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お楽しみ会

「来週の月曜日に行うお楽しみ会は、みんなの特技を披露してもらいます。土日の間、ゆっくり考えてきてくださいね」


 女教師の告知によって和気藹々とした雰囲気が一転、五年三組の教室は氷点下になったかのように凍り付いてしまう。

 おれ――力丸真司(りきまるしんじ)もその一人。

 あまりの衝撃的事実に、ありったけの朝飯をぶちまける寸前でどうにか押し戻す。

 ああ、また断頭台に立たねばならないのか。


「マジかー特技とかないってー」

「俺も俺もー、ホントどうすっかな~」


 張り詰めた空気の中、廊下側前列より間の抜けた会話が聞こえてくる。

 さぞかしお前らはいいだろうな岩田と大谷。なんといっても出席番号の二番と三番の二人なんだから。最初のプレッシャーはおろかネタが被る心配もない。実に憎々しい限りだ。

 その点おれの出席番号はケツから二番目。おおとりではないにしろ、メジャーなネタはほぼ封印しなくてはならない。


「はあ~」


 絶望感を溜息に乗せて吐き出す。

 不意に、竦んだ肩を叩く感触に気付いて、後ろを振り向く。


「大変だろうけど、お互い頑張ろうね!」


 おれに対して勇気づけるように声をかけたのは渡辺さん。彼女の優しい気遣いが身に染みる。おおとりである彼女の方がよっぽど辛いはずなのに。

 学級委員長でしっかりものの彼女にはこれまで何度救われたことか。


「うん、そうだね」


 励ましの言葉のおかげで、気持ちが少しだけ楽になった。




 お楽しみ会――それは年に不定期開催されるミニ行事である。

 基本的にやる内容の主導権は生徒に委ねられる。

 そのため、主にサッカーやドッジボールなどのスポーツ系、ケイドロやフルーツバスケットなどの遊び系などが主な種目。

 しかし、時折担任が有無を言わさず決定することがある――だとしても生徒に配慮して、地味だが苦痛にはならないゲームを提案することがほとんどなのだが。

 不幸なことに今回は強制的に特技披露になったわけだが、実のところおれは経験者であったりする。それもつい去年の話だ。

 というのも、二年連続で同じ担任なのである。

 嫌な予感はしていたよ。でもまさか……まさか今年もやるなんて思わないじゃん。こんなトラウマを植え付けるだけの愚行を繰り返すだなんて。

 せっかくの休日が台無しだよ。

 

 とにかく、去年の二の舞だけは避けるようにしなければ。もうパントマイムなんて馬鹿な真似はやめよう。

 ほとんど無計画で挑んだ去年。今年はしっかり事前準備をして万全の状態を仕上げなければ。



 

 といったものの、何をすればいいのか皆目見当つかない。

 そもそもおれが披露できる特技などないわけで、趣味といえば読書、せいぜいゲームといったところ。体操に自信があったり、ダンスができたりなんて者は日々の経験が活きているわけであって、二日程度練習したところで実現不可。

 ならマジックはどうか? 初心者にも比較的優しく、習得までの時間もそこまで要しない。ネットが普及している現代なら――無料動画閲覧サイトで玄人の技を参考にできる——習得も難しくなさそう。

 これはなかなかいい線いってそうだな。さっそく貯金ブタ箱を解禁し、マジックセット一式を買いに……いや待て冷静になれおれ。

 マジックは失敗のリスクが付き物だ。素人が真似しても火傷するだけ。なにより、隠れマジック好きが一人はいるんだよな。しれっとやってみせるのさ、凄技を。あいつの後にやってみろよ。乾いた拍手と憐憫の眼差しをくらうこと請け合いだぜ。

 やはりベタにモノマネしかないか。それも誰も手を出さずかつ認知度の高いもの……ってそれ矛盾してないか? 

 くそー、困ったなー。この調子で本番までに間に合うのか?



 

 そして当日の月曜日。お楽しみ会は三時間目、四時間目を使ってやるらしい。

 ふう、何とか間に合わせることができた。

 結局モノマネをやることにした。保険としてもう一つネタのストックもあるし、やれることはやったつもり。

 

 休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。

 担任の指示のもと、机を黒板側に寄せてスペースを作り、仮設舞台の完成。

 ついに始まるのか、公開処刑ショーが。


「みんなにこの間告知した特技披露をこれからやってもらいます。と、その前に順番を決めなきゃですね。出席番号順でもいいけど――」

 

 担任の説明に、周囲がざわめき始める。

 ――おや? もしや好転の気配か? どう転がってもメリットしかないぞ。


「今日は後ろからにしようと思います」


 革命キターーーーーー!

