ラブレター
「御子神、RPG同好会に入ったんだって」
始業前。まだ眠い目をこすって教室に入ると、すぐにクラスメートの斉藤が話しかけてきた。
「ああ、まあな。うん」
斉藤は中学からの腐れ縁だった。休日は一緒に遊びに行くこともある。まあ、悪い奴じゃない。
「すげえなあ。俺も気になって、部室に行ってみたんだけど。鍵がかかっててさ。誰かがいるような気配もなかったぜ」
そりゃあそうだ。その頃、僕らは異世界にいた。
「まあ、いいや。それはそうと。RPG同好会っていえば、あの酒井先輩と一緒なんだろう。俺、ファンなんだ。いいよなあ、あの先輩。あのスタイル。グラビアにだって、あんな人いないぜ」
「ああ」
まったく同感だった。他に好きな人がいる僕でも、先輩と会うたびにドキリとする。
酒井先輩は僕の同好会の会長だった。
女性としてはかなり背が高く、なぜかちょっと違和感のある大阪弁をしゃべる。芸能人じゃないのが不思議なくらいの美少女だ。
「それに、知ってるか。酒井先輩ってすごく強いんだ。集団でいじめられていたクラスメートを助けたり、からんできた不良を撃退したり。二年生の間じゃ、スーパーヒロインみたいでさ。特に女子の間じゃ、すごい人気があるんだってよ」
「そうなんだ」
わざと関心なさそうに返事をしたが、心の中では興味津々だった。僕はまだ、先輩たちの日常をあまり知らない。
面倒見のいい人だから、困っている人を見過ごしたりはできないんだろう。ほめられているのは先輩なのに、なんとなく自分のことのように誇らしく感じる。
「おまえは俺の親友だよな」
「まあな」
「よし。そこで相談だ。一年生でただひとり選ばれた、幸運な男子である御子神謙次様に頼むよ。一生のお願いだ。酒井先輩にこれ。渡してくれないか。もちろんタダとはいわない。渡してくれたら恩に着る。ハンバーガーでもお好み焼きでも何でもおごるぜ。学校の中じゃ、先輩のファンががっちりガードしてて近づけないんだ。お前だけが頼りなんだよ」
斉藤は僕に白い封筒を押しつけた。ハートの形をしたシールがはってある。
「なんだ、ラブレターかよ」
「ファンレターみたいなもんだよ。俺だってまともにつきあえるなんて思ってないさ。ただ、自分の気持ちを伝えたいだけなんだ。いいじゃないか。嫌なら、捨ててくれてもいいんだ」
結局、僕は斉藤に手紙を押しつけられてしまった。不思議なことに、サークルの中で酒井先輩がどうしているかとか。僕がどうして入会できたのかなんて質問は一切されなかった。
RPG同好会の本当の活動内容は、僕たち会員しか知らない。みんなはただ、漠然と名前どおりに部室にこもってゲームでもしているんだろうと思っている。
ただ、それって変な話だ。
美少女と一緒にそんなことで時間を過ごせるサークルがあったら、誰だって入りたいはずだ。僕だけがなぜ入会できたのか。普通なら絶対に疑問に思う。
何かの魔法がかかっているんだ。本当に自然に。サークルの活動の中身は、なんとなく話題にならないようになっている。
始業のチャイムが鳴り、僕は授業に集中しなければならなくなった。サークル活動を続けるためにも、授業はちゃんと受けよう。順番はちょっと変だけど。僕は真剣にそう思っていた。




