魔法陣
※ ※ ※
「御子神さん、こっちです」
ユメルは一番に僕の名前を呼んで、手を振ってくれた。金髪に青い瞳。先輩たちのような完璧な美人じゃないけど。普通の基準なら文句なしの美少女だ。
ユメルはゴロツキにからまれているところを、僕が助けてあげたことがある。色々あって、今では僕らの仲間だ。僕にとって、この世界でできた最初の友だちだった。
短めのスカートに、肩の部分がゆったりした半袖のブラウス。今日は訓練だといってあるから、動きやすい服装を選んだんだろう。
「カッコいいわ。本物のナイトみたい」
「ありがとう。これでも意外に軽いんだ。僕だけこんな格好で変かな」
「このへんはモンスター目当ての冒険者が多いから、そんなに珍しくないわ。それにすごく似合ってる」
「すぐに行くで。うちらは放課後のサークル活動やからな。日がくれるまで、そんなにあらへん。向こうの路地に、まだ由美が魔法陣を広げたままや」
「魔法陣……」
ユメルが初めて聞いたように、不思議そうな顔をして繰り返した。
「そんなに珍しいものなんですか」
僕も少し疑問に思った。魔法陣といっても、ビニールシートに白マジックで描いただけの落書きみたいな図形だ。先輩たちが簡単に使うから、もっとありふれたものかと思っていた。
「高度な魔法やからな。宮廷の一部の魔法使いしか知らん秘術や。うちらみたいに城門をくぐる手続きが面倒だとか、時間を節約したいとか。そんな理由で使う人間は、まずおらへん。先生みたいにトイレに行く時まで転送魔法を使う人間を知っとるから、感覚がおかしゅうなるだけや」
「先生って、トイレに行くのに魔法を使うんですか」
僕はそっちの方が意外だった。
「どうしても我慢できん時だけやって、いってたけどな。頭ん中だけで魔法陣を作れるのは、全部の世界を合わせても先生だけや。あの人とは比較せん方がええ」
会長は目でうながすような合図をしてから、先に歩き始めた。一呼吸遅れて、僕とユメルがついていく。
「先生って、誰なんですか?」
歩きながら、ユメルが会長に聞いた。
「さっきもおったろ」
「え……」
「そこで銅像になっとる、勇者ラフロイや。前に、うちらは世界最強の魔法使いの弟子やというたやろう。うちらは嘘はいわん」
「でも、勇者様は何十年も前に死んだんじゃ……」
「ああ、そうや。三度目に世界を救った後、内輪もめしてる連中に愛想をつかして、治せる病気も治さんで自分から死んだっちゅう話や。でもまあ、あれだけ魔力の塊みたいな人だと、神様もバラバラにしたりはできんかったみたいやな。別の世界に生まれ変わっても、記憶や魔力はそのままだったそうや」
「ラフロイ様……」
ユメルは手を合わせた。会長の話だと、この世界には先生を神様みたいに思っている人も多いらしい。
そんなに立派な人じゃないと教えてあげたかったけれど、時間がなかった。路地裏でもう、新海先輩がスタンバイしているのが見える。
僕らは魔法陣の上に乗った。
「さあ行くで。目的地はここから十キロ離れた、城壁の外に広がる平原や。あの辺りも、なかなかいい狩場やで。魔力がぎょうさん濃いさかいな。訓練で体を動かすだけでも、雰囲気は大事や」
「あの、これで転送するんですよね」
ユメルがシートに描かれた足元の図形を見ながら、心配そうに聞いてきた。
「ああ、でも大丈夫だよ。異世界の門をくぐるときと違って、変な気分にもならないし。あっという間だよ」
「怖いから、手をにぎっててもらってもいいですか」
「うん……」
僕はあいまいに答えて、その間に山神先輩をちらっと見た。今日の先輩は少しおかしい。
「山神さん、いいですか」
「どうして私に聞くの? 御子神くんと私は何でもないわ」
「じゃあ」
ユメルは僕の腕を取った。手だけじゃなく、自分の体もしっかりと押しつける。柔らかい体。わざと自分の胸が当たるようにしているのがわかる。
僕は動揺した。
「えっ。ユメル……」
「それなら、私にもチャンスがあるっていうことですよね。御子神さんは私のことが嫌いですか?」
山神先輩は唇をかんでいた。何もいわなかったけれど。泣きそうな顔は、見ているだけで苦しかった。




