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結婚式の余興

 それからは、目が回るほど忙しかった。

 部室の掃除に、同好会の解散パーティー。先輩たちの卒業式に卒業パーティー。そして都内のホテルでの結婚式と披露宴。なんだか毎日、パーティばかりしているみたいだった。


 異世界に行ったのは、こっちでの結婚式の翌日だった。


「あの、御子神さん。いや、魔王様。私なんかが王宮に入っていいんですか」

 レオナさんが遠慮がちに聞いてきた。

 でも、もう入ってるし。レオナさんの娘なんか、はしゃいで駆け回ってるし。

 レオナさんは、こっちの世界で僕たちの世話をしてくれる同好会の寮母さんみたいな人だ。ゴドルの村から魔法を使って一瞬で来たから、まだ戸惑っているみたいだ。


「御子神でいいですよ。魔王でいるのって、わりと疲れるんです」


「御子神のお兄ちゃん。あれ、食べてもいい」

 レオナさんの娘が、僕のブレザーの裾を引いた。可愛い。確かもう六才になったはずだ。


「いいけど。後でごちそうが出るから、お菓子は少しにしておいた方がいいよ」


「うん。わかった」

 頭が揺れるくらいに大きくうなずくと、跳ねるようにお菓子に向かう。すごく楽しそうだ。


 披露宴の控室には白い布のかかった大きなテーブルがあって、お菓子やジュース、お酒なんかが並んでいた。声をかければ、ピシッとした制服を着た王宮の使用人が給仕をしてくれる。

 もともとは王宮に無数にある来客用の個室のひとつだから、ベッドとかの家具とかはそのままだった。テーブルの上に、RPG 同好会様と書かれた大きな札が置いてある。


「もう、控えた方がよろしいのでは……」

 若い使用人が遠慮がちに注意しているのに気づいて、僕は慌ててテーブルに駆け寄った。新海先輩がまたモメてる。


 西洋人形みたいに小柄な先輩は、僕らの高校の制服を着ていた。赤いリボンがかわいい。

 新海先輩だけじゃなくて、僕も山神先輩も制服だった。色々と候補はあったんだけど、会長の希望でそうなった。


 今日は同好会の仲間として出席して欲しいんや。制服を着るのも最後やし。確かそんな風に言っていた。お色直しの後で、自分も着るつもりらしい。


「グラスが小さい。ジョッキで」

 新海先輩が割れそうな勢いでグラスを置いた。全然、相手の話を聞いていない。飲み出すと、この人はいつもそうだ。


「ですから、かなりお召し上がりになっているのではないかと。あまり酔わせないようにと、姫様からも申しつけられていますし……」


 姫様っていうのは、この王宮に住んでるセニア姫のことだろう。会長も前世はお姫様だったけど、間違ってもそんなムダなことは言わない。


 新海先輩は目がすわっていた。

「ボクは誰?」


「はっ、はい。わがルフロニア王家の友人であり、伝説の大魔王。ヒュミラ様にあらせられます」


 たまりかねて僕が割りこんだ。

「いいから飲ませてあげてください。結婚式が始まる前には、僕が魔法でちゃっちゃと酔いを消しておきます」


「は、はい。わかりました。魔王シェザート様」


「ややこしいから、御子神でいいですよ。今日は同好会の後輩として参加してるんですから。さあ、先輩の機嫌を損ねないうちにビールをお願いします。大魔王の怒りは恐ろしいですよ」


 使用人は真っ青になってビールを取りに行った。ワインとかなら目の前にあるのに。本当にワガママな人だ。


「後輩くん、よし」

 なんだか誉められたらしいけど。あんまり嬉しくない。


「御子神さん、少しだけいいですか」

 振り返ると、そこには金髪の美少女。ユメルがいた。青い目に不安そうな色が見える。


「なんだい」


「御子神さんって、鳥人の人たちとつながりがあるんですよね」

 鳥人は魔族の三大部族のひとつだった。ユメルは人間だけど、前世は魔族だった。


「まあね」


「また、あの人たちに会いに行ってもいいですか。その、何か思い出したような気がして」


「ああ、もちろん。そうだ。あの二人なら今日も来るはずだから、後で声をかけとくよ」


「でも、何て言ったらいいか。その、あの人たちは魔族の偉い人なんでしょう。私はただの村娘だし……」


「ブラントも、そんな風に思っていないよ。家族はどんなに変わっていてもわかるものさ」


 ユメルは決心したようにうなずくと、お願いしますと言った。鳥人の族長、ブラントはユメルが自分の妻だったことを覚えている。息子のブラスも何かを感じている。魔族は人間よりもずっと寿命が長い。同じ世界で出会うと、こういうややこしいことも起きる。


