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ドント、シンク、フィール

 会長はユメルの肩に手を置いた。

「ナイスファイトや。少し休憩するとええ。その間に、うちが手本を見せたる。パワーや防御力の劣った女の子が、素早さとカンで相手を圧倒する戦い方や。ユメルのスタイルも、これやと思う。よう見とき」


 会長はすらりと剣を抜いた。カッコいい場面のはずだったけど、ついつい会長が着ている体操着や赤いショートパンツに目がいってしまう。僕はダメな人間だ。


「御子神くんにも悪い癖がつきかけとるから、うちが直させてもらうで」


「悪い癖って何です」


「動体視力が上がっとるから、目で見てよけとるんよ。格下の相手ならそれでええけど。素早いモンスターには通用せん。気配を感じ、相手の攻撃を予測して先に動くんや。まあ、言葉よりは実技やな。遠慮はせんで」


 会長はいきなり動いた。剣を鋭く突き出す。

 速い。剣の切っ先が見えない。僕が動こうとした時には、会長の剣はもう、僕の顔のすぐ横を通過していた。


 会長はにやりとした。

「これで一度死んだな。今度は御子神くんも打ちこんでくるとええ。ユメルへの手本や。いいもん見せたる」


「わかりました」

 最初の一撃で、僕は会長の実力が僕なんかとは違うことがわかった。胸を借りよう。そう思ったら、僕は会長の本物の胸を意識してしまった。ヤバい、これは凶器だ。

 この時にそなえてさっきから体をほぐしていたんだろう。着崩れた体操着。汗をかいていたせいか、ブラの形が外から見える。


 会長は片腕を伸ばして、くいっと招くような仕草をした。


「さあ、早くしいや」


「はい」

 僕は突進した。速さと威力だけは十分だったと思う。上からまっすぐに打ち下ろした剣を、会長は直接には受け止めずに流すように払った。

 会長は乱れず、僕はよろけて体勢を崩した。顔を上げたとき、もう目の前には会長の剣が迫っていた。


 僕は動けなかった。会長は剣で僕の頬をなでる。ぞっとするような冷たい感触……。


「頬に一本、ひげの剃り残しがあるで。あかんやないか。男の子やからって、身だしなみは大切や。でも、御子神くんはかわいい後輩やから。今回だけはうちが剃ったるわ」


 セッケンも何もなしに。痛みもなく。ほんの五ミリほど。僕の頬に一本だけ剃り残したひげを、会長は手元から一メートルも離れた長剣の先端で、いとも簡単に剃り落とした。剣にそっと息を吹きかけてそれを飛ばす。


「これで御子神くんが死んだのは二度めやな。さあ、どんどん行くで」


 僕はもっと速く、鋭く。軌道を変化させながら、会長に迫ろうとした。だが会長はすべてかわす。単純に僕より動きが速いだけじゃない。まるで攻撃している僕が動くより先に、待ち構えて反撃を準備しているみたいだ。これじゃあ、いつまでたっても会長をとらえることなんてできやしない。


「見てから考えるんやない。感じたら先に動くんや」


 会長はそこで言葉を切り、人差し指を口もとで揺らせながら、チッチッチッと舌打ちを三回した。


「ドント、シンク、フィールや」


 会長は関西なまりの英語で自慢気にいい放った。意味そのものは、僕にもわかった。ただ、何でわざわざ英語にしたのかわからない。


 考えるな、感じるんだ。


 後で調べたら何十年も前の有名な映画スターのセリフらしい。


 お願いです。突っこんで欲しいなら、僕にもわかる言葉にしてください。それとスルーされたからって怒らないでください。


 結局、なぜか途中から激しくなった会長の攻撃で、僕は会長に十回ほど殺された。


「でもまあ、かなりよくなったで。さすがは男の子や。ユメルもよう見たやろ。装備やパワーがすべてやない。要は自分に合った戦い方をすることや」


「はい」


「ユメルは、パーティーの職業でいえば盗賊やな。素早く動き、敵の隙を突く。鋭い洞察力で相手の弱点を探り、情報を盗む。今までのうちらにはない貴重な戦力や」


「盗賊……」


「不満かいな」


「いえ、私。盗賊で頑張ります。一日も早く立派な盗賊になります」

 ユメルは力強くいった。


 言葉だけ聞いていると、なんだかちょっと変だ。まあ、わかるんだけど。語感ってやっぱり大切だ。

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