本当の実力
パーティーの片付けが終わり、ユメルを向こうの世界まで送って。僕が自分の家の近くまでたどり着いた時には、もう夜の八時近かった。
僕の家は住宅街の平凡な一軒家だった。新海先輩のマンションみたいに豪華じゃないけど、家の近くまで来ると何故か落ち着く。
さっきまでの余韻で。気分がまだ、ふわふわとしていた。初めてのデート。拳銃を持った犯人との対決。先生と会長のこと。楽しいパーティー。そして山神先輩……。
先輩の顔を思い出してにやけていると、僕は突然、正面から声をかけられた。
「御子神だな」
目の前には三人の人影があった。街灯に照らされていたのは背の高い男たち。高校生だろうか。三人とも木刀を持っている。
真ん中の男が一歩、進んだ。
「山神真凛と一緒にいたんだってな。おまえは付き合ってるつもりかも知れないが、冗談じゃない。あいつは俺のものになる予定なんだ。お前は目障りなんだよ」
「勝手な人だな」
僕はいらっとした。
「剣道をやってるみたいだから、特別に俺たちが実力を見てやるよ。おまえは有段者だから、ハンデをもらっても構わないよな。三対一で木刀と素手。これなら平等だ。正々堂々といこうじゃないか……」
僕の反応が薄いからか、右にいた男がチッと舌を鳴らした。
「藤田さんは怖いぜ。組ともつながりがあるんだ。嘘じゃないぞ。この辺の警察だって、手を出してこないんだ。骨の一本くらいじゃ済まないかもな」
「ふうん、そうなんだ」
僕はどうしても、緊張感を持つことができなかった。朝に会ったヤクザと比べても、ぜんぜん迫力が違う。暴力自慢の高校生なんて、スライムに毛が生えたようなものだ。
めんどくさいな。殴るのとか、嫌だな。しつこいんだろうな。
そんな僕のことを、勝手に解釈したらしい。もう一人の取り巻きが、薄笑いを浮かべた。
「こいつ、頭がいっちゃってるぜ。山神さんと付き合ってるつもりなんだから、とんだ妄想狂だ。気づかせてやりましょうよ」
「そうだな。現実を教えてやるには、それしかないかもな」
しょうがない。決めた。つきまとわれるのは嫌だから、逆にちょっとだけ付き合ってやろう。
攻撃をひたすらかわしながら、寸止めで威嚇してやる。五分も相手をしたら、いくらなんでも怖くなるだろう。それでダメなら、一発くらい殴っちゃえばいい。
「バカ野郎、手を出すんじゃねえ!」
木刀を構えた三人の動きが止まった。
硬い靴音を響かせながら、黒いスーツを着た男が進んでくる。
「神谷さん……」
その声には、何か恐怖のようなものが混じっていた。
「その人に手を出した奴は、親分から埋めてもいいって言われてるんだ。俺に、そんな面倒なことをさせる気か」
「でも、なんでこんなやつ」
「言葉からしつけてやろうか。頼むから、指の二本くらいまでで覚えてくれよな」
「神谷さん」
三人は泣きそうな顔になった。木刀を落とし、腕をだらんと伸ばしてうずくまる。
神谷と呼ばれた男は僕に向き直った。
「すみませんでした、御子神さん。こいつらの始末はどうにでもします。気のすむように、何でも言ってください」
「僕こそ、助かりました。もう忘れますから。できるだけ穏便にお願いします」
僕は頭を下げた。
「お前ら、御子神さんに感謝するんだな。この人は、お前らなんか三秒もあれば皆殺しにできるんだ。傭兵をやってた俺だって、たぶん秒殺される。親分が言ってたよ。あの人には手を出しちゃいけない。恩義は返さなきゃいけないが、正直、怖いってね」
朝会ったヤクザの人だ。ようやく気づいた。先生が言ってた尾行している誰かって、この人だったんだ。
「早く帰らないと母さんに怒られるんで、そろそろ帰してください。お礼なんていいです。本当です」
僕はもう、早く帰りたかった。帰ったら山神先輩に電話をするんだ。家に帰ったよって。ただそれだけでもいいじゃないか。
「御子神さんにお詫びをするんだ。そら、背筋を伸ばして。お前ら、もう御子神さんの近くをうろうろするんじゃないぞ。目障りだって思われたら、本当に消すからな」
「申し訳ありませんでした」
三人は深々と頭を下げた。なんだか必死だ。ちょっと気の毒になる。
神谷というヤクザが、僕に近づいてきた。
「一つだけ、聞いてもいいですか」
「ええ、どうぞ」
「まだ、お若いのに。どうしてそんなに強いんですか。はっきり言って無茶苦茶だ。実際に見ても、まだ信じられない」
「僕なんて、先生と比べたらまだまだです。三回死んで、三回生まれ変わるくらいに修行して。それでようやく、先生の足もとに近づけるかどうかってくらいですから……」
これは先生の言葉として、会長から聞いた話だった。会長は、それでもすごいことだとほめてくれた。
「御子神さんの先生は、そんなに強いんですか」
「ええ、どうせ嘘だと思うでしょうけど。アメリカ軍と戦っても、たぶん余裕で勝てます。最終兵器も真っ青です」
僕も魔力に目覚めるまでは、そこまですごいとは思わなかった。
並の魔法使いがモータボートだとすると、先生は巨大空母だ。向こうの世界に行くだけで、世界中の人間や魔物が脅威を感じるというのも今ならよくわかる。
僕が立ち去るのを、神谷というヤクザは四十五度のお辞儀で見送ってくれた。後でちらりと振り返ったときも、その人は微動だにしないで同じ角度でお辞儀を続けていた。




