黄金のスライム
戦闘が始まり、話はそこで中断した。
クラゲの群れのように押し寄せてくるスライムたちを、僕らは片っ端からたたきつぶしていった。僕と会長とゴーレムくんは剣で。山神先輩と新海先輩は杖で。
最初は、どうして杖なんかでスライムの体を貫けるのかが不思議だった。つぶれると中身は液体のようだけれど、体の外側は厚いビニールのように固い。でも、よく見ると杖の先の部分がぼんやりと光っている。魔法を使っているんだ。先輩たちは三十秒に一度くらい。小声で呪文を唱えている。
「あ、これって……」
倒したスライムの中に、今までとは色の違うやつがあった。赤黒い渦みたいなのが、体の中にある。はじけたとき、体液がかかった草がジュッという音をたてた。
「あれは毒やで。触るんやない。スライムっちゅうのは知性もなくてのろまやけど、自分よりずっと強いモンスターを食うことがあるんや。眠っている時に顔の上におおいかぶさってきたら、虎でも抵抗できへんからな。
あれはたぶん、毒蛇でも食ったんやな。でも、面倒だと思ったらあかんで。採れる魔力もそのぶん多いから、ボーナスみたいなもんや」
会長がいったように、そのスライムから立ちのぼる魔力は普通のものよりずっと大きかった。
スライム狩りはそれから三十分以上は続いた。ひたすらスライムを倒し続け、その死骸であたりが埋めつくされる頃、太陽はようやく大きく傾きはじめていた。
夕日が金色の光で僕たちを包んだ。
「もう、頃合いやな。そこらにいるもんだけやっつけたら終わりや。夜のスライムは百倍は危険やから、戦うのは割に合わん。御子神くんも覚えとき」
会長の言葉にうなずいて、生き残ったスライムを探そうと見回したとき。僕は伸びきった草の間に、不思議なものを見つけた。
夕日を吸いこんだんだろうか。金色の光がスライムの中に見える。
キラキラとしていて、ビックリするほどきれいだった。僕は注意深く近づき、その姿を正面からとらえた。
「黄金のスライムよ。逃がさないで」
山神先輩の声が僕を動かした。
僕は真上から、剣を鋭く突き下げた。金色のスライムは剣が届いた瞬間。その圧力に耐えようとわずかに体を震わせてから、いきなりはじけた。
ひときわ大きな魔力が立ちのぼり、僕の魔法石は本物の宝石みたいに輝いた。
「御子神くん、お手柄や。すごいで。うちかてまだ、一度しか拝んどらん大物や」
会長は興奮したようにそのスライムの残骸に近づいた。剣の先でかき回すようにすると、大きな金色の塊がいくつも現れる。
「スライムっちゅうのは光るもんが好きでな。鉱山の近くにもよくいるんや。岩でもなんでも食べて腹の中で溶かしてしまうんやけど、ただひとつ、溶かせんもんがある」
「それってまさか……」
「そう。金や。だからたまに、腹の中にしこたま黄金の塊を抱えたスライムが見つかることがある。そういうのを黄金のスライムって言うんや。スライム退治なんてこまい商売やけど。こいつを一匹倒せば、ちっちゃなドラゴンを倒したくらいのお金になる。特にこいつは、ごっつい上物や。うちらのパーティーの新記録になるかも知れんで」
会長は剣の先で金の塊を動かしてから、水筒の水をかけて洗い流した。それから厚い布をかぶせて拾い上げる。
塊は全部で四個。ぜんぶ合わせれば人間のこぶしよりも大きそうだった。
「さあ、凱旋や。いくらになるか楽しみやな。由美、魔法陣や。暗くなる前に町に入るで」
転送の魔法で町に入った時には、あたりはもう暗くなり始めていた。
ヨーロッパの中世のような石畳と細い路地。そこから少し広い道にはいると、繁華街になっていた。
そこは、まるで昼間のように明るかった。
高級な店では魔法石を使った明かりもあるらしいけど、ほとんどは蛙みたいなモンスターからとった油を使っているという話だった。近くに寄ると、ちょっと気になる独特の臭いがする。でも、ロウソクなんかよりもずっと明るい。
会長は貴金属を扱う大きな店から出てきた。
満面の笑みとブイサイン。コインが入った大きな袋を揺すっている。
「五千ゴルダや。百ゴルダ金貨五十枚。金は目方めかたやから相場どおりやけど。取引手数料は負けさせたで。みんなで集めた魔法石が百ゴルダやったから、合わせて五千百ゴルダ。新記録達成や」
会長は僕の肩をたたいた。
「黄金のスライムを見つけて、しとめたのは御子神くんやからな。今日のMVPは御子神くんのもんや。異論はないやろ。御子神くんの取り分は、最初の一割とボーナスの三割を合わせて二千と四十ゴルダや。最初から豪勢やな」
「二千ゴルダって、すごいんですか」
僕には降ってわいたようなことで、ぜんぜん現実味がなかった。ゴルダとか言われてもゲームの世界のコインのような感覚しかない。
「そうやな。だいたい、大人の年収くらいやと思えばいいんやないかな。これだけあれば、装備だっていいのがそろうで。御子神くんの歓迎会もやらなあかんけど、今日はやめとこ。こんな大金たいきん持ってうろうろしてたら、盗んでくださいっていうようなもんや。ほら、これから物売りや客引きが集まってくるで。ゴーレムくんがおるからええけど。か弱い美少女はもう、ビクビクや」
会長はさっさと歩き始めた。後ろから何人ものうさんくさい連中がついてきているが、ゴーレムくんがにらみをきかせているから、それ以上は近づいてこない。
僕は繁華街のすべてが珍しくて、あたりをきょろきょろと見回しながら歩いた。先輩たちから遅れないように注意しながら。人通りが多いから、もしはぐれたら絶対に一人じゃ帰れない。
「ほら、ここだよ」
少し歩いたとき、不意に新海先輩が店のひとつを指さした。滅多にしゃべらないから、一言だけでもすごいインパクトがある。
僕はもちろんその店を見た。そしてすべてを悟った。
ああ、消えてしまいたい。死んでしまいたい。どこかへ行ってしまいたい。
看板には、すごくエッチなイラストが描かれていた。店の前でうろうろしているお姉さんはやたら薄着で、客らしい男の人とベタベタしている。
ここまでくれば僕にもわかる。ここは娼館だ。女の人をお金で買うところ。さっき会長がいってたお店……。
「会長、山神先輩、信じてください。さっきは本当に気がつかなかったんです。僕はこんなお店には行きません。約束します。興味もありません」
「大きい声で、恥ずかしいわ。ちゃんと前を見て歩いて」
山神先輩は僕をたしなめたが、声はあまり怒ってはいなかった。
「興味がないっていうのは嘘やろうな。御子神くんも健康な男の子や。でもまあ、行かないっちゅうのは信じたる」
ああ、またもや見透かされてる。会長は自分のことを商人だっていうけど、テレパシーでも使えるんじゃないか。
今日のその世界での冒険は、それでおしまいだった。
僕たちは広場まで行くと、隅の目立たない場所に陣取った。それからビニールシートの魔法陣を開いて、元いた世界へと戻っていった。
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