「御子神くん、少しだけ一緒に飲もうか」


 入れ替わりに声をかけてきたのは山神先輩だった。僕のためにスパークリングワインを取ってくれた。グラスに細かい泡が上っている。

 僕はまだ未成年だけど、異世界のこの王国では十五才からお酒が飲める。アルコールは魔法で消せるから、サークルのみんなはここにいる間だけお酒を飲んだ。もちろん適度にだけど。新海先輩だけは底なしだ。


「翔子の幸せに乾杯」


「先生が学校をクビにならないように」


 僕はグラスを合わせてから、グラスの半分くらいを一気に飲んだ。喉が渇いていたからすっと入ってくる感じだ。すごく美味しい。


「さっき、翔子を見に行ったのよ。向こうの世界で作った純白のウェディングドレス。こっちでも着てみせるんだって。みんなビックリするわよ。こっちだと、ウェディングドレスは赤って決まっているらしいから」


「へえ、そうなんですか」


 山神先輩は僕の耳もとに口を近づけた。

「それでね。さっき翔子に言われちゃった。自分は子どもを十人は産むつもりだから、私にも同じだけ作れって。異世界を知らない一般人と結婚させるのは面倒だから、お互いに許嫁いいなずけにしちゃおうって……」


「えっ、それって。つまり」


「御子神くん、頑張ってね」

 山神先輩はそっとささやいた。


 ちょっと待ってください。僕たちは、まだ結婚してません。プロポーズだってまだなんです。子どもが十人なんて。お願いです。順番を守ってください。

 僕が動揺して心臓をばくばくさせていると、急に入り口のドアのあたりが騒がしくなった。


「御子神くん、セニア姫とロシェさんよ。あいさつに来てくれたみたい」


 結婚式の日って、本当に慌ただしい。ただの招待客なのに。入れ替わり立ち替わり、一日中人に会っている感じだ。


 僕は王族への敬意を表すために、背筋をぴんと伸ばした。

 セニア姫はこの国の第三王女だけど。長女が亡くなり次女が他国に嫁いだせいで、王位継承順位としては第一位だ。つまりこの国の次の女王様ってことになる。

 ロシェさんはこの国最強の騎士で、この前セニア姫と結婚したばかりだ。結婚式にはもちろん僕たちも出席した。


 セニア姫は青いドレスを着ていた。この国には結婚式の参列者が黒を着る習慣はない。肩にまでかかった銀色の髪が窓から差し込む光を反射している。


「ええと、ごめんなさい。今日はどちらの名前で呼べばいいのかしら」

 困ったような顔をして、セニア姫が訊いた。僕や新海先輩は魔族の付き添いとして会議に出ることもあるから、公式の場では、呼び名を使い分けている。


「今日は同好会の後輩として来ましたから、御子神でいいです」


「ああよかった。魔王様って、何か言うだけで緊張するの。別に御子神さんが怖いわけじゃないんだけど、イメージかしら。今日はよろしくお願いします。会場とか食事のことで気になることがあったら何でも言ってくださいね」


 僕は新海先輩の方を見た。上機嫌でビールを飲んでいるから、とりあえず大丈夫だ。自分の顔よりも大きそうなジョッキの中身が、どんどん減っていく。


 セニア姫の後ろから、ロシェさんが遠慮がちに進み出た。

 あれっ、なんか太ったんじゃない。もっと引き締まった感じだったのに、なんだかふっくらしてる。


「実は、折り入ってご相談があるのです。もちろん自力で解決すべき問題なのですが、魔法を使えない私にはどうにもならなくて……。恥ずかしい話ですが、頼れる方は御子神さんしか思いつきませんでした」


「どうしたんです?」

 僕は心配になった。ロシェさんは真面目な人だ。思いつめた顔が痛々しい。


「戦士の踊りのことです」


「戦士の踊り?」


「ラフロイ様に頼まれたのです。結婚式の席で、二人のために踊って欲しいと。そのための衣装も用意していただきました。御子神さんの国の伝統芸能だそうです」


 何か嫌な予感がした。

 戦士の踊りなんて聞いたことがない。先生のことだ。また、面白がって適当なことを言ったのに決まっている。盆踊りとか阿波おどりとか……。まさか、ドジョウすくいだったらどうしよう。日本の恥だ。


