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酒井先輩の結婚

  ※  ※  ※


 言葉と一緒に、唾が飛んできた。

「御子神。酒井先輩が結婚するって本当なのか?」


「うん。まあ、そうだけど……」


「うん、まあ、そうだ? なんだそれ。知ってたならすぐに言えよ。友達だろう。それも相手はあの桝谷だっていうじゃないか。確かに顔だけはいいけど、あのポンコツ教師だぜ。なんで黙ってたんだ……っていうより、いつから知ってたんだ」


 斉藤が教室の机をドンと叩く。耳がジンジンするような大声だ。そういえば、こいつは酒井会長の大ファンだった。前に無理矢理、先輩宛のラブレターを届けさせられたこともあった。


「そうか。結構、バレバレだと思ってたんだけどな。お前も知らなかったんだ」


「バレバレ? 俺は二年生のファン代表だぜ。自慢じゃないが、酒井先輩のことならストーカーまがいの調査だってしてるんだ。その俺が知らなかったんだぜ」


 げっ。

 僕はいきなり引いた。

 ストーカーは自慢にならないと思うけど。というか、立派な犯罪だけど。


「ファンの間じゃあ、翔子先輩って名前を言えるのは幹部だけなんだ。ようやく二年でそこまで登りつめたんだ。俺の立場がわかるか」


 全然わかんない。


 そう答えようと思ったけど、さすがにまずいと僕も思い直した。斉藤は友達だ。先輩のファンとしてははマトモじゃないけど。結構、いいところもある。


「悪かったよ。別にもう、秘密じゃなくなったみたいだから、知ってることなら話すよ。何から聞きたいんだ」


 斉藤の声のトーンが少しだけ落ちた。

「そうだな。まず、いつから付き合っていたかだ。いいか、卒業と同時に結婚だぜ。在学中に教え子を口説いたなら立派な犯罪だ。そうだろう。御子神」


 ストーカーの君も犯罪者です。

 まあ、酒井会長が気づいていないはずないから。適当にあしらわれていたんだろうけど。そう思うと、ちょっとだけ気の毒な感じもする。


 だから僕は、できるだけ正直に答えた。

「そうだな。強いて言えばだけど。生まれる前からずっとなんじゃないかな」


「なんだそれ。運命の人ってか? どうせ桝谷先生が前世でも恋人でしたとか、ふざけたこと吹き込んだんだろう。翔子先輩のお姫様みたいに純真な心を利用したんだ。ファンとしては、絶対に許せないペテンだ」


「純真ねえ。まあ、確かにお姫様といえば、お姫様だけど……」


「でも、問題はどうやって付き合っていたのを隠していたかだ。ネット会員を合わせれば、酒井翔子ファンクラブの会員は千人もいるんだぜ。それを全部、騙したんだ。あり得るか? まるで、魔法でも使ったとしか思えないじゃないか」


「だから、魔法を使ったんだろうと思うよ」


「御子神! 真面目に聞いてるのか」

 斉藤が怒鳴った。


 いや、だから本当に魔法なんだってば。普通は無理だけど。先生なら、簡単なんだってば。


 困っている僕の所に救世主はやって来た。

 ガラリと教室の戸が開き、女子生徒が入ってくる。放課後、教室にまだ残っていた七、八人の生徒が一斉に息を呑む。


「御子神くん、いる」

 茶色っぽい髪に赤い縁の眼鏡。山神先輩だ。

 かわいい。いつもながら最高だ。毎日会ってるけど、いつも胸が高鳴る。先生と会長の関係と同じ。僕の永遠の恋人だ。


「ああ、ええと。斉藤くんだっけ。お友達の。御子神くんがお世話になってます」


「はい。こちらこそ、先輩」


「御子神くんのこと。私がいつも独占しちゃってるから、迷惑してるわよね。ごめんなさい」


「いえ、そんなことありません。どうぞどうぞ。勝手に使ってください。いや、でも。御子神のことがどうでもいいって意味じゃないですよ。御子神はいい奴です。最高の友人です。

 ええと、それで。実はお願いがあるんですけど。すみません。握手とか、いいですか」


「斉藤!」

 お前は酒井会長のファンなんだろう。ファンならファンらしく初心を貫け。


 小声で指摘したつもりだったけど、斉藤は聞いちゃいなかった。ガチガチになって、山神先輩から差し出された手を握っている。ほうわぁとか、変な息をしていた。ちょっとキモい。


「御子神くん、翔子も由美も部室で待ってるよ。同好会も今日が最後だからね。片付けとかあるから、一緒にお願い」


「はい」


 僕がPRG同好会に入ってから二年が経った。

 明日が先輩たちの卒業式。普通の学生の中には魔法が使える新人なんているはずないから、残ったのは僕一人だ。だから必然的に同好会は廃部になる。

 同好会がなくなるのはちょっと寂しいけど、僕らの活動拠点は向こうの世界にもある。だから先生や先輩、出会った仲間たちともずっと一緒だ。


「じゃあ、待ってるから」


 教室に残っているみんなにお辞儀をしてから、山神先輩は先に出て行った。

 斉藤だけじゃない。眺めていただけの女子までうっとりしてる。先輩のオーラは圧倒的だ。

 時間差があって、斉藤の僕に対する視線が急に冷たくなった。


「ふぅ、まったく。どうして御子神なんだ」

 斉藤が荒く息をついた。山神先輩がいた間は、ろくに呼吸をしていなかったらしい。


「誤解するなよ。おまえの見てくれが悪いってわけじゃないぜ。でも、普通じゃんか。俺とどこが違うんだ。あの超絶美女が、どうして御子神なんかに……」


「まあ普通、そう思うよな」

 僕はあれから、やっぱり前みたいに目立たなくなる魔法をかけた。シェザートの時は気にもしなかったけど、御子神健次は注目されるのが苦手だ。山神先輩は本当の僕を知っている。それだけでいい。


「でも、運命の人なんだ」


「抜かせ。ああもういい、もういい。さっさと部室にでもなんでも行って、イチャイチャしてろ」


「じゃあな。また明日」


「また明日……。いや、そうだ。頼む、ちょっとだけ待ってくれ。卒業式の次の日ってことは、結婚式は明後日なんだろう。もしかして、山神先輩なら翔子先輩の結婚式にも出るんじゃないか」


「ああ、もちろん。僕も両方出るよ」


 こっちの世界で結婚式をやった後は、向こうの世界の王宮で披露宴だ。その後で民衆向けのパレードもやることになっている。


「なんだ、御子神。それを先に言えよ。両方ってことは、ああ、つまり二次会のことだな。御子神、頼む。一生のお願いだ。翔子先輩のウェディングドレス姿の写真を撮って、メールで送ってくれないか。絶対にネットで拡散しない。俺だけの宝物にする。誓うよ。お礼はなんでもする」


「わかった。会長が許可してくれたら、よく撮れたのを送るよ」


「よおし、よぉおし」

 斉藤は勝手に雄叫びを上げた。


 ファンクラブのランク上げ、頑張れよ。密かに応援しながら、僕は立ち去った。先輩たちが部室で待っている。



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