84話 帰還 その道中 2
「言わなきゃいけない事って‥‥‥ あの事? 良いの? ミカド」
池のほとりで座るセシルが心配そうな声を出す。俺が言わんとした事をセシルは察したみたいだ。だから俺は安心させる様に、セシルに微笑みかける。
「あぁ、良いんだ。何よりも、俺が3人に聞いて欲しいんだ。だから大丈夫」
「えっと、言わなきゃならない事‥‥‥ですか?」
「なんだよ改まって」
ドラルとレーヴェの髪が木漏れ日に照らされて、キラキラと光る。
2人の視線と声色からは、少し困った様な‥‥‥ 不安そうな印象を受けた。
「 ‥‥‥ 」
一方のマリアは何も言わず静かに俺の言葉を待っている。余り感情が表に出ないマリアだから何を考えているのか分からないが、マリアもドラル達同様心の中では少し不安に思っている筈だ。
「今から俺が話す事は滅茶苦茶で突拍子も無い事だけど本当の事なんだ。
今までは信じて貰えないと思って言えなかったんだけど‥‥‥ ドラルとレーヴェ、マリアなら信じてくれると思ったから少し俺の話を聞いて欲しい。
それと、セシルにもまだ言っていなかった事が有るんだ。だからこれはセシルにも聞いて欲しい」
「重大な事なんですね、わかりました」
「ん‥‥‥ わかった」
「よく分らねぇけど、わかったよ」
「そうなの?わかったよ。 ゆっくりで良いから教えてくれる?」
「あぁ‥‥‥ ありがとう 」
マリア達の事は勿論信じている。
マリア達ならここで俺が突拍子も無い事を言っても変に茶化したりせず、最後まで俺の話を聞いてくれる筈だ。
俺は心の底で微かに感じる不安感を消す為に深呼吸し、改めてセシル達4人の方を向いた。
「3人には今まで黙っていたけど‥‥‥ 俺はこの世界の人間じゃ無い。俺は此処とは別の世界から、訳あってこの世界に来た人間なんだ。
何でこの世界に来たのかは色々理由が有って‥‥‥ とにかく、信じられないかも知れないけど、これは本当の事なんだ」
「えっ‥‥‥ 」
「‥‥‥」
「は? どう言う事だ?」
俺はマリア達3人に、この世界とは別の世界から来た事を正直に話した。
3人は案の定、鳩に豆鉄砲食らった様なポカーンとした顔をしている。以前俺が別の世界から来た事をセシルに伝えた時もこんな顔をしてたな‥‥‥ 当然か。
「これはセシルにも話してなかったし、話せば長くなるんだが‥‥‥ 俺はエルフや獣人、龍人が全く居ない、人間や他の動物しか居ない世界から此処に来た。
そんな俺の家には古くから伝わった神器って言う‥‥‥ 簡単に言うなら神様の力が宿った鏡が有って、俺はそれを壊しちまったんだ」
「そ、そうなの? でも、それが何でこの世界に来る理由に?」
「セシルが疑問に思うのも当然だ。俺がこの世界に来た理由‥‥‥ それは俺が壊しちまった神器ってのは、俺が居た世界とその神器に宿る神様の通り道になっていたみたいなんだ。
俺はその通り道を壊しちまったから、元居た世界に帰れなくなったんだよ。そこで元居た世界に帰れなくなった俺に、神器に宿ってる神様がこう言ったんだ。
『俺を元居た世界に帰れる様に、自分は今から通り道を治す為の力を蓄える。
その間お前は別の世界に転移して、自分が力を蓄えるまて生き伸びろ』ってな」
「「「「 ‥‥‥ 」」」」
此処の世界に来た経緯を、俺は早口で一気に説明する。
