは違うんや。なにせ赤ん坊やったからな。実際に戦ったのはその母親や。二番目の魔王の妻で、裏切りの魔女と呼ばれとる」
「裏切りの魔女……」
僕はなぜかその言葉がすんなりと頭に入らなかった。痺れるような感覚があって、頭の中が白くなる。
「竜人を味方につけたんなら、ゴドロムは三番目の魔王とも、何か関わっとるのかもしれん。竜人は冷静やからな。獣人みたいに言葉ひとつで熱くなって、すぐに兵を動かしたりはせん」
「この、人間の女め。我々を愚弄するか……」
ミヒャルケが、カッとなったように立ち上がった。会長がいうように獣人はすぐ興奮するらしい。
「ミケ、おすわり」
すかさず新海先輩が命令した。
「にゃん」
だからここはワン、でしょう。かわいいからいいですけど。もっとアイデンティティーというものを自覚してください。
「作戦はこうや。これから、援軍を要請するふりをしてゴドロムのところに行く。獣人はゴドロムにとっても貴重な同盟軍や。ミヒャルケは竜人が嫌いだと知っとるから、たぶん人間だけで会ってくれるやろう。
ゴドロムにはもう、名のあるような強い手下はおらん。捕らえるのはそう難しいことやないと思う。後はセニアの仕事や。憎い相手やけど、間違っても殺すんやないで。うちらは高校生や」
「はい」
なんだか久々に、会長のそのセリフを聞いた。
このところ、ちょっとヘビーな展開が多かったから、何かほっとする。魔族と出会ったり、新海先輩が魔王だったりして。もう自分が高校生だなんてこと意識から消えちゃっているくらいだ。
でも、それでも僕らは高校生なんだ。
会長はすごい。世界のピンチに立ち向かうときでも、会長は常に自分の足元を見ている。




