メイド喫茶
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文化祭のメイド喫茶は予想通りの大盛況だった。
それはそうだろう。サークルの先輩たちに加えて金髪の美少女と、銀髪の本物のお姫様。その五人のメイド姿を見られるんだから、これは間違いなく伝説のレベルだ。
ネット予約とかも考えたけど、オークションとかでチケットが高騰しそうだったからやめた。
結局、僕らが決めた入場方法はこうだ。当日に並んでくれた人に学生証とかを確認してから整理券を渡し、さらに抽選。一人十五分まで。写真撮影は禁止。それでも列は絶えることがなかった。
「携帯電話は持ち込むなって言ったろう。ダメダメ、名前を確認してるんだからな。俺は執念深いんだ。黙って撮影したらどうなるか、わかってるよな」
ルールを守らないお客さんを威嚇しながら受付をしているのは藤田先輩だ。コワモテの不良なんだけど、ちょっとした事件があってから、何かと僕らのために働いてくれる。
「コーヒー二つ。追加です」
ユメルが明るい声で注文を伝えた。すごく楽しそうだ。
金色の髪に青い瞳。メイド服がマンガみたいによく似合う。
どう見ても学生じゃないような人間がこんなに堂々と参加しちゃって平気なのかと思うけど。たぶん先生の魔法がどうにかしちゃってるんだろう。先生は教師としては怠け者だけど、自分の趣味にはあらゆる努力を惜しまない。
「こういうの、楽しいですね」
コーヒーを注ぎながら、ロシェさんがいった。真面目な人だから、話している間にも手を休めることはない。
「僕はいいんですけど。あなたみたいな立派な騎士に、こんなことさせちゃっていいんですか」
僕は当然、裏方だ。ロシェさんと一緒にバーテンダーみたいな格好をして、コーヒーや紅茶の準備をする。
「見習い騎士の時には、先輩の世話も仕事のひとつでした。かえって懐かしいくらいですよ。それに姫様のお手伝いができるんですから、私にとっても大歓迎です。
後でラフロイ様もいらっしゃるんでしょう。実はさっきから、その時のことを考えてずっと興奮しているんです。騎士として、戦士として。誰もが望む最高の瞬間ですから。ラフロイ様は、私にも声をかけてくださるんでしょうか」
ロシェさんは目を輝かせていた。
まあ、オヤジギャグくらいはいうと思うよ。メイド服ばかり見ているだろうから、たぶん上の空だろうけど。期待したらがっかりするよ。
「紅茶、三つ追加や」
会長が厨房に入ってきた。
厨房といっても家庭科室の奥をベニヤと段ボールで仕切っただけだけど。うまく飾りつけているから、結構、雰囲気はある。
会長が着ているメイド服はロングスカートだった。意見が合わなかったから、着ているメイド服は同じじゃない。
会長と山神先輩がロングスカートで、残りはミニのタイプ。白いニーソックスとエプロン、カチューシャは共通。はっきりいって、どっちもすごくそそる。
「ちょっと休憩や。それにしても、アホみたいに続けてよく来るもんやな。息つく暇もないっちゅうやつや」
「シエナ様、どうぞ」
ロシェさんがスマートな動作で椅子をすすめた。この人は紳士だ。僕には逆立ちしたってこんな風にはできない。
「おおきに。さすがはセニアが見こんだ男や。うちも骨を折った甲斐があったわ」
「やっぱり、婚約のことって会長の差し金だったんですか」
どうせ、そんなことだろうとは思っていたけど。ロシェさんが戸惑っているみたいだったから、代わりに僕が聞いてあげた。
「あの時点で御子神くんが勝つってわかっとったのは、うちだけやったからな。セニアは最後までびびってたで。もしも負けてしもうて、ロシェの仇と結婚することになるなら死ぬって言っとったわ。御子神くんが負けとったら、今ごろは二人のお葬式やったな」
最後のセリフはともかく、僕はちょっと感動した。
「そこまで僕を信用してくれてたんですか」
「信用してたのは御子神くんやのうて、先生や。相手は騎士団長クラスやからな。先生に絶対に勝てるように鍛えてくれって、お願いしとったんよ。
