とりあえずの剣みたいなもの
トマトのことを考えていたら、突然、きゃあという声がした。
僕も会長も素早く反応した。先生の像の台座の近くに、乱暴に腕をつかまれた金髪の女の子がいた。僕たちとたいして変わらない年齢だと思う。三人の男たちに囲まれ、逃げることもできずにいる。もちろん見ている人もいっぱいた。でも遠巻きにしているだけで、近づく人はいない。
「助けて、お願い。誰か助けて……」
「バカヤロウ。大人をなめてかかるから、そういうことになるんだよ。自業自得ってやつだ。ほうら、見てみろ。いくら叫んだって、誰も助けてなんかくれないさ」
男たちは、余裕たっぷりという顔をしていた。
「さあ、おわびしてもらおうか。なあに、簡単なことだ。俺たちの機嫌がなおるまで、少し遊んでくれればいいんだ。壊れないように優しくしてやるよ。でもその前に、悪い腕を少しばかりおとなしくさせておこうか」
「痛い……」
女の子の腕が、高くねじあげられた。金色の前髪が乱れて顔にかかる。
「やめろ!」
思わず僕は叫んでいた。
相手は筋肉の塊のような三人の中年男。それぞれが腰に剣をさげている。この世界の常識からすれば、たぶん本物だ。確証はないけど。人を殺したことのあるような不気味な雰囲気を持っていた。
どうして前に出ることができたのか、自分でもわからない。会長にいい顔をしたかったのか。山神先輩に胸をはれる男でいたかったからなのか。どちらにしても命をかける理由としては愚かだった。
ただ、愚か者でいられる自分が誇らしいと思ったのも本当だった。僕は冒険をするためにこのサークルに入った。臆病者には冒険を求める資格はない。
「その子をはなせ。僕が相手になる」
「なんだと……」
男たちは僕をにらみつけた。
「ふざけたやつだ。ガキだからって容赦はしないぜ。何か言い残すことがあったら言っておけ。俺たちは、ちっとばかりイライラしてるんだ。死んでから後悔しても遅いぞ」
僕は何かで見た武道家の真似をして構えてみたけど、素手だとどうもしっくりしない。子どもの頃から剣道をやっていたから、せめて棒切れでもあればと思ったけど。そうそう都合良く手頃な棒が落ちているはずもない。
「御子神くん、これを使うんや。こいつらは、どうせ二流の冒険者や。そんな雑魚にはびびらんでもええ」
会長は学生鞄から何か取り出して、僕に投げた。軽い。三十センチくらいの。ええっ、何。プラスチック?
「ただの定規じゃないですか。いや、そうだ。もしかして。魔法がかけてあるんですか。呪文で剣みたいに長くなるとか」
「残念やけど。いくらうちかて、そんなヒマはあらへん。とりあえず気分だけでもええやろ。さあ、お待ちかねのバトルや。きばってや。勇姿はしっかり見とるで。御子神くんはうちらの期待の星やからな」
僕は情けない気持ちで、プラスチックの定規をにぎりしめた。相手は三人、大男だ。みんな強い殺気を放っている。
竹刀でもあればいいんだけど。でもまあ、何もないよりはいい。構えるだけでも、自分の型ができる。
「なめやがって」
男たちのうちの一人が殴りかかってきた。重そうなパンチだ。高校生のケンカのレベルじゃない。当たったら、きっと無事じゃ済まないだろう。
でもどうしてだか。僕には余裕があった。相手の動きが遅く見える。自分の体にキレがある。力の流れが感じられる。
僕はやすやすと相手をかわし、手首を打った。確かな手応えがある。
ぎゃあという声をあげて、男は手首をつかんで転げ回った。
大げさに何だろう。ただ定規で軽く打っただけなのに。そこに何かの古傷でもあったんだろうか。
「てめえ、何をした」
別の男が剣を抜いた。もう一人の男も女の子を突き飛ばすようにしてはなし、自分の剣を抜く。
僕はごくりとつばを飲みこんだ。相手が持っているのはオモチャじゃない。さっきのは大ケガで済むけれど、これでやられたら、本当に死ぬ。
二人の男が持っている武器は、昨日僕が使った剣に似ていた。刃渡りは五十センチくらい。剣としてはやや短いが、会長に借りた定規よりはずっと長い。
僕は酒井会長をちらりと見た。
平気な顔をしている。僕を信じてくれているんだろうか。でも、もしやられたら次は会長の番だ。安っぽい正義感で巻き込んだのは僕だ。だから絶対に負けられない。
二人の男は剣を抜いたまま、同時に斬りかかってきた。右側と左側から。逃げられないように挟みこもうとしていた。剣術とか、そういうものは感じられなかった。ただ、おそろしく戦い慣れている。
かわす場所はなかった。右も左もだめ。逃げるのも論外。残る方向は上しかない。
やったこともないはずなのに。僕にはなぜか自信があった。腰をかがめ、足元の石畳をけって宙に跳ぶ。僕の体は敏捷で力強く、それに比べればずっと軽かった。
世界がぐるりと一回転し、僕は男たちの背中の近くに着地した。
振り返ろうとする相手の反応が、やたらのろのろと感じられた。続けざまに二回。それぞれの肩のあたりを定規でたたくと、男たちはまるで本物の剣にでも斬られたようにどさりと倒れた。
信じられないような出来事だった。集まってきた見物人たちもあまりのことに呆然としている。やがて誰かが気がついたように手をたたくと、それは少しずつ大きくなり、やがて大きな拍手の渦になった。