突然のスカウト
僕の新しい人生が、いま。幕を開ける。
「ようやく見つけた。君が御子神謙次くん、だよね」
まだ隠れてもいないのに、いきなり僕は見つかってしまった。それもすごい美少女に。彼女は一瞬、微笑んだような気がした。それだけで僕は動けなくなった。
その人の美貌は日本人離れしていて、まるでどこかの留学生みたいだった。
赤いフチのおしゃれなメガネ。瞳は、ちょっと青みがかっている。肌はまるで陶磁器のようにすべすべで、髪は少し茶色っぽい。上履きのラインの赤色は、二年生の学年色だった。つまり、この学校の先輩ということになる。
でも、先輩から声をかけられている生徒は僕だけじゃなかった。
今日は特別な日だ。高校生活の二日目。新入生はさっき、この学校での初めての授業を終えたばかりだった。
教室の外に一歩出ると、そこには校舎の廊下には部活動やサークル活動を宣伝するポスターが、ところ構わずベタベタとはられていた。みんな生徒会のスタンプが押してある。この学校には野球やサッカーなんかの連盟に属する部活動の他に、三十以上のサークルがあるらしい。
「演劇に興味はないかい」
「アニメーションは好き? 去年の文化祭で発表したやつを上映してるよ。見るだけでもいいから、来てみない」
「将棋同好会は君を待ってる。どうだい。初心者でも丁寧に指導するよ」
新入生の教室の前には、何人もの上級生がうろうろしていた。駅のまわりにいる客引きみたいに、説明会のチラシを無理やり渡そうとする人もいる。相手は一応先輩だから、断るだけでもひと苦労だ。
この時期なら、知らない先輩から声をかけられること自体は不思議じゃなかった。でも、どうして僕の名前を知っていたんだろう。それも、こんなに綺麗な人に……。
「ええと、すみません。どこかでお会いしましたか?」
「ううん、私も会ったのは初めてよ。名前は先生から聞いたの。すごい新人がいるから、誘ってみたらって。この時期だから、もう想像はついていると思うけど。もちろんサークルの勧誘よ。というか、スカウトかな。御子神くん。私はあなたを探してたの」
「でも、悪いですけど。剣道部の人じゃないですよね」
心当たりがあるとしたら、それしかなかった。僕は中学の県大会で三位になったことがあるし、兄貴は去年までこの高校の剣道部の部長だった。一年生からレギュラーとして期待している。顧問の先生からもそう言われているらしい。
でも、それならわざわざ勧誘には来ない。今だって、剣道部の見学に行く途中だった。
「残念ながら、ハズレよ。私たちのは、部活動じゃなくて同好会。私は山神真凛、二年生。初めまして。よろしく。
あなたも気になっているみたいだし。初対面の人はすぐに髪とか目のことを聞くから、最初に言っておくわ。私は日本国籍よ。でも、おばあちゃんはアイルランド人だから、一応はクォーターってことになるかな。目の色も髪の色も本物。自分では気に入っているんだけど、あなたは変だと思う?」
「いえ、綺麗だと思います」
バカみたいな答えだと自分でもあきれた。もっと気のきいた答えができたらと思う。それでも、山神先輩はにっこりと笑ってくれた。
「そういってもらうと、うれしいわ。さてと。前置きはもういいよね。これからすぐにサークルの見学に来てちょうだい。歓迎するわ。正式に入会するのは見学の後でいいから。まあ、どうせ入会するに決まっているけど……」
「ちょっと待ってください」
「なに?」
「入る部活はもう、決めているんです。運動部ですから、かけもちする余裕なんかないし。お断りします。ごめんなさい」
先輩の誘いは魅力的だったけど、入る気もないサークルに顔を出して、後で気まずい思いをするのは嫌だった。最初は見学だけでいいなんて言っていても、断るときには絶対に嫌な顔をするに決まっている。
「そんなに結論を急がなくてもいいでしょ。とりあえずは見学するだけでいいのよ。まずは見るだけ。断るのも自由。悪い話じゃないと思うけどな」
「本当に、見るだけなんですか……」
あれっ、なに言ってるんだ。勝手に口がしゃべってる。
どうせ僕は剣道部に入るんだ。断って、嫌な思いはしたくない。そう決めたばかりじゃないか。
「じゃあ決まりね。部室まで案内するわ」
「ええと。ちょっと待ってください。やっぱりお断りします。これから剣道部の見学なんです」
「どうして、そうやって女の子に恥をかかそうとするかな」
振りきって歩こうとした僕の手を、山神先輩がいきなりつかんだ。柔らかい感触にどきりとする。
「えっ……」
「先輩を困らせた罰よ。嫌なら逃げてみて」
僕が固まっているのをいいことに。先輩はそのまま引っ張るようにして、勝手に歩き出した。ええい、仕方なくだ。自分にそう言い訳して、僕はついていく。
まあ、いいや。少しだけのぞいてみよう。断る時のことを考えると気が重いけれど。それは僕の責任じゃない。
「いったい、何のサークルなんですか」
「まだ、言ってなかったかしら。みんなはRPG同好会って呼んでるわ。ロールプレイングゲームはやったことあるでしょう。あんな感じだと思えばいいわ。異世界で冒険を楽しむサークルよ」
「RPG同好会……」
そう言えば、入れ替わりで高校を卒業した兄貴に聞いたことがあった。
この学校には謎のサークルがある。
たった三人だけの何の実績もない同好会なのに、なぜか専用の部室がある。学校でも指折りの美少女ばかりが所属しているのに、活動を実際に見たものはいない。入会しようとしても断られる。そんなデタラメなサークルなのに、学校は黙って存在を認めている。
まるで都市伝説じゃないか。そんなの常識的にありえない。
「知っているみたいね。なら、話は早いわ。うちの同好会は滅多に見学できないのよ。それだけでもすごいと思わない」
「わかりました。とにかく見学だけはします。でも、期待はしないでくださいよ」
「なら、手をはなすわ。逃げないでね」
山神先輩は唐突に手をはなした。
僕の手から先輩の感触が消えた。
ああ、しまった。僕は激しく後悔した。こんな機会なんて滅多にないのに。余計なことなんかいわないで、黙ってついていけばよかった。
「今、ちょっと残念だって思ったでしょう」
「そんなことありません」
僕は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
ヤバい、見透かされてる。絶対に見透かされている。