世界最高のパーティー
僕らはこの町の広場に面したカフェに行った。薄暗くなった公園に、この世界では伝説の英雄である桝谷先生の銅像が見える。
僕たちは紅茶とケーキを頼んだ。
「それ、二つ……」
新海先輩は勝手に自分だけケーキを二つ頼んだ。運ばれてくると、急に表情が変わる。満面の笑みってやつだ。
「早く食べんと、由美に恨まれそうやな。今日はお疲れさん。まあ、ちょっと買い物しただけやけど。そこの盗人ぬすっと姉ちゃんも食べてええで。御子神くんのおごりや」
「どういうこと……なんですか」
「どうも何もあらへん。うちらのサークルのお茶会にご招待しただけや。どうや。そろそろ何か話す気になったんやないか」
「何か困ったことがあるんでしょう。聞いてあげるよ」
山神先輩がズバリと斬りこむようにいった。
「ケーキ、食べてもいいの?」
少女は恐る恐る聞いてきた。
「御子神くんのおごりや。おかわりしてもいいで。好きなだけ食べてな」
会長、そういうことは普通、お金を払う人がいうんじゃないでしょうか。僕のおごりって言ってましたよね。
まあ、別にいいけど。
「私、子どもの頃に売られたの……」
「いつや?」
「六歳になった頃。お父さんがモンスターに殺されて、お母さんは変な男の人についていって、私と妹を捨てた。たった五十ゴルダだったそうよ。
それから娼館でお姉さんたちの世話をしながら暮らしてた。お姉さんたちは、みんな優しかったから幸せだったわ。でも、十五になったから、私も客を取れと言われたの。嫌なら自分を買い戻せって。信じてくれる?」
「うちは商人や。嘘とわかる話は、最初から買わんことにしとる」
会長は、キッパリといった。
「きれいな服を着せてもらったり、おいしいものを食べさせてもらったりしたけど、それがみんな借金になっているなんて知らなかった。五千ゴルダだって。そんなお金、払えるはずがない。お姉さんたちがみんなでお金を集めて、二千ゴルダはどうにかするっていってたけど。私が綺麗でいるために、他の人が体を売ったお金を使うわけにはいかないじゃない。それにそれだけじゃ、とても足りないわ」
「なぜ?」
唐突に新海先輩が口をはさんだ。
「体を売りたくない理由」
新海先輩は完璧な人形のような美貌で少女を見た。かなりきわどい話だけれど。先輩にいわれると、なんだか逃れられない気持ちになる。
「……から」
少女は消えそうな声でいった。
「聞こえない」
新海先輩は容赦なかった。
「初めて……決めてる……から」
「まだ」
「初めては、好きな人って決めてるから!」
少女は最後は叫ぶようにいった。吐き出してしまって、そのまま泣き出した。
「まだ相手もいないのにバカだと思ってるんでしょう。でも、どうして私が夢を見ちゃいけないの。あなたたちみたいな異国のお嬢様にはわからないわよ。見たこともないような服を着て、この国の言葉をペラペラと話して。庶民がどうやって暮らしているかなんて知りもしないんだわ」
僕も庶民だけど。
そういいたかったけれど、それが慰めになるとはとても思えなかった。この世界には魅力があるかわりに暗い部分もいっぱいある。
気がつくと、新海先輩がぶわっと涙を流して泣いていた。こういうのがストライクなんだ。不謹慎だけど。正直な話、ちょっと意外だ。
「乙女のピンチやな。うちも乙女やから、そういうのには弱いんや。でも、サークル全体の問題やから、多数決で決めるで。どうや。助けたいと思うなら手をあげて。嫌ならあげんでもええ。恨みっこなしや」
言い終わる前に、全員の手が上がっていた。
「当然やな。うちらのパーティーは世界最高や。さあ、盗人の姉ちゃん、詳しい情況を話すんや。それと、名前も教えてもらわんとあかん。いちいち盗人の姉ちゃんいうのも、しんどうなってきた」
「ユメル……」
金髪の美少女はそういって恥ずかしそうに目を伏せた。自分の名前を口にすることで、本当の自分に戻れたのかも知れない。
「ユメル、うちらに任しときい。うちらは世界最強の魔法使いの弟子や。見かけどおりの高校生やと思ったらあかんで」
先生がかけてくれた魔法は、高校生って単語をどう訳すんだろう。少し気になったが、ここは口をはさむタイミングじゃなかった。
僕らはユメルから詳しい話を聞くと、立ち上がった。夕日を浴びたユメルの髪は、まるで本物の黄金のように美しくキラキラと輝いていた。