正直な自分
最初の予定にはなかったけれど、僕らはユメルの歓迎会をすることになった。
オークから魔力を吸いとった魔法石は五百ゴルダで売れた。モンスター退治の報酬としては、かなりの高額だ。
「パーっと使ってしまおう。みんなで飲んで食べて、あとは先生へのお土産や。お金があまったら、ユメルの武器を買うたる。みんな、ええな」
会長は前に僕の歓迎会をやった酒場に、僕たちを連れていった。今日はみんな、何か変だ。会長は、その事もちゃんと考えている。
酒場ではケンカを避けるためのボディーチェックがあるから、みんなは剣と杖を預けた。ついでに僕も鎖の上下を脱いで、ジャージ姿になった。
ジャージと体操着。酒場にこんな格好でいるのは僕たちくらいだろう。自分でいうのもなんだけど、ちょっとマニアックだ。
ただ、こっちの世界の人間はジャージも体操着も知らない。法律で十五才からお酒が飲めるから、入店を断られることもなかった。
僕らはこっちの世界でお酒を飲んだら、魔法で完全にアルコールを消して帰ることにしている。それと、あっちの世界では絶対に飲酒をしない。それが同好会のルールだった。
「とりあえずビール、大きいの五つ」
僕たちに聞く前に、新海先輩が注文した。なんだかすごくうれしそうだ。
「今日は色々あったから、うちも疲れてしもたわ。でもまあ、話は後や。まずは飲んで楽しく騒ぐで」
すぐにビールが運ばれてきた。日が暮れて間もないから、まだ店員に余裕かある。
「新しい仲間、ユメルの初陣に乾杯や」
「あの……私、みんなに迷惑かけて。そんな資格ありません」
「異論は認めん。ぐだぐだいってビールの泡を消したら、由美が一生恨むで」
「うん、恨む」
新海先輩が珍しくはっきりといった。冗談をいってる顔じゃない。本気だ。お酒を前にしたこの人は、本当に怖い。
「乾杯!」
取り繕うように僕がジョッキを高くかかげた。新海先輩と会長、山神先輩がグラスを合わせる。僕の顔を見てから、ユメルも少しだけジョッキを上げた。
ユメルはビールを一口だけ飲んでテーブルに置いた。あっという間にジョッキを飲み干してしまった新海先輩が二杯目を頼み、会長がまとめて食べ物の注文をする。
実は店に入ったとき、別にとっておきの料理を注文してあった。でも、それはできるまでに、かなり時間がかかるらしい。
テーブルに料理が並び、新海先輩が二杯目のビールを飲み終わってワインに手を出した頃。会長がユメルに声をかけた。
「さあて、そろそろいいやろ。あのオークに突っこんでいった、わけを話してくれん」
「お父さんが……」
ユメルはもごもごと何かいった。
「聞こえない」
新海先輩がグラスを置いて、容赦なくいう。
「お父さんが……オーク……から」
「まだ、聞こえない」
「お父さんを殺したのが、オークだったから。敵をとりたかったから」
ユメルは胸の中の物を一気に吐き出すようにいった。荒い息づかい。体が少し震えている。
あれっ。これってこの前のシチュエーションに似ている。その時はたしか、広場の前の店でケーキを食べていた。
ユメルが娼婦にされそうになってて、それをパーティーのみんなで助けに行ったんだ。ヤクザみたいな連中が相手だったけど。会長を中心にした活躍でユメルは自由になり、僕らの仲間になった。
「お父さんは、優しかったの。モンスターを倒して帰ってくると、必ずお土産を買ってきてくれたわ。みんなでご飯を食べて、お母さんも妹も笑ってて。本当に幸せだった」
「どうして、オークなんかに手を出したんや」
「パーティーの後輩が、勝手に呼び出したんだっていってたわ。弱いモンスターを倒していい気になって。それで、気が大きくなったのね。手っとり早くお金を稼ごうとしたみたい。でも、オークが出てきたら一番先に逃げちゃって。仲間のために時間を稼いだお父さんだけが死んだの。だからオークを前にして逃げるなんてできなかった。お父さんを見殺しにするみたいだったから……」
僕はそっと、ななめ向かいに座っている新海先輩を見た。不謹慎だけど、どうしても気になった。ああ、やっぱり泣いてる。ぶわっと泣いてる。
会長の席はユメルの隣だった。肩に優しく手を置く。
「気持ちはわかった。でも、あの行動はあかん。うちらのパーティーはホンマもんや。仲間は絶対に見捨てん。だからユメルもうちらを信じるんや。こんなんはもう、これっきりやで」
ユメルはうなずいた。それから、山神先輩の方を見る。
「私のこと、嫌いだと思ってたのに。どうして助けてくれたの?」
山神先輩は首を振った。
「嫌いじゃないわ。でも一瞬。あなたがなければいいって思ったのは本当よ。だからあなたがオークに立ち向かって行ったときはぞっとした。私の……あれが、あなたを殺すんだと思った」
