RPG同好会
校舎を出て、校庭の裏手に向かう。そこには倉庫を兼ねたような運動部の部室が並んでいた。コンクリートの壁に金属製のドア。ちょうど野球部がバットやライン引きなんかを持ち出しているところだった。
「うちの部室は左の一番すみ。サッカー部の隣よ。入った後はすぐに閉めるくせをつけてね。中をあまり見られたくないの」
山神先輩は部室の前まで来ると、そこで一度止まった。
「御子神くんを連れてきたわ」
ドアが内側から開いた。
「ミッションクリアやね。お疲れさん」
関西弁で出迎えてくれたのは、ショートカットの女子生徒だった。
かわいい。たぶん先輩なんだろうけど、山神先輩に負けないくらいにかわいい。
彼女はわりと背が高かった。僕の身長が百七十五センチだから、だいたい百七十センチくらいはあるだろうか。何よりスタイルが抜群にいい。グラビアモデルも真っ青だ。
入るとすぐに、山神先輩が内側からドアに鍵をかけた。
カチャリという音に少しどきりとする。
女の子と一緒にいる部屋で、内側から鍵をかけた経験なんて僕にはない。もともと部室にそんな必要はないはずだから、改造したんだろう。でも、学校の設備に勝手にそんなことをしていいんだろうか。
入口の右側には大きなピンク色のカーテンがかかっていて、それが部室を二つに仕切っていた。カーテンの向こうは全く見えない。正面にはテーブルとソファー。イスもパイプとかじゃなくて、家具調のしっかりした物が二つある。
全体としては、とにかくピンク色のものが多いという印象だった。ソファーにかけてある布もテーブルクロスもみんなそう。まるで女の子の部屋みたいだ。ぜんぜん部室らしくない。
「さあて、まずはすわって。話はそれからや」
ショートカットの先輩は、僕にイスをすすめてくれた。ソファーにはその先輩と、小柄なもう一人の女子生徒。真ん中には布でできた大きな案山子のような人形がすわっている。
僕と山神先輩がイスにすわった。
「ええと……」
とりあえずは、状況の整理だ。
ふらふらとついてきたことを、僕は早くも後悔し始めていた。この部室はどう見ても怪しい。特にこの奇妙な人形が気になる。僕を見ているようで、なんだか怖い。
「ああ、言わんでもええ。うちのこの話し方のことやろ。面倒だから最初に説明しておくわ。うちは東京生まれの東京育ちや。何を隠そう、うちは上方文化に憧れててな。これはその、リスペクトやわ」
なんじゃそれ。そんなこと聞いてもいないし。
「うちは酒井翔子。二年生。このサークルの会長や。隣のこれは、ゴーレムくん。みんなで作ったんや。なかなか可愛いやろ」
会長は案山子のような人形の肩をたたいた。ポンという音からすると、中には綿が入っているんだろう。
その人形は確かに手作りらしかった。不ぞろいの布を、まるでパッチワークのように縫い合わせてある。目は黒くて大きな丸いボタン。鼻はなくて、口は赤いマジックみたいなもので描いてある。
でも、家庭科の失敗作みたいな人形なのに、なぜかぞっとするほど生々しい雰囲気があった。暗いところにでも置いてあったら、ちょっと怖い。まるで呪いの人形みたいだ。
もちろん、そんなことは死んでも言えない。僕だって、ある程度なら空気が読める。
「さあ、次は由美や」
その先輩は西洋人形のように整った顔をしていた。完璧な美貌と言う意味では、三人の中でも一番かもしれない。顔も小さいけど、背も小さい。イスに深く座っているせいで、胸から上しか見えない。
「新海由美、二年生……」
その人は、ぼそっとそれだけいった。
「由美にしては上出来や。愛想のない子やから、堪忍してな。そこの真凛は、もういいやろ。うちのサークルのメンバーはゴーレムくんを入れて四人。御子神くんが入ってくれたら、五人になる。どうやろ。これなら、いいパーティーが組めると思うんやけどな」
「ちょっと質問していいですか」
このサークルはむちゃくちゃだ。人形がメンバーとか、絶対に普通じゃない。
「ああ、ええよ。なんでも聞いてや。ただし、二つまでやで」
「……えっ。なんで二つなんですか」
予想外の言葉に、僕は思わず突っこんでしまった。
