47話 家へ
「私達が奴隷商人に捕まってしまったのは、新しい孤児院に向かう途中に襲われた所為です」
「新しい孤児院? どう言う事だ?」
「私達は先程マリアが言った【幸福の鐘】という孤児院に拾われ、育てられたのですが、幸福の鐘は数年前から資金難で日々の生活を何とか送るのがやっとの状況...... そして先月、それも限界に達し、幸福の鐘は閉園する事となってしまいました...... 」
「っ!」
」そして幸福の鐘で暮らしていた子供達は、それぞれ別の孤児院に送られる事になったのです」
「それぞれ別の孤児院に...... って事は、幸福の鐘で暮らしていた皆は離れ離れになっちゃったって事...... ?」
ここまで静かにマリア、ドラル、レーヴェが捕らえられてしまった経緯を聴いていたセシルが疑問を投げかける。
「あぁ...... 幸福の鐘の中で特に仲が良かった子達を2人から3人のグループに分けて、別々の孤児院に預ける事になってたんだよ。
大人数を1度に1つの孤児院に預けるとなると、その預けられる孤児院の負担が一気に増えて、幸福の鐘の二の舞になる...... とか言う理由でな...... 」
セシルの疑問にレーヴェが答える。
つまりマリア、ドラル、レーヴェは幸福の鐘で育ってきた中で仲の良い子達と言う事になる訳か......
なんとなく分かる気がする。
まだ彼女達と出会ってから間もないが、勝気で少々暴力的なレーヴェと、それを窘める姉的存在のドラル、その2人を静かに見守り、時にはまとめ役にもなる妹の様なマリア...... 3人はそれぞれ個性が強いが、その強い個性が絶妙に嚙み合っている。
これまでの3人のやり取りだけ見ても、お互い軽口は言うが、それはからかっているだけで本心から傷付けようという悪意は感じられない。3人が3人ともお互いを尊重し合い、信頼している証拠だ。
この3人の関係は長い時間をかけて築かれたのだろう。
「そう...... だったんだ......」
「そして私達は新しい孤児院の迎えの馬車に乗って移動している最中、先程の男達に襲われました......
御者さんは殺され、私達は命からがら逃げる事は出来ましたが、我武者羅に逃げた所為で方角が分からなくなり、迷子になってしいました...... 」
「あのクソ共が...... 」
俺は拳を握り締める。
あの外道共の下卑た笑い声が脳内でフラッシュバックした。
「私達はそれでも奴隷商人達から少しでも離れる為に、走って走って走り続けました。でも体力も限界に達し、私達は倒れ込む様にして大きな木下で休んでいたら、そこに奴隷商人達が来て...... 」
「そっか...... 辛い事を思い出させてごめんな...... 」
「いえ、大丈夫です......」
大丈夫とドラルは言っているが、その顔は今にも泣き出してしまいそうな程弱々しく見えた。
何で...... 何でこんな罪も無い子達が、こんな辛い思いをしなくちゃらならいんだ......
俺はマリア、ドラル、レーヴェの境遇を聞き、心が痛んだ。そして奴隷商人達への憎悪もより強くなった。
やはり彼奴等...... 奴隷商人達は人を不幸にする...... 彼奴等にも色々事情があるのだろうが、力無き者を嬉々として虐げる彼奴等の行為は絶対に許せない......
彼奴等は殺して正解だった......
「ミカド...... 大丈夫?」
「あ、あぁ...... ちょっと考え事をしてた。大丈夫だ」
憎しみや怒り。全ての負の感情が交じり合ったドス黒い感情が、再び俺の心を飲み込みかけた。
ふと、顔を上げるとマリアがエルフ族特有の尖った耳をシュンと少し下げ、俺の顔を覗き込んでいる。感情が余り顔に出ないマリアだが、心配してくれていると言う表情がハッキリと見て取れた。
「ねぇ、3人が行くはずだった孤児院の名前は分かるかな?」
「【明かりの家】...... 私達が行く事になっていた孤児院の名前は、明かりの家......」
「明かりの家だね...... ねぇ。マリアちゃん、ドラルちゃん、レーヴェちゃん提案が有るんだけど、もし良かったら気持ちの整理とかが済むまで暫くは私達の家に泊まっていく?」
「「「えっ...... 」」」
マリア、ドラル、レーヴェが素っ頓狂な声を出し、ポカーンとセシルを見つめた。
セシルは『名案でしょ』と胸を張りながら俺の方を見てくる。
俺は苦笑いを浮かべつつ、心の中で優しいセシルの事だからこうなるだろうな...... と思っていたお陰で大して驚く事はなかった。
むしろセシルが言わなかったら俺の方から同じ事を提案しようと思っていたくらいだ。
まぁ、俺も居候みたいなもんだからだいぶ図々しいとは思ったけど......
