会長の悩み
RPG同好会の部室にはもう三人の先輩が集まっていた。担任の先生の話が長いのと教室が部室から遠いせいで、いつも僕が最後だった。
「御子神くんが土曜日に会った不良って、藤田先輩だったんだ」
山神先輩には、もちろんその事を話してあった。その日にあったことは、お互いに全部知ってる。
だって先輩は僕の彼女だから。そう思うたびに幸せがこみ上げてくる。ラインやメールは毎日、暇さえあれは送り合った。眠る前には必ず電話で声を聞いた。
初めてのデートの日。僕はたまたま居合わせた喫茶店で、拳銃を持った男を撃退した。暗殺されかけたヤクザの組長は、恩義を感じて僕を尾行させていたらしい。
帰り道で一人になった時。僕を脅そうと待ち伏せしていた藤田先輩を、そのヤクザが見つけて止めてくれた。僕に手を出したら殺すと言っていたから、藤田先輩はかわいそうなくらい怯えていた。
「うちにしたら、いい迷惑や」
サークルの酒井会長が、うんざりするようにいった。変な関西弁をしゃべる訳は、上方文化をリスペクトしているから。本当のところはともかく、本人はそういっている。
「真凛に男ができたって知れたら、みんなうちに来てしもうやん。ラブレターを読まんで捨てるのも、気がとがめるんよ」
会長は鞄からラブレターの束を出した。みんな綺麗な封筒で、十通くらいはある。
会長は、山神先輩と校内の人気を二分する美少女だった。ショートカットでグラマーなスタイル。グラビアアイドルにだって、こんな人はいない。
「新海先輩はどうなんです」
僕はちょっと気になった。うちのサークルには、二人に負けないくらいに綺麗なもう一人の先輩がいる。
自分の話が出ても無反応な、西洋人形のように小さくてかわいい美少女。いつもぼうっとしているせいか、目がまるで少女マンガの主人公のようにキラキラして見える。
「由美のファンは、だいたいがコアな連中やからな。あんまり人気は動かへん。好きとかどうとかより、信仰に近いんや。有名な作家にお金を払うてフィギュアとか作ってるらしいで」
あっ、それ欲しい。
僕はそう思ったが、山神先輩の顔が怖く見えたから、あわてて口をつぐんだ。
「まあ、そんな話をしとっても、せんないことやな。今日は久々に本格的なモンスター狩りや。ユメルも待ちかねてるやろ。さっさと着替えて向こうの世界に行くで」
「はい」
僕は教室のロッカーから、ジャージを持ってきていた。僕の装備は部室の隅のダンボール箱に入っている。三人の先輩はピンク色のカーテンの向こうに消えた。
「胸、少し大きくなったんと違う」
「嫌よ。触らないで」
「ええやないか。減るもんやないし」
「ダメ。御子神くんに聞こえちゃうじゃない」
思いっきり聞こえてます。そういうの、やめてください。生殺しです。
「真凛だけ、あっちで着替えたらええやんか。御子神くんも喜ぶで」
喜びます。喜ぶけど、たぶん心臓が破裂して死にます。
僕はドキドキしていたから、ジャージを反対に着たりして。それを更に直したりして。ずいぶんと時間がかかった。
ジャージの上に鎖のチョッキを着てから、腕と足に防具をつける。その上から首を通すところに穴の空いた赤い布をかぶって、横を止めれば完成なんだけど。まだごそごそやっているうちに、先輩たちは着替えを終えてしまっていた。
「御子神くん、遅いで」
会長はレオタードみたいにピッチリとした戦闘服に着替えていた。下着の線とか出てないけど、どうなっているんだろう。角度を変えても見えない。すごく気になる。
「御子神くん、視線がエッチになってるよ」
山神先輩は映画に出てくる魔女が着ていそうな黒いドレス姿だった。胸元が大きく開いている。
罪を告白します。一瞬、会長に心を奪われていました。でも、あなたが正義です。最高です。もう目が離せません。
「由美、魔方陣や。ゴーレム君も連れていくで。今日の相手はスライムやない。うっかりするとケガするからな。気合を入れていくんやで」
「私だけ、見てるんだよ」
「はい」
魔法陣の上で山神先輩が僕の手をにぎった。
新海先輩は案山子かかしみたいな布の人形を抱えながら、呪文を唱えていた。その人形、ゴーレムくんと共に。僕らはまた、異世界へと運ばれていった。
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