部室の管理人
「御子神さん、こんにちは」
ゴドルの村では、ユメルが出迎えてくれた。
僕らのパーティーの仲間で、金髪碧眼の美少女だ。出会ったのはもっと大きな町だったけど、色々あって今はこの村に住んでいる。
到着したのは同好会の活動費で買った空き家だった。かまどのある土間と、部屋が二つあるだけの小さい家。ゴブリンが現れた時に村から逃げた、若い夫婦の持ち物だったらしい。
部屋には椅子とテーブル。それにタンスと、武器なんかを入れる木の大きな箱が置いてあった。
「こんにちは」
「どうです。キレイになったでしょう。床なんかも、レオナ姉さんと一緒に磨いたんですよ」
会長が部屋のすみにスポーツバッグを置いた。
「うん、ええね。ええ仕事や。今日からここが第二の部室や。タンスのどこを使うかは、ジャンケンや。そのうち下着なんかも入れるかも知れんから。特に御子神くんは、間違ったフリしてうちらの引き出しを開けるんやないで」
「わかってますよ」
ジャンケンに負けた僕は、一番下の引き出しになった。そこには家から持ってきたジャージや予備の靴下なんかを入れた。鎖のチョッキはどうしても錆びるし臭いもつくから、武器と一緒に木の箱の方に入れる。
「そういえば、レオナさんは?」
「その事で実は、ちょっと皆さんに会っていただきたい人がいるんです。今、連れて来ますから待っててください」
ユメルはそう言って出ていった。
もう、準備をしていたのだろう。すぐにユメルはレオナさんと、もう一人の男の人を連れてきた。
「こんにちは」
レオナさんは深々と頭を下げた。
「この間は、この村と私を救っていただいて本当に感謝してます。娘と一緒に、こんなに明るい場所で生活できるなんて思ってもみませんでした。
正直に言うと、私の人生はあのお店で終わるんだなって思っていました。知らないうちに借金はどんどん増えるし。それなのに、助けていただいて。嘘みたいに幸せで。幸せで。幸せで……」
レオナさんの言葉は途中から聞き取れなくなった。胸を詰まらせて泣いている。
ここは、レオナさんが生まれた村だった。
大きな町に憧れて、男の人にだまされて。娼婦に身を落としたんだって聞いている。レオナさんは幼い一人娘を、この村に住むお母さんに預けて働いていた。
「お金を出したんはユメルや。うちはただ、店のオーナーと話をつけただけやで。感謝やったら、ユメルにするのが筋やろ」
会長は、レオナさんの肩に手を置いた。
自分よりも年上なのに、ぜんぜん違和感がない。会長にはたまに、不思議なくらいの威厳を感じることがある。
「それで、こっちの人とはどういう関係なんや。紹介してくれるんやろう」
レオナさんは涙をぬぐった。
「え、ええ。紹介します。この人は娼婦をやってた時、私のお客さんだった人です。腕のいい鍛冶職人なんですけど。結婚もしないで私にお金をみんな使っちゃうような、本当にバカな人。私が娼婦を辞めるっていったら、どこへでも行くから一緒になろうって。娘の父親にもなってくれるって言ってくれました」
「俺はラルクって言います。レオナの恩人に、どうしてもお礼が言いたくて来ました。みんな、俺がだらしないからいけないんです。お金を貯めてレオナを自由にするって約束したのに、寂しくなるとすぐに誘惑に負けてしまって……。
会長さんは二千ゴルダで話をつけたって聞きましたけど、それって本当なんですか。二千ゴルダなら俺にもどうにかできたかもしれない。それだけあれば、俺にもレオナを取り返せたんですか」
「まあ、無理やったろうな」
会長はあっさりと否定した。
「気持ちは買うで。ただ、奴らには使える娼婦を手放す気なんて、最初からあらへんのや。自分で証文握って、自分のルールで利息を計算するんやから。何十年たっても借金は減らんようになっとる。
ああいう相手には、証文と利息のカラクリを指摘してから、ちょっと脅して素直にさせてやる必要があるんや。その上で、相手の顔もほんの少しだけ立ててやるのがコツや。ホンマは借金なんてもう、とっくの昔にのうなってるんやからな。二千ゴルダは借金の返済やなくて手打ち金ってことや」
会長はなんだか凄いことを、まるで簡単なことのようにさらりといった。
魔力の使い方は、物理的な力や魔法に変えるだけじゃない。洞察力や直感に変えることもできるらしい。
会長は、そういう能力を備えた最強の商人だ。パーティーの司令塔であり交渉役。僕は史上最強の勇者を知っているけど、その人も会長だけには敵わない。
ラルクと名乗った男の人は、会長の言葉に圧倒された様子だった。
たぶん年齢は三十才くらい。鍛冶職人だから、筋肉質の引き締まった体をしていた。ゴツゴツとした指が、仕事に対する生真面目な姿勢を感じさせる。
「俺なんかに、レオナを幸せにできるんでしょうか」
「ユメルはどう思うんや」
会長は、なぜかユメルに聞いた。
「私は大丈夫だと思います。真面目で、まっすぐなところがあるし、レオナ姉さんには頭が上がらないみたいだし。キャミルちゃんもよくなついてますから」
キャミルというのはレオナさんの娘だった。まだ四歳。ちょっと人見知りをするが、かわいい子だ。
「うちの見立てと一緒やな。ユメルもそう思うなら間違いないやろ。これから頼むで。うちらの装備の手入れも請け負ってや。鍛冶職人やから、剣をといだりもできるんやろう」
「はい。もちろんです。皆さんのために、精一杯やります」
「それでちょっと、ずうずうしいんですけど……」
遠慮がちにユメルがいった。
「レオナ姉さんたちに、ここに住んでもらってもいいですか。その、つまり。新婚さんみたいな感じだから、夜とか。ちょっと一緒だと……」
ユメルは少し顔を赤くしていた。
あっ……。
それはそうだよなと思いつつ、僕も想像してどきりとしてしまった。ちょっと生々しいけど、当然のことだ。
「構わへんよ。最初から、レオナさんには管理人としてここに住んでもらうつもりやったんや。ちゃんと管理費も払うで。そのうち近くにもっとええのを建てるつもりやけど。それまでは狭くても我慢してや」
「ありがとうございます」
レオナさんも、ラルクさんも。ユメルも。みんなが涙ぐんでいた。
「慈善事業やないんやから、感謝なんかせんでええんやで。うちらはこっちの世界に新しい部室が欲しかっただけや。なあ、みんな。そうやろ」
僕たちは、しっかりとうなずいた。
この時から、RPG同好会の二つめの部室には管理人が住むようになった。そしてレオナさんたちは、僕らの家族のようになった。




