攻撃と防御
放課後になって、駆け出すようにして向かったのは、僕らRPG 同好会の部室だった。
テーブルとイス、ピンク色のソファーのあるぜんぜん部室らしくない空間。そこにはもう、三人の先輩が集まっていた。
「今日は、御子神くんの装備を買いに行くで。なんか希望があったら先に考えとき。攻撃優先とか、防御優先とか。何でも相談にのったるで」
酒井先輩はいつものように、テンションが高かった。この人の変な大阪弁を聞くと、サークル活動が始まったんだなっていう気がする。
「御子神くんは、どっち派なの」
山神先輩が僕に聞いてくれた。見かけはちょっと外人ぽい。アイルランド人の血が入ったクォーター。とびきりの美人で、それに優しい。僕はもう、彼女にメロメロだ。
「剣道をやっていたから、やっぱり刀剣に興味があります。攻撃は最大の防御っていうし。ゲームとかでも、最初はお金があるだけ高い武器を買っちゃう方ですね。剣だけ何とか合金で、装備は革の鎧と帽子とか。バランスが悪いとは思うんですけど、中途半端なものを買って何度も買い換えるのも効率が悪いし……」
「そういう考えも悪くはないけど、防御も大切よ。御子神くんはパーティーの前衛になるから、どんなに素早くても、ちょっとは傷を受けるわ。防具があるとなしで、ぜんぜん強さが違うって知っているでしょう」
「もちろんです」
僕はうなずいた。防具を着けると重くなって動きづらい。攻撃の鋭さも落ちる。それでもみんな防具を着けるのは、弱点を補っても有り余る利点があるからだ。
互角の相手と戦えば、防具を着けた方が必ず勝つ。深手を負わせたはずの攻撃がかすり傷になって、ちょっとした油断が致命傷になる。そもそも防具の上から敵を斬り倒すことなんか、ほとんど不可能だ。
「買い物は品揃えが大事や。歓迎会で行ったボルロイの町に、また行くで。なにせ向こうの世界で一番大きい町やからな」
会長は自分の学生鞄から教科書を抜き出し、代わりに金貨や銀貨の入った重そうな袋をいくつも入れた。
今日も学生服のまま異世界に行くんだろう。ボルロイの町は国際都市だから、日本の学生服なんか民族衣装みたいなものなんだそうだ。
「御子神くんは、これを持って行ってな」
会長は僕に剣を渡した。最初の冒険の時に使った少し短めの両刃の剣。ローマ時代に兵士が使っていたグラディウスという剣に似ている。
「今日は大金を持っていくから、御子神くんにはボディーガードもやってもらうで。いざというときにはうちらを守ってな」
「御子神くん、お願いね」
「わかりました」
僕は剣をにぎりしめた。最初に持ったときよりも、ずいぶんと軽く感じる。
会長の話だと、僕には魔力を力に変える才能があるらしい。その力に目覚めてから、僕は急に強くなった。集中すれば、素手で大きな岩だって動かせるような気がする。
「じゃあ、行くで。由美、魔法陣や」
新海先輩がうなずいて、ビニールシートの魔方陣を広げた。黒いシートに油性の白マジックで描いたんだろう。よく見ると、何度か塗り重ねたような跡が見える。
僕らは身を寄せるようにして、狭い円の上にのった。
「御子神くん、手……」
山神先輩が僕の手を取った。
「私が怖いからじゃないからね。御子神くんが臆病だから、にぎっていてあげるの」
「はい、わかってます」
僕は幸せをかみしめながら、先輩の手をにぎり返した。異世界に行くときには、ちょっとした嫌な感覚がある。山神先輩は何度行っても慣れなくて、その間はどうしても誰かにつかまっていたいらしい。
新海先輩の呪文で、異世界の門が開いた。
三回目の異世界行き。復路を含めると五回目の経験だから、もう気持ちの悪い感覚には慣れてきた。むしろ山神先輩の手の感触が新鮮すぎて、僕にはそっちの方がどうしても慣れることができなかった。