「その衣装というのが、これです」


「げぼっ」

 咳と一緒に、思いきり唾を飛ばしてしまった。

 それは赤くて長い布だった。片方の端に紐がついている。

 ロシェさん、堂々と広げないでください。それ、男性下着です。越中ふんどしっていうんです。それも赤フンです。


「御子神さんの国では、太った戦士がこれをつけて神聖な決闘をするんでしょう。ラフロイ様に教えていただきました。スモウとかいう二千年も続いた伝統だとか」


「いや、ちょっと違うような……」

 ふんどしじゃなくて、マワシだし。そもそも紐ふんどしじゃ、上手くつかめないし。


 でもロシェさんは、僕のつぶやきなんか聞いちゃいなかった。

「結婚式の会場で、戦士の踊りを演じてほしい。ラフロイ様にそう言われて、私は有頂天でした。戦士として勇者様に認められた。そう思うと誇りで胸がはち切れそうでした。ただ、教えていただいた踊りを練習するうちに、私には致命的な欠点があることに気づいたのです」


「何です?」

 恐る恐る僕は聞いた。どうせ、ろくなことじゃない。


 ロシェさんは決意したように、いきなり自分のシャツをめくり上げた。


「これです」


「ぐばっ」

 僕はまた、思いっきり噴いた。ロシェさんの腹に唾がかかる。

 ごめんなさい。でも、無理です。裁判になってもきっと、みんなが同情してくれます。

 ロシェさんのむき出しの腹部には、大きな顔が書いてあった。赤い大きな唇にギョロリとした目。鼻は横に曲がっている。


「教えていただいた図案を、できるだけ正確に描いたつもりです。ラフロイ様から聞きました。これには倒した敵の霊魂と共に語るという意味があるそうですね。自分の腹に戦士の顔を描き、躍動させる。実に美しい伝統です。

 でも私の腹筋はこの通り、硬く引き締まっているために、絵に生き生きとした表情を与えることができません。ぽっちゃりと柔らかいお腹にしたい。そう思って朝から晩まで死ぬ気で食べ続けましたが、まだ足りません。そしてついに、当日になってしまいました」


「いや、なにも。別にそこまでしなくても……」

 どう説明しよう。腹踊りなんて、ただの宴会芸だって言っちゃおうか。でもそんなことしたら、ロシェさんは絶望して自殺しかねない。結婚式の日にハラキリなんて、シャレにもならない。それくらいは僕にもわかる。


「御子神さん。最強の魔王だったあなたには、わからないのです。才能のないものは努力をしなければいけない。しかし、それでもどうにもならないことがある。それがどんなに悔しいものか。

 私はこの使命を、命を捨ててでも果たしたい。だから魔法でぽっちゃりとしたお腹にしていただけないでしょうか。一生、そのままでも構いません。覚悟はできています」


「いいよ」

 横から新海先輩がひょっこりと顔を出して、ロシェさんの腹をさすった。

 呪文を唱えながら手を動かすと、少しずつその部分が大きくなってくる。みるみるうちに、ロシェさんのお腹が妊娠したみたいに大きくなっていく。


「おお……」

 感動して、ロシェさんが声を漏らした。そして腹に描かれた顔も躍動し、それに応える。


 うわっ。本当に生きているみたいだ。特に口の動きがすごくリアルだ。訓練されたロシェさんの動きに合わせて、表情が次々に変わる。


「ありがとうございます。大魔王ヒュミラ様」


「ビール、お代わり」


「はい、私がお持ちします。すみません。御子神さん、これをお願いします」

 ロシェさんは喜々として空のジョッキを受けとると、たぷんたぷんと腹を揺らしながらビールを取りに出ていった。


 その後で、そっとセニア姫が近づいてくる。

「夫はああ言いましたけど、必ず元に戻してくださいね。その、私は。いつものロシェが好きなので……」


「わかってます。後で酔いが醒めたら、新海先輩に言っておきます」


 ああ、変な汗が出てくる。

 僕は手近にあった布で首筋を拭いた。木綿の手拭いみたいな感じ。タオルじゃないみたいだけど、吸湿性は悪くない。


「御子神くん、それ……」


 山神先輩に指摘してもらってから、ようやく気づいた。赤くてやたらと長い布地。これは顔を拭くもんじゃない。


 僕はそのまま凍りついた。

 その布は、ジョッキの代わりにロシェさんが置いていった赤い越中ふんどしだった。


 

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