俺が別の世界から来た事をセシルは知っているが、まだセシルにはこの世界に来た詳しい経緯は説明していなかったから、この説明を聞いたセシルもマリア達同様に目を見開きつつも、黙って俺の話を聞いてくれていた。
「簡単に纏めると、自分のしでかしたドジで元居た世界に帰れなくなった俺は、慈悲深い神様の力を借りてこの世界に来たって訳だ」
「やっと素直に告白したの〜帝よ」
改めて俺がこの世界に来た経緯を説明すると、自分のマヌケさに笑えてくる。
そんな事を頭の片隅で考えていると、いきなり胸ポケットに入れたお守りが輝き始め、件の神様の声が聞こえた。
「咲耶姫!?」
「え!? だ、誰!?」
「姿が見えないのに声が!?」
「な、なんだ!?」
「何これ‥‥‥ 頭に直接語りかけてきてるような‥‥‥」
「セシル達も聞こえるのか!?」
だが普段と違うのは、セシル達にもこの神様の声が聞こえていた事だ。 この声は、俺が貰ったお守り‥‥‥ 馗護袋に触れていないと聞こえない筈なのだが。
「久しいな帝よ。丁度面白そうな話をしていたのが見えたのでな〜
特別に、少々馗護袋の力を強めて、そこに居る娘らに妾の声が聞こえる様にしておるのじゃ」
「は ?」
何を言ってるんだこのロリババアは‥‥‥
この馗護袋には咲耶姫の霊力が宿っているらしいから、咲耶姫と似た波長の霊力を持っている俺には咲耶姫の声が聞こえる。 と言うのは理屈としてはまだ分かるんだけど、此奴がその気になればこんな事も出来るのか?
「おい、次そのロリ何とかと考えでもしてみろ? お主を消し炭にしてやるからの?」
「さて、なんの事やら‥‥‥ 」
「お主、前にも増して太々しくなっておるな」
「はっ。お前にだけは言われたくねぇ言葉だな」
「え、えっと‥‥‥ あ、貴女は誰なんですか?」
おっといかんいかん。
久しぶりの咲耶姫の軽口に懐かしさを感じつつ言葉の応酬をしていると、セシルがキョロキョロと、この場には居ない咲耶姫の姿を探しながら声を漏らした。
「ん? わらわか? わらわが先程、帝が話した神様じゃよ。セシル・イェーガー」
「わ、私の名前を!?」
「あぁ、大分前からお主の事は知っておる。 それとマリア・グリュックにレーヴェ・グリュックそしてドラル・グリュックじゃったな?
自己紹介させて貰うと、わらわは七豫咫鏡と言う神器に宿る神、卯華乃咲耶姫じゃ」
「私達の名前‥‥‥ 」
「私達の事も知っているのですか‥‥‥ 」
「な、なぁミカド! 誰なんだよコイツ!」
妖艶な話し方をする咲耶姫がマリア達の名前を順番に呼んでいく。得体の知れない声にいきなり名前を呼ばれたマリア達は目を見開き、目に分かる程困惑していた。
「此奴が俺をこの世界に連れて来た神様だ」
「さっきからそう言っておるじゃろうに‥‥‥ ちなみにお主等よ。帝の申しておる事に嘘偽りは無いぞ?
帝が先程申した様に、妾が帝をこの世界に連れて来たのじゃからな」
「貴女がミカドを‥‥‥」
「左様。神器を壊し、元居た世界に帰れなくなりメソメソ泣いていた帝を、慈悲深い妾が助けてやったと言う訳じゃ」
「おいコラ。嘘を教えてるんじゃねぇ」
「あ、あの少し良いですか?」
「なんじゃ? 龍人の子よ」
「何故ミカドさんを助けるのにミカドさんがこの世界に来る必要があったんですか?