いけない。この人は関西人をリスペクトしてるんだ。絶対に何か返しがくる。
「なんでも答えるって言うてしもたやん。スリーサイズを聞かれたら困るからや」
「そんなんじゃありません」
「それは残念やわ。うちに魅力がないんかな。二つまでなら、答えてもええんやで」
「そうじゃないですけど。ええい、もう。面倒くさい。このサークルは何をしているんです。RPG同好会って言うけど、ゲーム機もないし、テレビもないし。そういう本とかが積んであるわけでもないし……」
「なんや、そこからかいな。じゃあ、こっちから聞くわ。RPG同好会って、どういう意味なんやと思う?」
「だから、ロールプレイングゲームでしょう。僕だってそれくらい知ってますよ」
「そこが違うんや。アールはリアル。本物のことや。リアル、プレイ、ゲーム。現実の冒険。本物のモンスターと戦って、倒してお金を稼ぐ。どうや、興奮するやろ」
会長は胸をはった。
うわっ、すごい。制服から胸がはちきれそうになっている。
ああ、胸のサイズだけでも知りたい。
ちらりとそう思ったけど、僕は思い直した。左の方から冷たい気配がする。山神先輩だ。それに気づいたら、僕は急に萎縮してしまった。
「もう一つの質問。いいですか」
「ええよ」
「どうして僕を誘ってくれたんですか。このサークルが特別なのは、何となくわかります。でも、どうして僕なんです。剣道の経験はあるけど、他に何か特技があるわけじゃないし……」
「魔法や魔力の適性が抜群なんよ。御子神くんがお空の月なら、他の生徒は泥の中のすっぽんみたいなもんや。他に代わりはおらへん。もう先に、真凛が説明してたんのとちゃう」
「それは……」
僕は山神先輩を見た。
先輩はゆっくりうなずいた。
「御子神くんは特別な人よ。私にはわかる。だからどうしても、一緒に冒険がしたいの」
あっ、ダメだ。もうなんかダメだ。
山神先輩、あなたは反則です。
僕は剣道部に入るはずだったんです。最初からそう決まってたんです。
小学校に上がる前から稽古して、大会で成績を残して。兄貴から部活の後継者に指名されて……これでも、インターハイとか目指してたんです。でも、あなたの一言で自信が持てなくなっちゃいました。
「御子神くんは、私と冒険がしたくないの」
「そんなこと、ないです」
思わず僕はそういってしまった。やばい。完全に相手のペースに乗せられてる。
もちろん、話をぜんぶ信じた訳じゃない。
リアルでモンスターを倒すなんて話、どう考えてもぶっ飛んでる。常識で考えたら、信じる方がおかしい。まともな人間なら、さっさとこの場から逃げ出すのが普通だろう。
でも、でも。
今、僕を山神先輩が見てくれている。
こんな機会はたぶん、一生に二度とはない。当然だ。そんなこと、今までの平凡な人生を振り返るまでもない。
この人と一緒にいられるなら、地獄だっていい。
それに別まだ、このサークルに入るって決めた訳じゃないんだ。逃げて一生後悔するより、ぶつかって砕け散ってやる。まさか命まで取られることはないだろう。
「とりあえず、まだ見学ですよね」
「もちろんや」
会長が、にやっと笑ったような気がした。
「わかりました。まず、何をすればいいんですか」
「うん、その姿勢。ええね。百聞は一見に何とかや。これはすぐに冒険せんとあかんね。先生は職員会議で遅くなるっていうし、許可はもらっとるから」
「先生って誰です」
僕は山神先輩に聞いた。どっちの先輩に聞いても同じはずだったけれど。なんだかそうしなきゃいけないような気がした。
山神先輩は少し満足したような顔をした。
「顧問の桝谷ますたに先生よ。史上最高の魔法使い。戦士、賢者、勇者。レベルマックス。三人の魔王を倒し、世界を三度も救った英雄……他にも百以上の称号があるみたいだけど、私たちにはあんまり関係がないわ。私たちにとっては、ただの明るくてスケベなおじさん。でもね、安心して。御子神くんにだけは特別に言っておくけど、恋愛の対象じゃないわ」
なんだ、その言い方。それって、もしかして僕にも可能性があるってことだろうか。こういう展開。小説とかで読んだことがある。
確かめようとして恐る恐る手を近づけたら、上からパシッとたたかれた。