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僕たちの未来

 ※  ※  ※


 結婚披露宴での花嫁の美しさは圧巻だった。

 入場宣言と同時に王宮の大広間の扉が開くと、集まった五百人以上の招待客は皆、息を呑んだ。純白のウェディングドレスを着た会長は、長い裾を持つ二人の少女を引き連れて進んできた。

 会長の前世は、ルフロニア王家でも最高の美女と呼ばれたシエナ姫だ。完璧な美貌に気品。背も高いから、こういう人の多い場所では特に際立つ。


「綺麗ね」

 隣にいる山神先輩が声を漏らした。

 僕らの席は中央に確保された通路のすぐそばにある。もうすぐ、立ち上がって拍手をしている僕らの脇を通る。


「ええ。黙ってさえいれば、どこから見ても本物のお姫様ですね……」


「黙っていれば、は余計やで」


 すれ違う瞬間、会長の声がした。ビクッと反応してしまう。僕はこういうところが弱い。


「うちの地獄耳をなめんことや」

 どこから声を出したのか。会長はすました顔をして通り過ぎた。そんなやり取りには気づかない招待客たちが感嘆の声を上げる。拍手が最高潮に達する。


 正面の席には、白いタキシードを着た先生が待っていた。東京のホテルでやったばかりの結婚式と同じ格好だ。緊張とは縁のない人だけど、さすがに嬉しそうな顔をしている。

 司会役が二人に挨拶を求めると、会長が先生に合図のようなしぐさをした。うなずいてから、伝説の勇者は小さく呪文を唱える。たぶん、声を響かせる魔法だろう。マイクの代わりに魔法を使うのは、この人たちくらいだ。


 会長は背筋を伸ばして、招待客を見回した。それだけで、あたりがしんとする。


「皆様、今日は私たちの結婚披露宴に来ていただき、ありがとうございます。皆様もご存知でしょうが、前世でシエナ姫だった私は、このき日を迎えることなく命を失いました。今の私は異世界のただの学生、酒井翔子です。隣の勇者ラフロイも同じ。私の通う学校の教師で、名前を桝谷修造といいます。

 招待客の中には、前世では敵として戦った大魔王ヒュミラやシェザートがいます。公爵の陰謀で裏切り者にされた魔女シャリテもいます。今はみんな、異世界でつけられた別の名前を持っています。私たちは同じ時期、同じ世界で再び出会いました。そして今度は敵ではなく、仲間として友情を育むことになりました」


 会長はそこで言葉を一度、切った。そして招待客にとびきりの笑顔をサービスする。その瞬間、何かが切り替わったような気がした。


「さてと。そういうわけやから、ここからは向こうの世界のうちの地で話すで。今のうちらは勇者でも姫様でも魔王でもない。ただのアドバイザーや。うちらを昔の肩書きで呼ぶのは構わへんけど、それは愛称みたいなもんやと思ってほしい。今日は勇者と姫様の結婚式やなくて、ただの一市民の結婚式や。女子高生に手え出したエロ教師もそう思うとる。なあ、そうやろ。何ぼうっとしとるねん。うちの旦那なら、シャキッとして答えんかい」


 会長は先生の肩をパシッと叩いた。いつもながらいい音がする。普通じゃなかなか、こうはいかない。


「やあ、みんな。どうも。翔子くんが今、言ったように僕はもう勇者じゃない。でも、前よりもずっと幸せだ。この奇跡に僕は、心から感謝している」


「それはちゃう。奇跡やないで。間違えたらあかん。死んだらまた、都合よく人生をやり直せると思うもんがいると困るから、この場で説明しとくわ。

 うちらはみんな、世界に影響するほどの魔力を持っとった。そして何よりも、みんなが心からまた、出会いたいと思っとった。そして責任を放棄することなく、最後まで人生を全うした。

 人生から逃げるような気分で死んだんなら、たぶんどこぞの遠くの世界に一人で生まれたんやと思う。ええか、真似したらあかんで。ちゃんとした人生をおくらんと、うちらだって次はどうなるかわからん。みんなもそうやで。世界を動かすのは人の思いや。それを忘れたらあかん」


 席にいる誰かが、立ち上がって拍手をした。続いて数人が、そして全員が立ち上がった。やがて満場は割れんばかりの拍手に包まれた。


 でも僕は、会長の頬の動きに気づいていた。得意気にぴくりと動いて、えくぼになってる。


 また、適当なこと言ってる。

 みんなはだませても、僕はだませません。もう、百回以上もだまされたんです。いい加減、覚えました。


「まあ、ええやんか。うちがそう思ったんや。もしかしたら本当かも知れんやろう。裏づけのある事実だけが、真実とちゃうで」

 会長が僕だけにそう言ったような気がした。一瞬、視線が合っただけだったけど。魔法が気持ちを伝えたのかもしれない。


「長い……」


 みんなが立ち上がって拍手をしている中、新海先輩だけはナイフとフォークを握りしめたままスタンバイしていた。それなら勝手に食べちゃえばいいのに。そう思ったけど、それがこの人なりのギリギリの譲歩なんだ。

