偽物のパーティー
大公の宮殿は城壁に囲まれた都市の中心にあった。規模はセニア姫のいる宮殿の半分くらいだったが、豪華であることは変わらない。いくつもの彫像が装飾として使われていて、歴史とか荘厳さとかが感じられる。
宮殿の前は大きな広場になっていて、そこには僕らを取り囲むように何千人もの市民が集まっていた。黄色の太いロープで規制されたテニスコートほどの四角い区画に、僕たちを含めて六組のパーティーが整列している。
みんな、ふてぶてしい顔をしていた。
それぞれ腕っぷしには自信があるんだろう。これ見よがしに大剣を腰に吊っているような大男が多い。女性の混じっているパーティーは、他には一組だけ。もちろん、男が一人しかいないパーティーなんて僕たちだけだ。
「やあ、スケコマシの兄ちゃん」
大きく右肩のはだけた服を着た大男が、明るい調子で僕に話しかけてきた。盛り上がった筋肉と大きな傷痕を自慢しているんだろう。腕の太さなんか、女性のウエストくらいある。
「実に綺麗なお嬢ちゃんたちじゃないか。兄ちゃんみたいなやせっぽちが、どうしてそんなに凄い美人を連れてるんだ。教えてくれたら、大公様からもらうご褒美を分けてやってもいいぜ。今夜は豪勢に遊び回る予定なんだ。仲良くして、一緒に楽しもうじゃないか……」
「遠慮します」
急に、男の顔色が変わった。
「ん、なんか言ったか」
「遠慮するって言ったんです。めんどくさいから、近寄らないでください」
「俺の好意を無にするって言うんだな」
男は怖い目をして僕を威嚇した。
「覚えておけよ。お前は今、生き残る唯一のチャンスをふいにしたんだぜ。かわいそうだが手遅れだ。もう、後悔しても遅い」
役人の前だから、殴りかかりこそしなかったけど、かなり腹を立てていた。まあ、どうでもいいや。パーティーの仲間をバカにするような人と、友達になろうとは思わない。
正面には一目で貴族とわかる豪華な衣装を身につけた青年と、役人らしい数名の男。それと十名くらいの武装した兵士がいた。
ただ一人、椅子に座っていた青年が静かに立ち上がった。
「私はドルメニア大公の嫡子、シェザルである。今日は大公の命により、真の勇者を見極めに来た。この場で話したこと、起きたことは神が全て見ておられる。誓って嘘など言わぬように……」
青年が再び座ると、役人が後を引き継いだ。
「これから、真の勇者を選定する。国を救った勇者には大公様からの褒美が与えられるが、偽りで申し出た者にはそれなりの罰があると考えてもらいたい。
ここで改めて問う。貴殿らは、本当にドラゴンを倒したのか。神の名において答えよ」
「間違いない」
「ドラゴンを倒したのは、うちらのパーティーや」
「嘘を言っているのは、他の奴らだ」
六組のパーティーは、それぞれ宣言した。
まあ、そうだろう。ここで引くくらいなら、最初から申し出たりなんかしない。
「それでは、倒したドラゴンの大きさと形状を述べよ。傷は、何ヵ所つけたのか。致命傷はどこだったのか。順に、答えてみよ」
役人は、パーティーのリーダーらしき人間に端から一人ずつ言わせた。あらかじめ返答は用意してあったのだろう。最初に発言を求められた男は、顔色も変えなかった。
「ドラゴンは全長二十メートル、炎とか蒸気を吐くタイプで、全身の鱗は赤い色をしていました。傷口は二か所。私たちはドラゴンを両側から攻撃しました。致命傷は……」
男は傷の位置まで正確に答えた。
名乗り出るからには、その程度は調べていて当然だ。ドラゴンの死体を片付けた人間はかなり多いはずだから、情報を手に入れるだけなら不可能じゃない。
