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放課後×パーティー ~ サークル活動から始める異世界生活 ~  作者: 油布 浩明
第2話 お酒はハタチになってから
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世界でもっとも罪深い犯罪

 テーブルに陶器製のジョッキが運ばれてきた。大きい。たぶん一リットルは入っているだろう。盛り上がったきめの細かい泡が、ジョッキにふたをしている。


 会長はジョッキを持って高く掲げた。

「御子神くん、なにしとるんや。みんな待っとるで」


「えっ、はい」

 僕は戸惑いながらもジョッキをつかんだ。


「つまらん長話でビールの泡を消すのは、世界でもっとも罪深い犯罪の一つや。さあ行くで。うちらのサークルの有望な新人、御子神謙次くんに。互いに命を預けるパーティーの仲間として。友情と信頼を誓って乾杯や」


「乾杯!」

 ジョッキを合わす音が響いた。


 どうしよう。乾杯したはいいけど、このままじゃジョッキを置けない。

 僕は腹を決めた。ええい、飲んでしまえ。目をつぶって、僕はジョッキをぐっと傾けた。一気にビールが流れこんでくる。

 じわっと何かが来た。喉に何かが広がる。あっ、うまい。信じられないくらいにうまい。正月に、親父に無理矢理に飲まされたあのビールはなんだったんだろう。ただ苦いだけの中途半端な炭酸水。そんなものとは次元が違う。


「美味しいでしょう。先生に言わせると、この世界のビールって女神様の黄金水みたいなんですって。意味がよくわからなかったんだけど、それだけ美味しいってことなのかな」


 ぶはっ。

 僕はビールを鼻から吹き出しそうになった。


「大丈夫、御子神くん」


 大丈夫じゃありません。

 黄金水、想像しちゃいました。わからなくて正解です。ずっと、わからないでください。あと、桝谷先生も。頼むから死んでください。


 僕には中学生の頃、エッチな単語とかをドキドキしながら調べていた秘密の思い出があった。よくいう黒歴史ってやつだ。

 黄金水って、オシッコのことだ。僕の大切な山神先輩にそんな下品なことをいわせるなんて最低だ。絶対に、頼まれたって先生みたいにはなりたくない。

 そんなことを考えているうちに、会長と、驚いたことに新海先輩まで。こんなに大きなジョッキをすっかり飲み干していた。


「さあて、どんどん行くで。おねえちゃん、こっちや。注文を頼むで。うちらはもう一杯ずつビールを飲むけど、御子神くんはどうする?」


「同じでいいです」


「つまみとかは適当に頼むで。嫌いなものがあったら手をつけんでええ。もっと食べたいもんがあったら追加で頼むから、遠慮はせんこと。これもうちらのルールや。そうや。酔わんうちに先生へのお土産も頼んどこ。ワインと日本酒、一本ずつでええかな。あとはビーフシチューとオムレツやな。先生、きっと楽しみにしてるで……」


「この世界に、日本酒とかあるんですか」

 僕は疑問に思ったから聞いてみた。この世界はまるで中世のヨーロッパみたいだ。日本酒っていう単語がそもそもしっくりこない。


「もちろんこの国の人間がそのまま日本酒って呼んでるわけやないで。先生の魔法がそう訳してるだけや。米を使ったお酒で透き通ったやつ。つまり清酒やな。日本じゃあ、うちが尊敬する上方商人の鴻池(こうのいけ)さんが発明したんやけど。こっちにも同じような人がおったと言うことやな。ただ、比較にならんほどうまいで」


 やがて、ビールのおかわりと料理が山ほど運ばれてきた。会長がいうように、みんな信じられないくらい美味だった。僕はその味に感激し、話も忘れてむさぼるように食べた。

 魔法だ。魔法の料理だ。それも例え話じゃない。本物の魔法の世界の料理だ。

 先生も、一緒に来たかったろうなとちらりと思う。色々と最低な人だけど、僕は先生のことが嫌いじゃなかった。何よりこの異世界に僕がいるのは全部先生のおかげだ。


「後輩くん、お酒をつぎなさい」


 えっ、誰だろう。知っているはずの声だったが、一瞬、ぴんとこなかった。

 僕は相手を見て驚き、少なからず戦慄した。新海先輩が僕の前にグラスを突きつけている。いつもと違うのは大きな瞳で僕をまっすぐに見ていること。綺麗な顔になんともいえない凄みがある。


「何をぼうっと見ているの。早くお酒をつぎなさい」

 新海先輩は二杯目のビールもとっくに飲み干して、日本酒のボトルをとっていた。少し顔が赤くなっている。


 僕はあわてて日本酒を注いだ。

 逆らったらいけない。新海先輩はもう、目がすわっている。


「お酒をつぐときは両手で。ラベルがある場合はそっちを上にする。いいね」


「はい」

 僕は、うなずくしかなかった。


 そんなことをしているうちに、新海先輩はぐいっとグラスを飲み干してしまった。手の震えをおさえて、慎重にお酒を注ぐ。先輩のグラスはかなり大きめだった。それにまず、八分目くらい。


 えっ、先輩のグラスが動かない。もっと注げってことか。じゃあいっぱいまで。まだ? やけくそだ。表面張力でギリギリまで盛り上げてやる。

 先輩のグラスは横から見ると、こんもりと盛り上がって見えた。


「合格……」

 新海先輩は急に笑顔になった。表面の盛り上がった部分を、こぼさないように慎重にすする。


「良かったわね。由美が男の子を気に入るなんて、滅多にないことなのよ」

 山神先輩がそっといった。


「あれが、気に入られたってことなんですか」


「間違いないわ。由美の笑顔なんて、久しぶりに見たもの。この前はたしか、三月にやったサークルの納会で一緒に飲んだ時だったかな」


 それ、たぶん。僕のお陰じゃありません。お酒のせいです。それに三月って、めちゃくちゃ最近です。

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