本物の剣
「もう、日が暮れるまであんまりあらへん。急いで行くで。真凛、由美、ええか。着替えるで。魔法陣の準備もな」
「着替える……」
僕は想像して、思わず喉を鳴らしてしまった。
「のぞいたらあかんで。ケダモノは魔法で毛虫に変えることにしとるんや。一生、葉っぱのまわりでモグモグしとるのが嫌なら、理性をもってしゃんとしててな」
冗談とも本気とも思えるような、ぞっとするような脅しの言葉を残して。三人の美少女はピンク色のカーテンの向こうに消えた。
ごそごそとか、きゃあとか。心を乱すような音がいっぱいする。こっちに僕がいるって、本当に意識してるんだろうか。
それにしても女の子の着替えって、どうしてあんなに時間がかかるんだろう。想像してたら興奮しそうになっちゃったから、あわてて首を振って考えないことにした。毛虫の話はともかくとして。この先輩たちに変態だと思われたら、僕はもう立ち直れない。
「お待たせ。どうや、似合っとるやろう」
僕はどきりとした。
うわっ、いい。すごくいい。
会長はピッチリとした上下の服を身につけていた。レオタードにヒラヒラした布がついたような感じ。体の線が全部出ている。
「うちはパーティーの職業だと商人やから、魔法がうまく使えんのや。だから、自分の体で戦わんといかん。これは体力を強化する魔法の服や。毒と雷にも耐性があるっちゅうし。えろう高かったんよ」
続いて新海先輩が現れた。小さくてかわいい先輩は白いローブのようなものを着ている。自分から説明することはなかったが、なにやら神々しい光が布地が揺れるたびに漏れた。
「さて、最後は真凛や。ほら、モジモジせんと前に出てみい」
山神先輩は会長に押し出されるように前に出た。
ああ神様。ありがとうございます。
僕は神に感謝した。山神先輩は黒いドレスにマントを羽織っていた。ただ、そのドレスの胸のところが大きく開いている。会長ほどは大きくないけれど、形のいいバストが半分以上は見えてしまっていた。
「あんまりじろじろ見ないで。これは魔力の増幅に効果があるっていうから、仕方なく着ているの」
「でも、これまでは着てなかったやん。まあ、それはいいけど。これで御子神くんは完全にゲットやね。ええで、真凛。さすがや」
会長は山神先輩のお尻をたたいた。不意を突かれた山神先輩はひゃっという声をあげる。
僕が先輩たちに見とれている間に、新海先輩は部室の入り口近くの隙間にビニールのシートを敷いていた。シートは二メートル四方くらいのサイズ。黒地に白い色で円と複雑な模様がが描いてある。
魔法陣だ。小説とかマンガで読んだことがある。悪魔を召喚したり魔法で移動したりする時に使う図形だ。魔力の流れを作ったり、増幅したりするんだ。
不思議なことに、僕にもなんだか奇妙な力の流れのようなものを感じることができた。新海先輩は中央に例のゴーレムくんを置いた。
「さあ、魔法陣の中に入るんや。それと御子神くんはこれを持って。最初の頃にゴーレムくんが使ってたホンマもんの剣や。もちろん貸すだけやけどな。でも入会したら、特別にただでくれたる」
会長は僕に鞘に入ったままの剣を投げ渡した。
僕はそれを片手で受け取ろうとして、その重さに思わず取り落としそうになった。
金属のずっしりとした重み。形はローマ時代に兵士が使っていたグラディウスという剣に似ている。革の鞘を外してみる。両刃の西洋風の剣で、刀身と柄を合わせても八十センチくらい。刃こぼれを何度も研ぎ直したせいか、他よりも薄くなっている部分がある。
剣道をやっていたせいか、僕は刀剣にかなりの興味があった。道場の先生が真剣で藁を巻いた竹を切り落とすのも見たことがある。……そう、だからわかる。
ヤバい。本物だ。警察に見つかったら、間違いなく逮捕される。
「先輩、これ。もしかして真剣じゃないですか」
「当たり前や。さっき、そう言うたやないか」
「こんなの持ってて大丈夫なんですか。ていうか、許可とか取ってるんですか」
「あほやなあ。こんな人斬り包丁みたいなもん、許可されるわけないやろ。だから部室に鍵があるんや。うちのはもっとすごいで。ほらこれ。それより長いけど、重さは同じくらいっちゅう優れもんや。おまけに魔法で守られてるから、滅多に刃こぼれせん。切れ味も抜群や」
会長は自分の剣をすらりと抜いた。
僕は思わずごくりとつばを飲みこんだ。
西洋風のまっすぐな細身の長剣だ。ただ、剣に今までには感じたことがないような殺気がある。妖剣というのだろうか。剣と魔法が合わさったら、こんな感じになるのかもしれない。
そんなやりとりには構わずに、新海先輩は呪文を唱え始めた。
「アブー、トラクルよ。異世界の門の番人よ。盟約に従い、我が声を聞け。シムグルドの覇者、遠き神々の末裔。気高き賢者ラフロイ。その名において我が意思を、そなたの意思に重ねる……」
「そろそろやで。しっかりつかまっててな」
会長が手を伸ばしてくれたが、それより先に山神先輩が僕の手をつかんだ。
「すぐに終わるから。私がつかまえててあげる」
先輩と手をつなぐのは二度目だけれど、今度は先輩を意識しているから、さっきとぜんぜん違う。うれしい。もちろんうれしいけど、このままじゃ僕の心臓がもたない。
「御子神くんは怖がりだね。震えてるよ」
「とまどってるだけです。震えてるのは、先輩のせいです」
「え……」
真っ白な光が僕たちを包んだ。
視界だけでなく、頭の中も真っ白になった。白い光は体の中にもはいりこんで、すべてを満たした。体の細胞がみんな死んで、一瞬で甦っていくみたいだった。
心も体もバラバラになっていくような感覚の中で、山神先輩は僕の手をしっかりとにぎってくれていた。
この感触だけは本物だ。僕は生きている……。