 やった、やった、幸運が舞い降りてきた。

 これでネタが被る可能性はついえたとみていいだろう。

 先生が女神にみえてくるよ。ありがとう先生! そしてごめんなさい、三十路独身女と陰口を叩いて。


 ふひひ、みんなの落胆顔が不憫やの~。

 まあこれも日々の善行による賜物ていうか、やっぱ神様はみてるわけよ、このおれをさ。


「では渡辺さんからですね。最初だから緊張すると思うけど、力まず頑張ってください」

「はい」


 返事をした渡辺さんは、体育座りしているみんなの前に立った。

 

「わたしの特技はものまねです。ものまねをするのはみんなが知ってる――」


 ――おっと、ものまねできたか。大丈夫大丈夫、まだ慌てるときじゃない。


「ビートた〇しです」


 え? え? 嘘……被っただって!?

 そんな馬鹿な! 

 一発屋や流行りの芸人をあえてスルーして大御所を攻めたのに、なぜだ!?

 去年の傾向を分析した結果、意外に盲点であると予想立てた大御所。

 それを女子である渡辺さんが披露するのか!?

 

「冗談じゃねぇよばかやろう! ダンカンこのやろう! コマネチ!」


 渡辺さんはおじさんのような低い声で演じた。それを受けて教室内は笑いに包まれる。

 なんだこのクオリティの高さ……表情といい仕草といい、様になってる。

 そして普段委員長キャラの渡辺さんが演じることによるギャップが見事功を奏している。

 これは次の番であるおれにくる余波は計り知れない。

 で、でもおれには保険があるじゃないか。結構自信だってある。

 ビッグスリーはもう二人いるんだよ。練習したエセ関西弁みせたるでー。


「続きまして、旬の芸人であるブルゾン〇えみやります」


 なんでやねん! 二回やる必要性がどこにあるねん! いやほんまに。


「地球上に男は何人いると思ってるの? 三十五億。続きまして――」


 渡辺さん……? 一体どうしちゃったのさ。確かに一人一回っていう決まりはないけど、いくら何でも個人で尺取り過ぎじゃないかな。生徒には受けてるけど、担任が止めに入っていいか困り果てているから、そろそろ空気読んで!

 そんなおれや担任の願いは叶わず、ノンストップでものまねが進行していき、完全なる渡辺劇場と化す。

 計二十余りのネタの内には当然おれの保険も含まれていた。

 渡辺さんはお笑い芸人にでもなればいいんじゃないかな、うん。


 ようやく全てのネタをやり終えたようで、仮設舞台からもといた場所に戻ろうと、生徒の隙間を悠々と歩く。生徒に溶け込むように、おれの後方辺りに彼女は腰を下ろしたようだ。

 大層やり切った顔をしてるに違いない。おれはそう思い、彼女のいる方へ振り返った。

 なっ、なんだ、あの愉悦した表情は!? 敵を罠に嵌めたときするような冷笑。普段の渡辺さんからは想像できない。

 なぜあんな黒い微笑をするんだろうか。メジャーなものまねを連発してやった理由に何か関係が……?

 はっ! まさか! みんながやりそうなメジャーなネタを素人の域を超えた彼女がやることで、以降出番が回ってくる生徒を委縮させる狙いか?

 でも、もともと彼女は最後尾の予定だったはず。それが魂胆だとすると辻褄が合わない。

 いや、待てよ。学級委員長である渡辺さんだからこそできることがあるじゃないか。担任からの信頼の厚い彼女なら、順番をリバースさせるように仕向けるのも造作もないことだ。

 くそ! 嵌められた! 優等生の仮面に隠れた素顔はとんだサディスト――嗜虐的な行為を生きがいとする悪女だったのか!


「えっと、次の番は力丸真司くんね」


 うわっ、やば……。渡辺さんのことを考えてる合間に番が回ってきちゃったよ~。てかマジでやりたくねー。

 予め考えてきたネタは二つとも潰されて封じられてしまった。

 うう、どうすればいいんだ。

 なるべくゆっくり移動して時間を稼ぎ、その間に思いつかなければ。

 何か、何か手立てはないか。既出ではなく、誰にでも通じるネタ。この際受けなくてもいい。冷めた目でみられなければ。

 あ……そういえば去年の冬に父さんが忘年会でやるために、散々芸の練習に付き合わされたっけ。あれならできそうだぞ。よしやってやる!

 仮設舞台にたどり着いたおれは、生徒の視線が一点に集まる中、口を開いた。


「僕の特技はものまねです。ものまねをするのはジョ〇マンです。ナナナナ~ナナナナ~ナナナナ軟骨~。いきなり出てきてごめんまことにすいまメ~ン」


 父さんも盛大にコケたという話をやり切った直後に思い出したわ。

 白ける聴衆が乾いた拍手を送る空気の中を、燃え尽きた屍の如くフェードアウトした。

 床に体育座りをし、ふと渡辺さんのことが気になってそちらに振り向く。

 するとちょうど目が合う。そして不憫がるような目つきでこちらを見つめてきた。

 なんで同情するような反応するんだ? てっきり無様なおれを嘲るかと思ったが。

 そのとき、何かをおれに伝えようと、口パクでジェスチャーし始める。

 『ど・ん・ま・い』――そう伝え終えると、とどめを刺すかのように最大の侮辱を込めた笑顔で見下したのであった。

 もう、お楽しみ会なんてうんざりだ。

 



 

 

 

 

 


 

 

 







 


 


 



 


 




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