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放課後×パーティー ~ サークル活動から始める異世界生活 ~  作者: 油布 浩明
第14話 新海先輩の秘密
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獣人の陣地


 十五分後には、すっかり準備ができていた。


「後輩くん、行くよ」


「うわっ」

 思わず声が出た。


 新海先輩は小さいから、もちろん体に合った鎧なんかない。意外と胸も大きいから、胸当てなんかもつけられない。

 黒のビキニに、大きめの肩と膝の防具。格好をつけるために腰にスカーフを巻いている。まるで異世界の美少女戦士……いや、そのフィギュアみたいだ。


 それ、すごくいいです。神です。フィギュアにしたら、奪い合いで間違いなく死人が出ます。


「御子神くん、由美を頼んだで」


「わかりました」


 本当はわかってなんかない。

 新海先輩と会長だけが話をどんどん進めていく。もっと色々と聞きたかったけど、先輩はなぜか急いでいた。この人はマイペースだ。余計な質問をしたら絶対にキレる。



 テントを出て、僕らはとりあえず監視用のやぐらに登った。たぶん陣を敷いてから作ったんだろう。荒削りの木材を、ロープで固定して組み立てただけの簡単なものだ。

 整然とした敵陣の様子が一望できる。こちらと同じようなテントを張っているが、数はずっと多い。

 新海先輩は、その中でもひときわ大きいテントを指差した。


「あそこまで、行くよ」


「いきなり敵の真ん中ですか。何かもうちょっと、考えましょうよ……」


「後輩くん、さっさと足をどける。魔法陣が敷けない」


 ああやっぱり、僕の意見なんて聞いてもらえない。仕方ない。いざとなったら、斬り死に覚悟で戦うまでだ。

 コスプレみたいだけど。というか、コスプレそのものだけど。新海先輩になら十分に命を懸ける価値がある。


 山神先輩、もし死んだらごめんなさい。世界で一番大切なのは山神先輩です。でも、新海先輩は別腹なんです。


 新海先輩が呪文を唱えるのに合わせて、僕は剣の柄に手をかけた。ロシェさんが預けてくれた名剣だ。自分の剣じゃないのに、驚くほどしっくりとよくなじむ。


 タマ、頼むぞ……。

 僕は剣に声をかけた。


 猫みたいな名前を持つ剣は、その声に応えるようにピインと震えるように鳴った。



 周りの世界がぐるんと回転するような感覚があって。次の瞬間には、僕と新海先輩はさっき見た場所。つまり魔族の群れの真ん中にいた。

 無数のうなり声が僕らを威嚇している。


 獣人が犬から変化したというのがわかる気がした。まさしく狼男だ。鼻先から長く突き出た口に鋭い犬歯。身長は普通の人間とたいして変わらなかったが、全身が灰色の毛でおおわれている。

