美しい泉
僕らは魔法陣で、今までに見たこともないような美しい泉に行った。
木漏れ日が水面に光る、森の中の小さな泉。泉を満たす水は、まるで落ちた光がそのまま滴になって集まったみたいだった。
触るとひんやりと冷たかったが、このあたりは気温が高いせいか、ちょうどいい感じだった。新海先輩の魔法に距離は関係ないから、たまに自分のいる場所の季節がわからなくなることがある。
「ひゃあ、気持ちいい。御子神くんも早く入ろうよ」
山神先輩が誘ってくれた。
思いきって、一気に全身を水につける。本当に気持ちいい。
僕はまず泥がついているらしい顔を洗うと、少し泳いでみた。泉の大きさは学校のプールくらい。深くなっている場所もあるみたいだったけど、手前には十分に足がつく部分もある。
「えいっ」
山神先輩が両手で水をすくって、僕にかけた。
「山神さんだけずるいです。私もやります」
ユメルが対抗するように、バシャバシャと水をかけまくる。
ああ、なんかこういうのすごくいい。たぶん極楽とかいうんだ。うっかりしてると魂が空に昇っちゃいそうだから注意しよう。
新海先輩は自分が着ていたティーシャツを丸めて、ゴーレムくんの背中をこすっていた。銭湯にいるおじさんのように、ゴーレムくんが気持ち良さそうに吠えている。
「ボディーソープとか、シャンプーとか持ってくればよかったな。次の課題や」
会長が髪を洗いながらつぶやいていた。
ちょっと待ってください。さっきエコとか言ってませんでしたっけ。こんなに綺麗な泉で、シャンプーはまずいでしょう。
「スキあり」
僕は二人から同時に水をかけられた。
ヤバい。ちょっと耳に入ったかも。僕は泉から出て、片足を上げてピョンピョンと跳んだ。
「さっきやっつけた、ライトフロッグみたい」
山神先輩が指を差して笑った。ユメルも笑う。
水浴びを終えると、僕らは再び魔方陣でユメルの住むゴドルの村に向かった。そこはもうパーティーの仲間にとって故郷みたいに安心できる場所になっていた。
学生服に着替えるとすぐに、会長と新海先輩は魔法石を売りに町へ出かけた。
会長のバーティーでの職業は商人だから、任せておけば間違いはない。絶対に高く売ってきてくれる。
「濡れた服は、もう一度ちゃんと洗って干しておくわ。武器はうちの人が汚れを落としてとぎ直すから。そこに出しておいて」
レオナさんが、濡れた水着とシャツをカゴに入れた。
僕らがこっちの世界の部室として使っている小さな家には、レオナさんの家族が住んでいた。管理人として、僕らの世話をしてくれている。
「会長さんたちが戻ってくるまで、お茶でもどうぞ」
レオナさんが、僕たちの前にお茶の入ったカップを置いてくれた。以前は娼婦だったなんて思えないような、家庭的な人だ。レオナさんには小さい娘と婚約者がいる。僕らにとっても、みんな家族みたいなものだった。
「キャミルちゃんは?」
ユメルが聞いた。
「あの子はゴーレムくんが大好きだから、外で一緒に遊んでいると思うわ。さっきだってすごかったのよ。ゴーレムくん、ゴーレムくんって……」
「ちょっと見に行ってくるわ」
ユメルが席を立った。
もう少しで暗くなる。そろそろ小さい子どもは家に入るように言った方がいい頃合いかもしれない。
僕と山神先輩は向かい合わせに座っていた。
お茶を冷まそうとカップを吹いた先輩が、僕を上目づかいで見る。
「明日から、ゴールデンウィークだね」
「ええ」
「三連休だね」
「そうですね」
「お天気もいいみたいだね」
「ええ、ニュースでもやってました。今年は休みが長いんですよね。週末との組み合わせがうまい具合で……」
山神先輩の返事はなかった。
どうしたんだろう。お茶を飲んでいる訳じゃない。なんだか変だ。口をとがらせて、頬も少しふくらませている。
僕は、はっとした。
「山神先輩、デートしてください。この前はすぐ終わっちゃったし。今度は鎌倉とか、どうですか」
「うん」
山神先輩の顔が、パッと明るくなった。
「前から、行きたかったんだ。子どもの頃、家族とは行ったことがあるけど。御子神くんと一緒に行ったら、楽しいだろうな」
「ええ、もちろんです」
僕は自分の鈍さにあきれた。
本当に考えてました。計画も立ててました。でも、なかなか気がつかなくてごめんなさい。




