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放課後×パーティー ~ サークル活動から始める異世界生活 ~  作者: 油布 浩明
第11話 一度きりの女の子
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御子神君の女装

「えっ、嘘。かわいい…」

 山神先輩が驚いたように声を漏らした。


「なんやなんや、見せてみい」

 RPG同好会の酒井会長が、野次馬根性丸出しで寄ってきた。二人ともサークルの先輩で、びっくりするほどの美少女だ。


 その間も僕は、恥ずかしさに耐えながらじっとしていた。どうして、こんなことになったんだろう。


「うん、ええで。なかなかの出来や。御子神くんは地味に見えるだけで、顔の形は悪くないんや。ちょっと背が大きいけど、ええ感じの美少女やないか」


「御子神くん、いいよ。普段の御子神くんもいいけど。女の子の御子神くんも素敵。ねえ、一緒に写真撮ろう。もちろん二人だけの思い出だよ。ネットとかには投稿しないから安心して。約束する」


 山神先輩は特にノリノリだった。

 茶色い髪にオシャレな赤い縁のメガネ。青みがかった瞳がうるうると潤んでいる。


 別に、女の子になった訳じゃないです。ただ、無理矢理に着せられてるだけです。こうなっているのは、たぶん身近な誰かの陰謀です。


「御子神さん、凄い綺麗です。お姉さまって呼んでもいいですか」

 ユメルも目を輝かせていた。異世界で知り合った金髪碧眼の美少女。彼女も僕らの同好会のメンバーだ。


 僕らのパーティーのメンバーは五人。

 ユメルはさっきこのマンションに住む新海先輩が、異世界の村から連れてきたばかりだった。いつもは活動的な格好をしていることが多いけど、今日はドレスを着ている。王宮に行くんだから、みんな正装だ。


 山神先輩が、僕の化粧に使った道具箱を閉じた。先輩自身は化粧の必要のないくらい綺麗な人だけど、メイクアップアーティストも顔負けの技術があるらしい。


「鏡の前に行こう。御子神くん」


「どうしてもですか」

 僕は渋った。


「勇気、勇気。これも訓練なんでしょう。これから一緒に王宮でパーティーなんだから、自分でも見ておかないと……。大丈夫、綺麗だから安心して。あなたは私の彼氏、私の自慢の御子神くんだよ」


 あなたとか言われて、僕はどきりとした。


 いつもは名前で呼ばれるから、あんまりそう言われた記憶がない。結婚したらあなたとか呼んで欲しい。そんな風に妄想していたから、僕はそれだけで痺れるような幸福感でいっぱいになった。


 抵抗する気力が急になくなって、僕は山神先輩の言いなりに立ち上がった。

 明るい日差しがまぶしい。新海先輩のタワーマンションは窓というよりも壁がそのままガラスになっている。もちろん最上階だから、周辺にさえぎる建物は何もない。まるで雲の上にいるみたいだ。


「お嬢様、手をお貸しください。ご案内します」


 山神先輩が、芝居がかった動作で僕の手を取った。

 僕の手には白い手袋がはめられている。着ているのはピンク色のドレス。ひだのある長いスカートは床まで届いている。


 どこに連れていかれるかはわかっていた。


 一度、この家のバスルームを使わせてもらったことがある。そこにある壁が一つ、まるごと鏡になっていて全身を映すことができる。


 女の子の服って歩きにくいな。上流階級の人って大変だな。


 新海先輩のマンションだから良かった。小さい家だったら、絶対どこかでつまずいて転んでいる。


 会長もユメルも、いつの間にか新海先輩まで僕の後をついてきた。新海先輩は小柄だから。たまに、急に近くにいることに気がついてびっくりすることがある。


 正装している先輩たちの中で、新海先輩だけはなぜかメイド服を着ていた。

 王様の食事会に着ていく服じゃないと思うけど、新海先輩のマイペースには誰も逆らえない。


 バスルームの前まで来た時、山神先輩が後ろに下がった。僕の目の前には大きな一枚鏡だけになる。


「さあ、どう。御子神くん」


 なんだこの女の子。誰だ。


 きょとんとしような表情で僕の方を見ている。まばたきをして、近づいて。それからちょっと首をかしげる。

 肩までかかる金色のストレートヘアに、桜色の唇。瞳は黒だけど、そのアンバランスさがまたいい。


 先輩たちほどじゃないけど、綺麗じゃないか。背が高くてモデルみたいだ。芸能人に似たような人いたかな。

 僕は鏡をのぞきこんだまま動けなくなった。


「それが御子神くんや。まあ逆に、こんなに綺麗だと違和感ないから、訓練にならんわな。先生の計画は失敗や」


 そうだった。僕は本来の目的を忘れていた。


 会長がいうように、これは僕に課せられた訓練だった。

 どんな状況でも平常心を失わないために、恥ずかしい格好でも堂々としている訓練をしろって言われて……。それがいつの間にか女装になっちゃって。そのまま、なんだか盛り上がって断れなくなったんだ。


