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放課後×パーティー ~ サークル活動から始める異世界生活 ~  作者: 油布 浩明
第16話 最強の魔王
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ルージュの伝言

「御子神くん、こっちに来るんや。真凛まりんがおらへん……」

 僕は会長が言い終わるより前に立ち上がっていた。


『こんな顔じゃ嫌だから。顔を洗わせて。少しだけ。お願い』

 そう言い残してユニットバスに駆け込んだまま、山神先輩は出てこなかった。

 自分の迂闊さを呪う。先輩の顔は涙でぐしゃぐしゃだった。動揺しているのは、みんなわかっていた。誰よりも僕が。断られても、無理にでも側についているべきだった。


 慌てたせいで、浴衣の裾がほつれて足をとられそうになった。


 もどかしい。先生みたいに魔法が使えれば一瞬で行けるのに。でも僕はその修行をしてこなかった。もっと強ければ、さっきまでいた敵の城で先輩の盾になれたのに。でも僕は、何度も訓練の機会から逃げてきた。


 僕の足がようやく動いてくれた時には、一緒に部屋にいたはずの桝谷先生が消えていた。

 温泉旅館の座卓に、ビールの入ったコップだけが残っている。中身は大きく揺れている。でも、泡はまだ消えていない。


 魔法で先回りしたんだ。先生なら簡単だろう。

 ほんの何秒かの違いだ。わかっている。どうせ間に合わないのもわかっている。でも、山神先輩からはそれだけ遠くなってしまった。冷静に考えれば同じことでも。ここで数秒出遅れたことが、僕には自分の心臓をつかんで投げ捨てたいくらいに悔しかった。


「御子神さん、これ」

 ドアの前にいた金髪の美少女、ユメルが僕のために道を空けてくれた。この旅館の洗面台は、トイレと浴槽が合わさったユニットバスになっている。


 かなり大きめとはいえ、ユニットバスは人が集まるようにはできていなかった。

 場所がないから、みんな身を寄せ合うようにしている。中でも先生は、洋式トイレの便器にどっかりと座って腕を組んでいた。まあ、なんというか。先生らしい。


「見てみい。真凛の伝言や」


 酒井会長は、僕のために体を横にひねってくれた。洗面台の鏡を見えるようにしたつもりだったんだろうけど、大きな胸が邪魔であまり変わらない。

 普段だったら突っこむところだけど、今の僕にはそんな余裕がなかった。便座にいる先生にぶつかりそうになりながら、黙って移動する。


 伝言は鏡に直接、何か赤いクレヨンみたいな感じの物で書いてあった。乱れていたけど、間違いなく山神先輩の字だ。


『さようなら。翔子、由美。今までありがとう。御子神くん、愛してる。もし私のこと……』


 そこで終わりだった。『と』の部分で大きく文字が流れて止まっている。


「御子神くんは、これを書いたもんに心当たりはないんか」


「書いた物って、ペンじゃないし。これってクレヨンとかですか?」


「アホかいな。そんなもん、わざわざ旅行に持ってくるわけないやろ。うちらのサークルは絵画クラブやないんやで。だから男の子はあかんのや。

 鏡に書く伝言ちゅうたら、ルージュに決まっとるやろ。でも、よう見てみい。これはいつも真凛がつけとるものと違う。ちょっと派手目な色やさかいな。普段は使わんのに大切に持っとったとしたら、たぶん誰かのプレゼントや。どうや。ここまで言えばわかるやろう」


「あっ、僕です。確かに買いました。山神先輩へのプレゼントです。デパートの売り場で迷ってたら、女性の店員さんにいろいろ言われて。何か知らないうちに買わされちゃって……」

 僕はようやく思い当たった。

 ちょっと派手かな。でも嬉しい。ありがとうって先輩は言ってくれたんだ。


「ちょろい男やな。でも、店員ちゅうのはそういうもんやからな。まあ、それはともかく。わざわざ御子神くんがくれたプレゼントを使ったっちゅうことは、真凛は御子神くんとも二度と会わんつもりだったんやと思う。でも、書いてる途中で気が変わった。

 私のこと、の後は。許してくれるなら、やったと思う。でも真凛は続きを書けずに立ち去ることを選んだ。見たところ、書いたルージュは残っておらんようや。捨てずに持って行ったっていうことは、まだ、御子神くんへの未練が残っとるからに違いない。まだ望みはある」


 会長が冷静に分析した。

 そうかもしれない。いや、聞けば聞くほどそう思えてくる。


「でも、それなら山神先輩はどこへ」


「想い石を持っていてくれれば、どこにいてもわかるんやけど、流石にそれは持って行かんかったようや。とりあえずは由美待ちやけど……」


「確認してきたよ」

 突然、後ろから新海先輩の声がした。


 小柄な西洋人形のような美貌が、強烈な魔力で輝くようだ。大魔王だった時の記憶を完全に取り戻した新海先輩は、今までRPG 同好会で最強だと思っていた会長を霞ませるほどの迫力がある。


「おおきに。どうやった」


「さっきの場所に送ったって。でももう、近くにはいない」


「どういうことです」


 新海先輩は余計な言葉は使わない人だから、会長が代わって説明してくれた。

「真凛がいなくなったのに気づいてすぐに、由美が追跡してたんよ。向こうの世界に行くのは魔法やない。門番のアブーの能力やから、例の脅し文句で呼び出せば一人でも行ける。

 いつもは由美が座標を指示しとるんやけど、前に行ったことのある場所ならアブーはちゃんと送ってくれる。真凛はゴドロムの城の近くに行った。でももう、いないらしい。つまり自力でもう一度、移動したっちゅうことや」


「自力で?」

 僕は思わず聞き返した。山神先輩は転送魔法は使えないはずだ。


「真凛には無理やけど、裏切りの魔女は魔法のエキスパートやからな。先生や魔王みたいなムチャクチャはでけんけど、転送魔法くらいは使えるはずや。その証拠に、洗ってそこに干しとった魔方陣がのうなっとる」


 そう言えばさっきまで、バスタブの上に洗濯紐をかけた魔方陣が吊ってあったのを思い出した。

 僕たちは高校生だから、当然、旅館の部屋割りは男女で別々だった。ここは先生と僕の部屋だ。同好会のメンバーに男性は二人しかいないから、共通の持ち物はこっちの部屋に置くと決めていた。


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