先生は普段はええ加減やけど、やるちゅうたら必ずやる人や。もう少し、基礎訓練を続けたかったらしいけど、大サービスやって言うてたで。一流の騎士の太刀筋を見せてもろうたんやろう」
ああ、それでか。そういえばあの時は、前みたいに切り刻まれるだけじゃなくて、少しは稽古らしかった。
「僕は普通の稽古がいいんだけどなあ」
「贅沢は言わんことや。魔力に目覚めてから、まだ二か月もたっていないんやで。普通の手段であんな相手に勝てるわけないやろ。おかげでお姫様を助けられたんや。セニアは本当に感謝しとったで」
「私ももちろん、感謝しています。今の私があるのも御子神さんのおかげです」
ロシェさんは深々と頭を下げた。
まあ、いいや。この人たちとつき合っている時点で、僕ももう普通じゃない。命がけって言葉が、最近はやけに軽くなってきた。
「拭くものとか、何かないですか。コーヒーこぼしちゃいました」
セニア姫があわてて駆け込んできた。
「お姫さんやから、雑巾なんか使うたことないやろ。しゃあない。うちがやるわ」
会長が席を立った。去り際に僕に声をかける。
「御子神くん、洗い物を頼むで。まだまだ客は来るから。気い抜いたらあかんで」
「わかってますよ」
夕方になり、最後の客が帰ると。僕はみんなのために、とっておきのブルーマウンテンをドリップした。
本日閉店の札をドアにかけると、待ちかねたように桝谷先生が中に入ってきた。
「まったく、僕くらい特別扱いしてくれてもいいじゃないか。十回も抽選したのにみんな外れたよ。これじゃあ、なんのためにメイド喫茶をやったんだかわからない」
「ていうか、入口でチェックがあったでしょう。どうやって十枚も整理券をもらったんです」
「そこは魔法だよ。ちょっとしためくらましさ。別に難しいことじゃない」
「魔法を使うくらいなら、抽選結果の方をいじればいいじゃないですか」
僕は思わず突っ込んでしまった。
「御子神くんは、僕にインチキをしろって言うのかい。見損なったよ。神聖な決闘をしたばかりの戦士が口にする言葉とは思えないね」
その逆ギレ、意味がわかりません。ごまかして何回も並ぶだけでも、立派なインチキだと思います。
僕は言い返そうとしたけど。隣でロシェさんが何かいいたそうにしていたから、譲ることにした。
ロシェさんは自分を落ち着かせるように、胸に手をあてていた。決心したように、ようやく口を開く。
「ラフロイ様、私はロシェといいます。今日はお会いできて本当に光栄です」
「ああ、こんにちは。もうすぐ暗くなるから、そろそろ今晩は、かな。メイド喫茶は楽しかったかい」
「はい。みなさん美しくて、服も似合ってて。こんなに楽しかったイベントは初めてです」
先生はにこりと笑った。
「それはよかった。冥土の土産にするといい。これは死んでも魂と一緒に持っていけるような、素敵な思い出という意味だよ。この世界の美しい言葉だ」
僕は愕然とした。
オヤジギャグだ。それも今までで最低のやつだ。会長も山神先輩もうんざりした顔をしているけど。新海先輩だけが爆笑している。
ロシェさんは感動に震えていた。その瞳には、うっすらと涙さえうかべていた。
「メイドのみやげですか。ありがとうございます。確かに素敵な言葉だ。このことは、生涯忘れません」
忘れた方がいいです。というか、むしろ忘れてください。そうしてくれないと定期的に僕が悪夢を見ます。
空気に耐えられなかったんだろう。会長がいきなり話題を変えた。
「そういえば、真凛がどうしてもみんなと同じセリフが言えんってダダをこねるんや。ああいう言葉は御子神くんにだけ言うんやて。どうや、聞いてやらん」
「えっ、ここで」
「言いたいゆうてたやん。その代わり、ここでゆうたら明日もそのセリフは免除するで。どうせ何年かしたら、イチャイチャしながら言うつもりなんやろう。御子神くんも喜ぶで」
山神先輩は、覚悟を決めたようにすっと立った。白いエプロンの端をぎゅっとつかんでいる。僕の目の前で、息づかいが聞こえるほど近くで。先輩は深々とお辞儀をした。
「お帰りなさいませ、ご主人様!」