ミカドさんを元居た世界に帰す為に、貴女は力を蓄えると言っていたと聞きましたけど‥‥‥ 」
「ふむ‥‥‥ 簡単に言うなら、ある時わらわの居る神聖な空間に異物たる帝が無断で入り込んで来おってな。
帝の所為でその清らかな空間が汚されてしまってのじゃ。 帝がわらわの居る空間に居続ければ、わらわの意思とは関係なく、その空間が帝を脅威として排除するか‥‥‥ 空間その物が崩壊してしまう可能性があったのじゃよ」
「つまり‥‥‥ 貴女は貴女の居る空間とミカドを同時に守る為に、ミカドをこの世界に連れて来た?」
「おぉ、幼い割に頭の回転が早いエルフの子じゃ。その通り! ふふっ‥‥‥ 頭の回転が速い子は好きじゃよ。
付け加えるなら、帝を元居た世界に帰すには、わらわの持つ霊力が大量に必要になるのじゃが、当時の妾には最低限の霊力しか残されておらなかった。
じゃから帝が空間に殺されるのを防ぐ為、わらわの居る空間の崩壊を阻止する為、そして霊力を貯める作業に集中する為と言う3つの理由を帝へ説明し、帝へ別世界への転移を提案した訳じゃ」
「ぅう‥‥‥ わかった様な‥‥‥ わからない様な‥‥‥ 」
「まぁ、それが普通の感覚じゃろうな獣人の子よ。もっと噛み砕いて説明するなら‥‥‥ 様々な不幸が重なり、帝はこの世界に来る事になった訳じゃ。
それを帝が不幸と捉えておるかは知らんがな」
一通り皆の質疑応答が終わると、クスッと咲耶姫が小さく笑う声が聞こえた。
「不幸だなんて思ってねぇよ。 そりゃ初めの方は魔獣に襲われたりして怖かったし不幸だとは思ったけど、この世界に来れなければセシルやマリア、レーヴェにドラル達とは会えなかった。
今はむしろ感謝してるくらいさ。この世界で皆と会えて良かったって」
「み、ミカド‥‥‥ 」
「ミカドさん‥‥‥ 」
「な、何だよ歯が浮くような事言いやがって‥‥‥ 」
「ん、 私もミカドと会えて良かった‥‥‥」
皆と出会えて良かったと無意識に言ったが、思い返すとちょっと臭かったかな。
でもこれは俺の本心だ。
セシル達と出会えたから、俺は今日まで生きて来れたと言っても過言じゃない。
「ふふっ、そうか。良い者らに恵まれたの帝」
「あぁ。そうだろ? で、何でいきなり通話して来たんだ?
面白そうな話をしてるとか言ってたけど、何か別の理由があるんだろう?」
「おっと、そうじゃったな。じゃが、これは帝には関係のない話じゃ。少し黙っておれ」
「黙っておれってお前‥‥‥ 」
「さて、セシル・イェーガー。マリア・グリュック。レーヴェ・グリュックそしてドラル・グリュックよ。お主等に頼みがある」
俺の抗議を華麗にスルーした咲耶姫は、セシル達の名前を噛みしめる様に‥‥‥ 聞いている人の心へ染み渡る様な慈愛に満ちた声を発した。
「これは帝と言う人間を勝手な都合でこの世界に連れて来た、わらわの自分勝手なお願いじゃ。
帝はこれまで本当の事を言えず、後ろめたい思いをして来た。じゃが、それはお主らを信頼しておらぬ訳ではなく、帝が皆に拒絶されるのを恐れての事。 帝は一見頼もしく見えるが、心がある人間なのじゃ。
そんな帝が知り合いが1人も居ないこの世界で生き抜くには、心の支えになる存在がなくてはならぬ‥‥‥ じゃから頼む。
お主らは帝の心の支えになって、帝を助けてやってくれ」
「咲耶姫‥‥‥」
咲耶姫は小さくそう言った。
咲耶姫は口を出せば軽口ばかりだけど、心の中では俺の事をちゃんと考えて心配してくれていたんだ。
ヤバい。ちょっと泣きそうだ。
「は、はい! 私はミカドに命を助けて貰いました‥‥‥ だから、今度は私がミカドを助けます!」
「私達も奴隷商人に捕らわれた所を助けて貰いました! ミカドさんの為なら何でもします!」
「あぁ! 僕達に任せておけ!」
「私達がミカドを支える‥‥‥!」
「皆‥‥‥ ありがとう‥‥‥」
絶対に俺の言葉は震えていた。それでも皆何も言わず、優しく俺に微笑みかけてくれた。
改めて思った。
セシル、マリア、レーヴェ、ドラル、そして咲耶姫と出会えて本当に良かったと。