全てのパーティーが同じ回答をした。ドルメニアの兵士も現場を目撃したわけじゃないから、質問だけで絞りこむのは無理だ。
「もう、いい加減。茶番はよしましょうや」
大声で言い出したのは、さっき僕に突っかかってきた男だった。
いかつい顔に短く刈った髪。褐色の肌。まるでプロレスラーのような体は、優に二メートルはある。
「見極めるなんて簡単でしょう。なにせ、ドラゴンを殺したんだ。一番、強い奴がいるパーティーが本物に決まっている」
「発言は許していない」
「そんな堅苦しいこと言わないでくださいよ。俺は、この退屈な儀式を短くまとめて差しあげると言ってるんです。
どうせ最後は、ドラゴンを倒した技を見せるとか、そんな話になるんだ。退屈な剣技の品評会じゃ、なかなか決まりませんぜ。それならいっそここで、俺たち同士が殺し合えばいい。この広場を血で汚す許可だけいただければ、すぐにでも始められます」
「大公様は、無益な殺人は望まれない」
「無益ですかな。大公様をあざむき、褒美をせしめようとした罪人の始末も一緒にして差し上げようと言うんだ。
でもまあ、こうしましょう。俺も大公様の立派なお心には敬意を払ってる。無益な殺戮を避けるため、代表者はパーティーで一人ずつ。戦う前に辞退した者の罪は問わない。これでどうです」
「決めるのはお前たちではない。我々は……」
青年の手が、役人をさえぎるように伸ばされた。大公の嫡男だ。いつの間にか、また立ち上がっている。
「面白い。私もこの場で結論など出るのかと疑っていた。強者こそが本物。なるほど、シンプルだが正しい理屈だ。
我々はドラゴンとの戦いで四百人もの精鋭と三千人以上の民を失った。皆、家族もあった。この国で我々と共に、明るく笑う権利のある者たちだった。その無念をはらしてくれた方々には最大の敬意を払うが、あざむいて利益をかすめ取ろうとする輩には、強い憤りしか感じることができぬ」
青年はパーティーの面々を見渡した。そして僕たちを囲むようにひしめいている群衆に視線を移した。
「大公様は、一組に決められぬ場合は褒美を分けて与えるようにとおっしゃった。しかし、それでは偽者に褒美を与えることになる。それでは死んでいった者たちが納得しない。皆も、そう思うのではないか」
その言葉に呼応するように、群衆が叫んだ。大公の名と、国の名前。そしてドラゴンを殺すべしとのスローガン。それは大きな渦のようになって、その場を埋め尽くした。
会長が僕の方を見た。
「決まったな。まあ、うちらもその方が好都合や。御子神くん、行ってくれるやろ」
「もちろんです」
僕は大きくうなずいた。
群衆の興奮が収まるまで、青年は待っていた。やがて青年が空に向けてまっすぐに伸ばした手に気づくと、群衆の声は急に小さくなり、やがて嘘のように消えた。
「私はこに場で宣言する。勝ち残ったものが、ドラゴンを倒した勇者のパーティーだ。各組で一人ずつの代表者を選び、この場で戦ってもらいたい。
人殺しが目的ではないから、相手を屈服させた場合は決してとどめは刺さぬこと。ただし戦いの中で殺してしまった場合は、神聖な決闘に準ずるものと考えて罪を不問とする。よいな……」
肩をはだけた大男は、にやりと笑って立ち上がった。
「殿下の許可が出た。さあ、俺に挑戦するのは誰だ。仮にもこの辺りで冒険者を名乗っている人間なら、名前くらいは知っているだろう。
世界で最も多く剣で人を殺した男。皆殺しのシャープだ。愛剣の名はドラゴンキラー。戦場で殺した敵は、百人をこえたところで数えるのをやめた。特技は倒した男の皮を剥ぐこと。巨大なオークと一人で戦って、勝ったこともある。これが、その時の傷だ」
大男は自慢気に肩の傷を見せつけた。
