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作者: 鮭丸

 雨が降っていた。いつもの路地もしとしと濡れて、湿った土のにおいが鼻をかすめる。よどんだネズミ色の空の向こうに、変わらず夕陽はあるのだろうか。半径五十センチの小さな世界の中で、そんなことを考えていた。

「雨は嫌い」

「だって片手が不自由になるもの」

 君は雨傘をくるくる回す。撥ねた水滴は緩やかな曲線に変わった。ぴしゃん、と鳴った足元に、鏡映しの世界が覗く。

「君は自由が大好きだねぇ」

 ふと、甘い香りが通り過ぎた。胸が焼けるようで、それでいて清々しいような、独特の香り。前方の道の傍らに、黄金色の花を湛えた緑が見える。もう、こんな時期になっていたとは。

「金木犀も好きよ。甘いモノは大体好き」

 上機嫌で、やっぱり傘をくるくる回す。花に近づけた横顔は、雨の中でもよく澄んで見えた。

 いつまでもそこに居座ろうとする君を、少し小突いて帰路を急かす。不満そうに膨らます頬も、見て見ぬふりでやり過ごす。二つの傘がゆらゆらと、雨音の下をくぐって滑る。そうして今日も、平凡で特別な日が終わる。



 雨が止んでいた。雲はわずかに切れ、隙間から赤い陽が漏れる。見えなくても、変わらず夕陽はそこにある。なんだか妙に安心した。

 傘をたたんで歩いていたら、君が手を握ってきた。その手は少し冷えていたけど、確かにそこにはぬくもりがある。

「いいの? 片手が不自由になるけど」

「これは不自由じゃないわ。私の自由。それに、言ったでしょ」

「甘いモノは大体好き」

 その瞳の奥に爛々と、赤い陽が映り込んでいた。


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