英雄の銅像
※ ※ ※
「御子神くん、行くよ」
僕の手をぱっとはなして。山神先輩は、まるで何事もなかったように歩き始めた。
そこは薄暗くて目立たない路地だった。通行人の姿はない。役目を終えると、魔法陣は折り畳まれて新海先輩のバッグの中にしまわれた。
路地を抜けると、そこは何千人も集まれそうな大きな広場だった。敷きつめられた石畳の雰囲気は昨日、初めて行った異世界の町に似ている。
広場は行き交う人でにぎわっていた。黒髪の人間が多いけれど、金髪や赤い髪の人もいる。会長が言うようにここは国際的な町なんだろう。
「ルフロニア王国の首都ボルロイや。世界最大の都市っちゅうことになっとるけど、人口は三十万人もあらへん。この世界の九割はモンスターと魔物のすみかやからな。世界中の人間を全部たしても、せいぜい一億人いるかどうかや」
会長が解説してくれた。
「さてと。歓迎会をやるお店が開くんは、日が落ちてからや。それまでは一度、解散して自由行動にするで。まあこの町の位置やと、日没まではだいたい一時間ちょっとやな。御子神くんはまだ慣れんやろうから、うちがつきそうたるよ」
「山神先輩は……」
僕は思わず山神先輩を見た。なんとなく、今回も一緒にいてくれるような気がしていた。
「ゴメンね、御子神くん。私は一人でちょっと買いたいものがあるんだ。翔子といれば大丈夫だから。また、歓迎会でね」
「任せとき。うちが責任もって面倒みたる」
会長は自分の胸をポンとたたいた。
うわっ、すごい。胸がぷるんと揺れてる。
僕はあわてて山神先輩の方を見た。別の方向にもう歩き始めてる。助かった。気づいていない。会長の胸に見とれていたのは、永遠の秘密にしよう。
「さあ、そうと決まったらどこへでも案内するで。でも、これから宴会やっちゅうのに食べ物の店はあかんな。武器とか装備品を買う店は、別の日にゆっくり案内する予定やし……」
「あれは、何なんです」
会長の胸元から、視線をやっと他にそらしたとき。僕は広場の中央近くに立っている大きな銅像に気づいた。
「まずは観光案内っちゅうわけやな。ええやろ。とりあえずもう少し、近づくで」
観光名所になっているらしく、その像のまわりには見物人がいっぱいいた。立ち止まってじっと見つめている人も多い。
高さが二メートルはある大きな石の台座があって、ブロンズ製の戦士の像はその上に載っていた。馬に乗り、剣を高くかかげた凛々りりしい男性の像は、ざっと四メートルはある。
見物人の一人ははその像を指差し、歓声を上げていた。別の者は手を合わせ、静かに祈っている。台座にすがりつき、涙を流している老夫婦までいた。
「あれ?」
僕はなぜか違和感を覚えた。
初めて見るはずだ。ここに来たのも初めてだから、当たり前だ。でも、なんとなく見覚えがあるような気がする。
「見たような顔やろ。御子神くんも昨日、会ったはずやで」
「あれっ、先生だ……」
「世界を三回も救えば、銅像くらいにはなるわな。この世界じゃあ、先生はもう神様みたいなもんや。夏の終わりには、先生の銅像や木の人形にトマトを投げつける祭まであるんやで」
「なんでトマトなんですか」
僕は思わず突っこんだ。
「先生が魔王との戦いで瀕死の重傷を負ったときの話や。魔族の下っ端から、生卵やら腐ったトマトなんかを投げつけられたことがあったんや。
そのとき先生は自分の体についたトマトの汁を見て、こんなんは俺の血やない。まだ戦えると思ったらしいんやな。本物の血も混ざってたんやけど、先生はそう思いこんで立ち上がり、魔族をたたきのめしたそうや。どうや、すごいやろう」
すごい。確かにすごいけど、ちょっとバカみたいだ。
「それ、本当の話なんですか」
「ほんまらしいよ。先生とか魔王のレベルだと、もう意志の力の勝負や。お互いに魔法で回復でも何でもできるんやからな。心が折れた方が負けっちゅうことや。ちなみに先生は、今ではトマトが大嫌いや……」
それはわかる。毎年、祭のたびに自分に向かって無数のトマトが投げつけられたら、誰だってトラウマになる。