 会長がすっと手を上げると、気づいた誰かが手を止めた。やがて始まったときと同じように伝染し、会場は嘘のように静まった。


「あいさつはこれで終わりや。後はみんな知っとるやろ。早う乾杯をせんと、飲みもんの泡が消えるさかいな。そんなんで一生恨まれたらたまらん。先生、ひとつ盛大なやつを頼むで」


 新海先輩が大きくうなずいて、フォークを置いてグラスに持ち替えた。危ない所だった。この人は本当に恨む。そして一生、グチグチ言う。


「僕がやるのかい」


「当たり前や。他に誰がおるっちゅうねん」


「わかったよ。それじゃあみんな、グラスを持ってくれ。僕たちと、この世界に乾杯だ。人間と魔族が仲良くできる素晴らしい世界がずっと続くように。争いのない平和な世界に……」


「長い」

 大広間の天井近くに、ピリっと何か電気のような物が走った。幸い感電した人はいない。でも限界だ。


 会長の肘が先生の横っ腹を打った。

「うぐっ。じゃあ、とにかく。そういうわけで乾杯!」


「乾杯」


 山神先輩が、僕のグラスに自分のグラスを重ねた。新海先輩は……もう飲んでる。食べてる。素早い。魔法でも使ったんじゃないか。

 席につくと、山神先輩が僕に肩を寄せてきた。


「私が今、考えていることがわかる? とても大切なことよ。女の子から言うのは、ちょっと恥ずかしいけど。でも、どうしても言いたいの」


「えっ」


 わかる。わかります。でも、ほんとに今なんですか。ちょっと待ってください。まだ心の準備ができてません。

 僕はどきまぎして、大切な時間を失った。


 ちょっと待って。僕から言います。

 その一言が出てこない。いくら鈍い僕でもわかる。ヤバい。せっかくセリフまで用意していたのに。このままだと先輩に先に言われてしまう。

 そしてやっぱり、僕は残念な人だった。口を開きかけた時にはもう間に合わない。山神先輩の手が、僕の手に触れる。


「私をもう一度、御子神くんのお嫁さんにしてくれる?」


 手遅れだ。わかってる。でもこのままじゃダメだ。ええい、よし。どうとでもなれ。


「ちょっと待って。僕から言います」


「えっ?」


 山神先輩は当惑している。でも僕は、強引に押しきることにした。

 言葉の順番はメチャクチャだ。それでも、気持ちが伝わりさえすればいい。


 僕は用意していた物をポケットから取り出した。前にセニア姫からもらった大粒のルビーのネックレス。指輪に直そうと思ったけど、石が大きすぎて無理だった。それにこの国では、婚約の時のプレゼントはネックレスの方が多いらしい。


「すごい宝石……」


「僕と結婚してください。山神先輩は一人っ子だから、僕が山神謙次になります。先輩の両親も大切にします。先輩のために毎日、味噌汁を作ります。パンの方が良ければオムレツにします」


 山神先輩はふふっと笑った。

「変なプロポーズ。でも、私はそんな御子神くんが好き。世界で一番御子神くんが好き」


 僕は先輩の首にネックレスをかけようとした。でも、うまく留め金がはまらない。そっと、柔らかい指が僕に添えられる。カチッという音がする。


「私も、御子神くんのいい奥さんになれるように頑張る。でも、名前のことはダメよ。私は御子神真凛になるんだから。ずっと前から、心の中で練習してたのよ。私は御子神くんの姓になるの。そう決めているの」


「山神先輩」


「御子神くん……」


 僕たちはその場で口づけした。初めてのはずなのに、知っているような感触。甘い香り。

 急に想いがこみあげてきた。前世の記憶が甦ってくる。それは山神先輩も同じだったんだろう。先輩の目から涙があふれていく。目もとから頬へ。そして形のいい顎まで。止まったような時間の中で、涙の粒だけが僕に時間を教えてくれる。


 じいっと僕らを見つめる視線に気づいたのは、涙がテーブルに落ちきった時だった。


「後輩くん、ナイス」

 新海先輩が指を立てた。先輩だけじゃない。ユメルもセニア姫もロシェさんも。会場のみんなが僕らを見つめている。


「ええ根性やな」

 一段高い正面の席から会長の声が響いた。また、声を大きくする魔法だ。


「今日はうちらの結婚式やで。主役無視も、ええ加減にしてほしいもんや。でも、そういう間の悪いところが御子神くんやな。かわいい後輩やから、特別に見逃したるわ。さあみんな、最強の魔王とルフロニア史上、最高の魔女にも乾杯や!」


 グラスの合わさる音。そして巨大な拍手が僕らを包んだ。

 いつまでもそれは鳴りやまない。僕らへの祝福の心が伝わってくる。幸せで全身がじいんと痺れ、満たされていく。


 目の前には山神先輩の顔があった。

 愛してる。小さく動く唇の形が先輩の気持ちを伝えてくれる。


 そうだ。僕はこの人と。

 何度でも、何度でも。生まれ変わってまた、恋をする。




  放課後パーティー  〈完〉




 放課後×パーティーはこれで完結です。今まで読んでいただいた方々に心からの感謝をいたします。

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