オーク相手にそんな傷を負っている時点で、ドラゴンと戦って勝つなんて絶望的なんだけど。
僕はそう思ったけど。そんな当たり前のことにも気づかずに、みんなはビビっていた。
すごすごと消えていくパーティーが相次いだ。群衆の中に入ると袋叩きになりそうだったから、わざわざ役人のいる脇を通っていく。暴動を避けるためか役人も黙認している。
あっという間に残ったのはシャープのいるパーティーと僕たちだけになった。
「お前は、スケコマシの兄ちゃんだな」
「ええ、まあ。どうも……」
「御子神くん。うちが口上をやったるから、堂々と胸を張るんや。剣を掲げてポーズを取ったれ」
「はい」
会長にうながされ、僕は剣を抜いて空に向かって突き上げた。うん。なんとか格好になった。
「さあ、みんな注目するんや。この兄ちゃんは見かけどおりのヘナチョコやないで。
世界で最も多く師匠に殺されかけた男、心優き高校生、御子神くんや。愛剣の名前はポチ。先生に殺されかけた数は二百回以上やけど、まだまだピンピンしとる。特技は料理とお裁縫や。オークの料理を食べた日に告白して、その時にゲットした彼女がこの美少女や。どうや、うらやましいやろう」
会長は山神先輩の背中を押して前に出した。先輩はよろけて、僕の腰につかまる。
群衆がどっとわいた。
みんな腹を抱えて笑っている。別の意味で、涙を流している人さえいる。
間違ってはいない。何一つ間違いじゃない。でも、なにか違う。違うんだ。これは僕が求めていたものじゃない。
うけた……。
会長がこっそりつぶやくのが聞こえた。
どうでもいいから、僕で遊ばないでください。というか、少なくとも場所をわきまえてください。いきなり前に出された山神先輩がかわいそうです。
「翔子!」
「ええやんか、減るもんやないし。それにこの国は疲弊しとる。今、必要なのは笑いや。これだけで、どれだけの人間の心が救われたかわからん」
僕は突然、悟った。よく先生がわかったようなわからないような理屈で僕らを煙に巻くけど。オリジナルは会長なんだ。
完全に納得した訳じゃないけど、たったひとつだけわかっていることがある。この人には勝てない。余計なことは、考えるだけムダだ。
「ふざけるのもいい加減にしろ……」
「始め!」
いきなり斬りかかったことがルール違反にならないように。役人が慌ててゴーサインを出した。シャープとかいう大男が、僕をめがけて突進してくる。
僕の剣が勝手に反応した。
ドラゴンキラー、その名前にイラっときたんだろう。ドラゴンなんか殺したこともない癖に。僕の剣は嘘つきが嫌いだ。
僕はむしろ剣を抑える感じだった。相手のやたらと大きくて重い剣。本人は鋭い一撃だと思っていたんだろうけど、ロシェさんと比べてもカタツムリみたいに遅い。その一撃に、僕の剣は明らかな怒りで反撃した。
大男の剣が真っ二つに折れて宙を舞った。
続けて男の喉元に僕の剣が迫る。恐怖に張りついたような表情が、何かに救いを求める。
バカ、もういい。どうせこいつはもう戦えない。僕の言うことを聞け。
僕は興奮した飼い犬に、手綱をひっぱられるような感じになっていた。やめろ、もうやめろ。殺す必要なんてない。
ダメだ、聞こえてない。
僕は最後には声を出して叫んだ。
「ポチ、伏せ!」
突然、僕の剣はピッタリと止まった。
シャープとかいう大男の首の皮を一枚切ったところで。血が一本の筋のように、つうっと流れている。
「ポチ、ナイス……」
新海先輩がいつの間にか寄ってきていて、僕の剣を指先で撫でた。僕の剣は自分の名付け親に腹を向けて服従するように。先輩の指に、気持ち良さそうに身を任せていた。