「聞こえない」
まだ、涙をだらだら流したままの新海先輩がいった。
「そうね、ユメルもみんな吐き出したんだもんね。いうわ。もう、ごまかすのはやめる。あの時、私の嫉妬があなたを殺すんだって思ったの」
「嫉妬……」
「私って、けっこう嫌な女の子なのよ。自分でかわいいと思っているから。男の子が自分に夢中になるのは当たり前だと思ってた。だから安全なところから見てて、自分の気持ちがぜんぶ固まってから相手に告白させればいいって考えてたの。途中で嫌になったり、相手から嫌われちゃったら。最初からなかったことにすればいい。それなら傷つかない。ほんと卑怯よね。どう、御子神くん。がっかりした?」
僕は首を横に振った。
「好きな気持ちは本当よ。でも、それより御子神くんが私に夢中になるのが嬉しかった。自分では、構ってあげてるつもりだったの。
でも、レオナさんが御子神くんを大人にしてあげるっていった時、ユメルが御子神くんを好きだってわかったとき。初めて気づいたの。御子神くんが私のものになるって決まってるわけじゃない。誰かに取られちゃうかも知れない。そしたら私、どうなっちゃうんだろうって……」
山神先輩は眼鏡を外して、あふれかけていた涙をハンカチでふいた。眼鏡は先輩のチャームポイントだけど、そのままの瞳も、まるで宝石みたいに綺麗だ.
会長が僕のグラスにワインを注いだ。
「さあ、次は御子神くんの番や。それをぐいっといってから、告白したれ。うちが許す」
「ボクも許す」
そういってから、新海先輩はティッシュを出して鼻をかんだ。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっているのに綺麗に見えるんだから、本当に不思議な人だ。
それにしても新海先輩って、自分のことボクっていうんだ。初めて聞いた。
僕はワインを一息で飲み干した。
「山神先輩、聞いてください」
「御子神くん……」
ヤバい、目が潤んでる。吐息を漏らすように少しだけ口が開いていて……。先輩は僕の言葉を待っている。でも、心臓が限界だ。どうしよう。これじゃあ、告白する前に僕が死ぬ。
「じれったいなあ。早ようしとくれや。観客の身にもなったらどうなんや。洒落た言葉は要らへん。お前は俺の女やっていえばいいんや」
「後輩くん。キスしちゃえ、キス」
「ええい、うるさい。黙っててください」
僕はちょっとキレた。勢いを借りて、思いきって口を開く。
「山神先輩、僕とつきあってください。僕は永遠に先輩のものです。ずっと変わりません」
「私なんかで、いいの?」
「山神先輩じゃなくちゃ、ダメなんです。僕は先輩が好きなんです。まだ、頼りないと思ってるでしょうけど。いつか先輩にふさわしい男に、必ずなります」
山神先輩は小さく笑った。
「もう、私は御子神くんにメロメロだよ。昨日も今日も、御子神くんのことばかり考えてた。正直にいったから、かわいい女の子になれたかな」
「答えを聞かせてください」
「私をよろしくお願いします。これからずっと、一緒にいさせてください」
僕は、山神先輩の手をにぎった。正面に座っていてくれて良かった。隣にいたら抱きしめて、そのまま歯止めが効かなくなっていたかもしれない。
ええ動画が撮れた……。
小さく、声がしたような気がした。会長だ。僕は血の気がいっぺんに引いた。あわてて会長をにらんだが、会長は証拠を残すような人じゃない。
「なんや、怖いわあ。今度はうちかいな。見境ないのとちゃう」
「違います。ええと、まあ。でも、もういいです。とにかく学校では言いふらさないでくださいよ。僕はいいけど、山神先輩が迷惑します」
「もちろんや、うちを信じとき」
信じてなかったけど、仕方ない。会長がその気になったらあきらめよう。会長を止めるのは、レベルマックスの勇者でも無理だ。
「チャンスなしか……」
ユメルがつぶやいた。
「でも、私は盗賊だから。山神さんが隙を見せたら御子神さんを盗みますよ。だから私が手を出せないくらい、御子神さんを好きでいてください」
「わかったわ。ありがとう」
山神先輩は眼鏡をかけて、いつもの先輩に戻った。でも、僕にとってはさっきまでの先輩じゃない。
僕に、生まれて初めてちゃんとした彼女ができた。
学校でも一、二を争うアイドル。アイルランド人の血が入ったとびきりの美少女。一つ年上の魔法使い。他のことはまだ、あまり知らないけれど。僕にはわかっていた。
先輩のかけてくれた魔法は一生とけない。
僕の心はずっと先輩の虜だ。これから、もっともっと好きになる。
会長が手をたたいた。
「告白タイムは終了や。まだまだ飲むで。宴会はこれからや」




