第七章 〜天気輪の丘〜
涼しげに響き合う虫達の声が、遠くに聞こえていた。
澄み渡った空気が心地よく体の中に浸透し、蓄積された心と体の疲労を癒してくれる。
夜の芝生の上を、文字通り二人三脚で歩く真二と璃子――
初めはぎこちなかった二人の歩調も次第に呼吸が合うようになり、歩くこと自体に、さほどの緊張と労力を要さなくなっていた。
璃子は幾度となく三崎の足を気遣うが、感覚が麻痺しているお陰か、それ程の痛みは感じなかった。
三崎は何度目かの『大丈夫』の笑顔を璃子に返すと、ふと、思い出したように夜空を見上げた。
――凄い……
三崎は驚きに大きく息を飲む。
夜空は天球儀でさえも嫉妬を覚えるほどの、満天の星で埋め尽くされていた。
ジョバンニが見上げた天の川、勇者ペルセウスによって退治された古代ギリシアの海獣ティアマト――
百五十億光年のスクリーンに広がる星達は、再び夜空に目を向けた、かつての少年に優しく瞬くと、その心を虜にした。
どこまでも懐かしく、淡い星達の光に、三崎は知らずのうちに笑みを零していた。
「珍しい?」
三崎と同じ夜空を見上げながら、少女が問いかける。
「こんなふうに星の重たさを感じたのは、久し振りだから……」
「東京じゃこれだけの星、見えないもんね」
「見ようともしていなかった……」
三崎は小さく首を振ると、さも悔しそうに続けた。
「星はどこにも行っていない。ずっとそこにあったんだ。俺自身が忘れずにいれば、ちゃんと心に描くことだってできたんだ。いつだって……」
「それって、星の世界のこと?」
「ああ……」
少年のように瞳を輝かせると、力強くうなずいてみせる。
「でも、もう大丈夫。今はちゃんと見えてるし、これから先だってきっと……」
最後まで言うことができなかった。
不意に躓いてバランスを大きく崩すと、璃子を巻き添えにしたまま派手に転んでしまったのだ。
運命を共有した哀れな相方の、小さな悲鳴が耳元で聞こえた。
地面に頬をつけたまま、彼女の無事を確認すると、哲学者のように悟りを開いた口調で弁明した。
「でも、ちゃんと現実に目を向けていないと石にも躓くし、時には転ぶ」
「だからって、実践しなくてもいいでしょ!」
「夢だけでは無く、現実を教えるのも大人の仕事だから」
「もう……あなたが転んだらあたしも付き合うことになるんだからね、それを忘れないで!」
少女が呆れたように抗議する。
「悪かった。以後、気をつけます」
「世話が焼けるんだから、本当に……」
母親が子供を叱るようにそう言うと、璃子は三崎の体を起こしにかかる。
三崎は本当に自分が手のかかる大きな子供になってしまったような気がした。
――これじゃ、どっち大人なのかわからない……
そんなことを真剣に考えていた矢先、三崎の体を起こそうとしていた璃子が、小さく驚きの声を上げた。
「どうした……?」
けげんに見上げる三崎に答えること無く、少女は動きを止めたまま、前方に視線を釘づけにさせていた。
それに釣られるように前方に目を向けた三崎も、同じように息を飲み動きを止めた。
二人は無言のまま互いの顔を見合わせると、確かめるようにうなずき合った。
言葉に出さなくてもわかっていた。それが自分達の終着駅なのだと……