 本当は先生に、一緒に女装して銀座の街を歩こうとか誘われたんだけど。頼み込んで、なんとか向こうの世界にしてもらったんだ。セニア姫がお礼の食事会をしてくれるっていうから、会長の提案でその時にしようってことになった。


「じゃあ、もういいですよね。どうせ訓練にならないなら、普通の服に着替えさせてください」


「ダメや。もう時間があらへん。それにいくら友達やからって、王族をなめたらあかんで。そもそも王宮に着ていくような服、御子神くんは持っとらんやんか」


 会長は肩のところが大きく開いた赤いドレスを身に付け、銀髪のかつらをかぶっていた。前世ではお姫様だったから、ものすごく威厳がある。


「あれは、いいんですか」

 僕はメイド服の新海先輩を指差した。


「気になるなら、自分で言ったらええやん。まあ、どうせ無視されるけどな。

 せっかくうちのドレスを貸したんやで。向こうの世界でシエナ姫のドレスっちゅうたら宝物や。普通なら泣いて喜ぶところやで」


 山神先輩とユメルが着ているのもシエナ姫のドレスだった。王宮にはお姫様が着ていた服は全部、保管してあるから、少し小さめの服もある。


 山神先輩は携帯電話を僕にわざと見せつけるようにした。


「そうだよ、御子神くん。もったいないよ。それに、私のお願いも忘れてる。一緒に写真撮るんだよ。私に宝物をくれるんだよ」


「私もお姉さまと一緒に写真を撮らせてください。写真って紙みたいのにも印刷できるんでしょう。部屋に貼っておきます」


 嫌だ。それは嫌だ。ユメルには悪いけど、お姉さまと言われるたびにぞっとする。


 会長がにやりと笑った。


「だんだん訓練らしくなってきたやんか。これは期待に応えんとあかんで。中途半端にしたら、せっかくのお膳立てが水の泡や。第二段、第三段の訓練が必要になるかも知れんで」


「御子神くんが嫌なのはわかってるよ。だから今回だけでいいんだ。私と御子神くんとの大事な記念。ねえ、お願い」


 山神先輩は僕が断れないことを知っている。

 ああ、ダメだ。僕はダメな人間だ。男の意地なんてどこにもない。ただの恋の奴隷だ。


「ボクが一番…」

 全く空気を読んでいない新海先輩が勝手に割り込んできた。


 結局、僕は数えきれないくらいの写真を撮られた。先輩たちと、ユメルと、それから一人でも。途中からどうでも良くなっちゃったから、言われるままにポーズまでとった。


「ああ、あかん。もうこんな時間や」

 会長が名残惜しそうに携帯電話をしまった。


「由美、魔法陣や。今日は余計なとこ行く必要ないから、いきなり王室専用の食堂でええ。場所はこの前見たやろ」


 新海先輩がうなずいた。

 先輩は一度見た景色は、写真みたいにみんな覚えている。だから間違えて別の場所に連れていかれる心配はない。


「全部、御子神くんのせいや。王様を待たせるなんて、ええ根性しとるな。普通なら重罪やで」


 ええっ、僕のせいなんですか。


 突っ込もうと思ったけど。新海先輩がせかすようにこっちを見たから、僕は口をつぐんだ。

 逆らわない方が利口だ。宴会とかパーティーに向かう前にぐずぐずしていると、この人は本当に置いて行く。


「さあ、行くで。セニアに言うといたから、うまいもんがぎょうさんあるはずや。もちろんお酒もやで。今日は飲み放題、食べ放題や」


 王様たちとの会食を宴会にしちゃうなんて、さすがは会長だと思ったけど。僕は正直、まだ緊張していた。

 異世界に行く呪文を魔法陣の上で聞きながら。僕は胸に詰めてあるスポンジがずれていないか、気になって何度も直していた。


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