 逃げる場所はどこにもない。当然だけど僕らは囲まれている。見渡しただけでも三十人はいるだろうか。それもどんどどん増えてくる。

 先輩は予告もなく、無造作に剣を抜いた。


「案内しなさい」

 新海先輩は怯むことなく命令した。というより、威圧感なんて最初から感じていないみたいだった。こういうところは、いつもの先輩と同じだ。


「貴様は誰だ」


 先生の魔法は獣人の言葉も正確に翻訳した。当たり前になっちゃって、いつもは意識していないけど。こういう異種族が相手だと、あらためてムチャクチャな魔法だなと思う。

 発声に唇を使えないから、声の感じには違和感があったけど。獣人は確かにそういった。


 新海先輩は獣人の群れを見回すと、無邪気な微笑を浮かべた。


「みんなは、ボクを知っているよ」


「なんだと……」


「おい、ちょっと待て。お前、よく顔を見てみろ」


「バカ、剣をしまえ。死にたいのか」


 獣人たちが、なぜか急に動揺し始めた。

 それは波紋のように広がり、すぐに収拾がつかなくなった。隣同士で話す声。重なりあって意味のとれない騒音となった声が、まるで渦をまくようにして高まっていく。


 僕はプレッシャーに押しつぶされそうになっていた。


「どういうことなんです」


 答える代わりに新海先輩は、剣を空に向けて突き出した。小さい体を大きく見せるように。セニア姫から借りた宝剣が光を浴びて美しく輝く。


 魔力が放たれたのは、それとほぼ同時だった。

 突風のような圧力が新海先輩を中心にして円形に広がった。さっきよりすごい。大気と反応して、ぶわっという音になる。


 僕はなんとか自分の魔力を膝にためて耐えたけど。獣人たちはよろめき、一人の例外もなく外側に向かって倒れた。まるで倒れたドミノみたいに、綺麗な円形に折り重なる。


「ポドロッチのところに案内しなさい」

 新海先輩は重ねてそういった。


 獣人たちは口を開け、舌を口から横に出した。はあはあと荒い息をしている。


「ポドロッチ様のところだ。お連れしろ、早く」


「道を空けろ。邪魔をするんじゃない。どかない奴は俺が殺す」


 新海先輩の前に、あっという間に道ができた。まるで海を割って道を作った伝説の預言者みたいだ。

 新海先輩は堂々とその真ん中を歩いていった。見とれてしまって、僕は少し遅れた。あわてて魔法陣をたたんで脇に抱えると、後ろからついていく。


 指揮官のテントは、他の物よりもずっと大きかった。さっきまでいた人間の陣地にあったものとは形が違う。向こうはサーカスのテントみたいだったけど、こっちはホールケーキみたいな短い円筒形だ。モンゴルのゲルとかいうテントに似ているかもしれない。


 厚い布でできたテントの入口を門番のような獣人の兵士がめくり、開いたままにしてくれた。

 中は薄暗い。さっきまでいた人間のテントと明るさは変わらないはずだけど、心細いからそう思うんだろうか。


 中央には大きな寝台があって、そこに一人の獣人が横たわっていた。片目がなく、その代わりに縦に大きな傷がある。

 獣人の指揮官はもう一つの目を薄く閉じたまま、大きくあえいでいた。時折、苦しそうに身をよじっている。


「あなたは誰です。いったい誰の許可で入ったのですか」

 かたわらにいた獣人の女性が、立ち上がって僕らをにらんだ。ポドロッチの世話係なのだろうか。他に獣人の姿はない。


 しかし、それにしても……。


 かわいい。


 猫耳、いや犬耳が正面を向いている。

 うぶ毛が少し濃いと感じるだけで、表情は人間の女性とほとんど変わらなかった。伝説にある人魚みたいに、同じ獣人でも男と女とではまるで違うらしい。人間が九割で、犬が一割っていう感じだ。


 でも、新海先輩はいつものようにあっさりと無視した。興味がなければ目の前に一億円が落ちていても通りすぎる。先輩はそういう人だ。


「ポチ!」


 それがポドロッチの略称だと気づくまでに、二秒くらいかかった。

 獣人の指揮官は反応して身をよじると、まぶたを懸命に動かそうとした。そしてようやく新海先輩を認めると、黄色く濁った目を大きく見開く。


「あ、あ……」


 ポドロッチは獣人の女性にすがりながら体を起こそうとした。必死に。消え行く命の全てをそれにかけているみたいだった。

 なんとか支えてもらいながら寝台に座ると、彼は大きな舌を横に出した。色が悪いのは体調のせいだろう。さっきのことから考えると、どうやら服従とか、喜びのポーズらしい。


 新海先輩は寝台の横まで進むと、決定的な言葉を放った。


「ポチ、お手!」


「わんっ……」


 絶対に聞き間違いじゃない。本当にそういった。

 ごめんなさい。シリアスな場面なのはわかってます。でも、もう限界です。これ以上は伝えられません。勝手にやってください。


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