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あこがれの体操着

「あんまり、じろじろ見ないでよ。恥ずかしいわ」

 山神先輩は、両手で自分の胸を隠すようにした。半袖の体操着、赤いショートパンツ。すらりと伸びた手足。日本人ばなれした雪のように白い肌がまぶしい。


 もう、ダメだ。鼻血が出そうだ。


「御子神くん、うちも見てくれんの。今なら特別サービスや。写真を撮ってもええで」


 酒井会長がわざとらしく悩ましげなポーズをとった。同じ体操着姿。ヤバい。このままだと本当に鼻血が出る。頼む。僕の血管よ、持ちこたえてくれ。


 目のやり場に困るっていうのは、こういうことをいうんだ。部室という狭い空間の中で、体操着姿の三人の美少女と一緒にいたら。冷静でいられる方が不思議だ。


「でも、どうして体操着なんですか?」

 僕は当然の疑問を口にした。


 僕はジャージで来るように指示されていたから、何か違和感がある。もちろんいう通りにしたけど、自分だけ少し浮いた感じだ。


「これから向こうの世界で訓練や。御子神くんとユメルのためやで。制服だといまいち動きずらいし、内緒の装備だと自分で洗わなあかん。モンスターと積極的に戦うわけでもないし。うちらはこれで十分やろ」


「ああ、確かに」

 僕は納得した。入会の日には先輩たちは戦闘用の装備で参加してくれたが、その後、汗をかいた服を自分たちで洗っていた。異世界でモンスターと戦っているのは家族にも内緒だ。


「御子神くんは、昨日買うた防具をつけるんや。中はジャージやないと、こすれて痛いやろ。それで自由に動けるようにするんが今日の課題や。ゲームの中みたいな相手でも、戦うのは本物やからな。しっかりやらんとあかんで」


「はい」


 僕は自分で防具をつけ始めた。細かい鎖をつなげて造った腰まであるチョッキと、腕とすねを守る鋼の板で造った防具。腰に剣を吊るための革のベルトをつけ、その上にさらに雷を防ぐ魔法の服を着こむ。

 どれも昨日、先輩たちと一緒に買ってきた防具だった。魔法がけられた上等な品で、会長が半値以下の千ゴルダに値切ってくれた。素材を考えたら、どれもが驚くほど軽い。


「暑いやろうけど、ナイトっちゅうのはそういうもんや。うちらだけ軽装で悪いな」

 いえいえ、ぜんぜんそんなことありません。大歓迎です。むしろジャージだったら、ガッカリしてました。


「さあ、行くで。今日は御子神くんの趣味がわかっただけでも大収穫や。真凛(まりん)、わかったな。御子神くんに言うことを聞かせたくなったら、体操着やで」


「翔子、違うわ。誤解しないで。私は別に御子神くんのことなんて……」

 山神先輩は否定したが、会長は取り合わなかった。他の先輩たちに杖を渡し、自分も愛剣を手に取った。会長の長剣は細身で、妖しいくらいに切れ味が鋭い。


「わざとらしく否定せんでもええやん。どうしてもっちゅうなら、後で聞くわ。もうユメルも呼び出してしもうたし、時間があらへん。由美、魔法陣や。さっさと異世界に行くで」


「翔子、違うんだからね」

 山神先輩は弱々しくいった。


「ああ、そうや。まだ場所を言うとらんかったな。ユメルとの待ち合わせは、先生の銅像の前や。あそこは渋谷のハチ公像みたいなもんやからな。いつも人でいっぱいや。近くの目立たん路地に頼むで」


「違うんだからね……」

 山神先輩の声はほとんど消えそうだった。泣きべそをかきそうな表情になっている。


 魔法陣の準備ができると、僕たちはその上に乗った。山神先輩はいつものように僕の手をぎゅっとにぎる。


「御子神くんが怖がりだから、手をにぎってあげるの。御子神くんが後輩だから、面倒をみてあげるの。御子神くんがさみしがり屋だから、いつも声を聞いてあげてるの……別に、御子神くんのことが好きだからそうしてるわけじゃないのよ」


「わかってます」

 僕は先輩の手をにぎり返した。こんなとき、肩を抱けるようになれたら、どんなにいいだろう。でも、僕は先輩が認めてくれるまでは待つつもりだった。僕は山神先輩を守る本物のナイトになりたい。そのためなら、何でもする。


 新海先輩が呪文を唱え始めた。

「アブー、トラクルよ。異世界の門の管理者よ……」


 異世界の門をくぐる時の、体の細胞が生まれ変わるような不思議な感覚の中で。僕はずっとその事を考えていた。

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