想い石
ユメルは妹と一緒に、とりあえずレオナさんの部屋に住むことになった。狭い部屋だから窮屈だけど、とにかく寝かせて食べさせてあげる。そういって、レオナさんは笑った。
「ところで、まだ、そこの勇敢な男の子の名前を聞いていなかったわ。心配してたのよ」
レオナさんは僕に、ぞくっとするほど色っぽい視線を向けた。大人の女の人だ。先輩たちの方がずっと美人だけれど、何かが違う。
「御子神っていいます」
「御子神くん。ユメルのこと、ありがとう。女の子を命がけで助けてくれる男の子なんて、どこにもいないと思ってた。悪い男ばかり見てきたからかしら……」
レオナさんは僕の手をにぎった。その手をそっと自分の胸につける。
薄い服の上から触れた胸は大きくて、びっくりするほど柔らかかった。体温や心臓の音まで伝わってくるような気がする。
「御子神くんは、まだなんでしょう。お姉さんのおごりよ。もし御子神くんさえ良ければ、私が大人にしてあげる」
「ダメ、絶対にダメ!」
山神先輩とユメルが同時に叫んだ。
すごい勢いだったから、レオナさんは驚いて僕の手をはなした。山神先輩なんて、レオナさんをにらみつけている。
「ごめんね。もう、彼女がいたのね」
「そんなんじゃありません。彼女だなんて、絶対に違います。でも、うちのサークルの決まりなんです。こういうお店は禁止だって。御子神くんも約束してくれました」
「なら、そういうことでもいいわ。私はふられちゃったみたいだから、他にお客さんを探すわ。青春を楽しんでね」
レオナさんはいたずらっぽく笑うと、仕事に戻っていった。まるで別人みたいに表情を変え、夜の街を歩く男たちに声をかけてまわる。
僕はまだ、ドキドキしていた。
レオナさんの申し出を受けてたらどうなっていたんだろう。山神先輩は、どうしてあんなに怒ったんだろう。ユメルもどうして……。
「そうだ、私。御子神さんにお金を返さなきゃ。五百ゴルダには足りないけど、あるお金を全部足したら四百ゴルダくらい……」
「それより盗んだお金を返した方がええで。そうせんと、レオナさんにも迷惑をかけるやろ。御子神くんに借りたお金なら、無利子でええから。無理せんと、ゆっくり返すんや」
なにかいいこといってるけど、僕のお金じゃないか。みんな勝手に決めちゃうんだ。
別にいいけどと心の中でつぶやきかけて、それって今日、何回目だろうと思った。会長は勝手な人だ。強引で何でも好きなようにする。でも、困ったことにいつも正しい。
「いいの?」
ユメルは会長ではなく、僕の方を見てくれた。僕は満足して、大きくうなずく。もちろん文句があったわけじゃない。
「それはそうと、これから自立するんやろ。仕事も必要や。どうや。たまにでええから、うちらのパーティーに参加せえへん? ろくに訓練もせんのに盗みができるんは、無意識に魔力を使うてるからや。ちょっと訓練したら、すぐにパーティーの戦力になれるで。うちが保証したる」
「私が、一緒に……」
ユメルは嬉しそうな顔をした。
「戦国時代でいうなら、陣借りっちゅうやつや。自分で倒したモンスターの魔力を集めたら、それをうちが高く売ったる。人手の欲しいときに来てもらうんやから、手数料はサービスや。うちらは優秀な冒険者やから、いい稼ぎになるで」
会長はいつも全部考えている。これでユメルはもう、本当に娼婦の世界から離れられる。
「お願いします」
ユメルはぺこりと頭を下げた。
「ええやろ、みんな。ユメルは今日からうちらの仲間や。仲良くせんといかんで」
会長は、仲良くっていう部分をなぜか強調した。新海先輩はすぐにうなずいた。山神先輩もうなずいたが、なぜだか少しそっぽを向いていた。
「何だかんだで、遅うなってしまったから。もうそろそろ、うちらは自分の国に帰るとするわ」
「今から?」
「うちらには、とっておきの転送魔法があるんや。そのうちユメルにも使わしたる。それと、連絡用にこれを貸したるから、持っているんやで」
会長はユメルに小さな丸い石を渡した。
あれっ。何かこれ、見たことある。
僕は柔らかい布で作った袋に紐をつけて首にかけていた。それこそずっと、肌身はなさず着けている。その中に入っている綺麗な石。初めて山神先輩が僕にくれたプレゼント……。
「それ、レオナ姉さんが持ってたわ。その石でお母さんと連絡してるんだって……」
「知らんことはないやろ。想い石ちゅうてな。想いをこめてこれにささやきかけると、魔法で声が相手に伝わるんや。普通は恋人同士で使うアイテムなんやけど、こういう連絡にも使える優れもんや。困ったことがあったら、これにいうたらええ。必要なときはうちらからも連絡する」
後半の話は、ほとんど耳に入らなかった。
僕は全身に冷や汗をかいていた。ヤバい。あの石を見つめて、いってしまった。朝とか昼とか夜とか。つまり数えきれないくらい。
山神先輩、好きです。愛してます。いつか結婚してください。僕の心はあなたのものです。あなたの事を考えると、夜も眠れません……。
気持ちの悪い男だと思われただろうか。しつこいとか、思ってないだろうか。セリフがカッコ悪いとか。あの石を返してくれっていわれたら、どうしよう。
僕は放心状態のまま、みんなについていった。何十回も、ぐるぐると同じことを考えて。時間がどれくらい経ったのかもわからなかった。
「ボケボケしとると、置いていくで」
会長の言葉で、僕はようやく我に返った。
僕らは人気のない路地にいた。もう、ビニールシートに描いた魔法陣が広げて置いてある。
山神先輩が僕の手をぎゅっとにぎった。
「御子神くんがくれた言葉。嫌じゃなかったよ」
僕だけにささやくように。山神先輩は小さくそういった。ほんのりと、頬が赤くなっているような気がする。うれしくて、恥ずかしくて。僕は異世界の門を通っている時さえ、山神先輩のことで頭がいっぱいだった。