「良いよねミカド?」
「あぁ。こんな事があった直後だしな。賛成だ。それに俺だって居候させてもらってるようなもんだ...... セシルが決めた事なら俺は反対しないよ」
「あ、あの良いんですか......?」
勝手に話を進めてしまっていたが、ドラルがおずおずと手を挙げる。
「困った時はお互い様でしょ? それに最近は寒くなってきたし、そんな寒空の下で野宿したら風邪引いちゃうよ」
「で、でもよ......」
「レーヴェ、セシルが言う事も最も。ありがたく好意に甘えさせて貰う...... 」
「う...... わかったよ......すまん、世話になる......」
「何から何まで...... 本当にありがとうございます...... 」
「やっぱりミカドとセシルは良い人。2人は神様、ありがとう......」
マリアはこれまで通り淡々と、レーヴェは申し訳無さそうに、ドラルは目に涙を浮かべてお礼の言葉を口にする。
この3人の中で1番俺達を警戒していたレーヴェだが、俺とセシルから出る【気】と言うモノを感じ取れるマリアが、俺達から悪い気は感じないと説明してくれて以降、だいぶ素直になってくれた。
まだ多少反抗心みたいなのが有るが、これは俺達を信用している、していない以前の問題だろう。年頃の子供特有の反抗期みたいな物だろうか。
セシルはそんな3人の頭を順番に優しく、慈しむ様に撫でた。
「私は神様なんて柄じゃないよ。ただ目の前で困ってる人が居たら助けたいだけ...... おこがましいとは思うけどね。それじゃ帰ろう? 私達の家に!」
こうして静かに頷いたエルフ族のマリアに龍人族のドラル、獅子の獣人族のレーヴェが暫くの間だが家族になる事が決定した。
俺の腕時計の針は午後17:20分を差していた。
▼▼▼▼▼▼▼▼
「それじゃ、悪いけど少し待っててくれ。ここの片付けをしちまうから」
俺とセシルは、マリア達3人がセシルの家に来る事が決ったので早速帰る準備を始める。
帰る準備と言っても身に付けている装備品を外したり、HK416Dを持って来たカバンにしまう程度だ。
片付けている最中思ったが、今回も持って来た太刀は使わなかった。
太刀は、HK416Dで岩熊を仕留め切れなかった際の、最終手段兼近接戦用武器として持って来てはいたが、件の岩熊はHK416Dで簡単に倒せてしまったし......
今にして思えば、ここ最近受けた依頼にも接近戦用の武器として太刀を持って行ったが、狩りではほぼベレッタを使っていたな......
ベレッタでもレベルが低い魔獣相手には十分通用するし、魔獣に近づいて攻撃する太刀より離れた所から攻撃出来るベレッタの方が安全性も段違いなのだから、ベレッタ主体になるのも仕方ないよな......
ん~...... 今回の岩熊の件を踏まえて、今後太刀は依頼に持っていかなくても良いかも知れないと思ったのだが、マリア達を助けた事もあり、今後は出来るだけマリア達から変に怪しまれない様、依頼は太刀や弓で行うか......
「ごめんね。お待たせ」
「それじゃ行こうか」
「はい!」
頭の片隅で今後依頼に持っていく武器の事を考えつつ手早く片付けを終らせ、荷物を肩に担ぐ。
俺とセシルは、近くで待っているマリア達に声をかけて家に向かって歩き始めた。
さてさて。まず家に着いたら、この3人を風呂に入れないといけないな...... 泥やら埃やらで年頃の女の子にあるまじき姿だ。
それにご飯も食べさせなければ..... マリア達は栄養があるものを余り食べていなかったのか大分痩せている様に見える。
せめて俺とセシルと暮らしている間は、美味しい物を食べさせてあげないと。
▼▼▼▼▼▼▼▼
帰り道を半分過ぎた頃、ちょっとした事件が起きた。
「あっ......!」
「マリア!?」
最後尾を歩いていたマリアがバランスを崩して倒れそうになったのだ。
マリアの歳は14歳と、この中で1番幼い。
それにマリア達は俺達に救出されるまで、必死に奴隷商人共から逃げ回っていた。その為体力は既に限界だったのだろう。一応マリアの歩幅に合わせて歩いてきたつもりだが...... 気配りが足りなかった。
「危ない! 」
ここら辺で休憩を提案しようかと思った矢先、そのマリアが足をもつらせバランスを崩してしまった。
マリアの前を歩いていたレーヴェがマリアの悲鳴に気が付き、手を差し伸べたが、間に合いそうに無い。
だが......
『ワゥ!』
マリアの更に後ろを静かに歩いていたロルフが、倒れそうになったマリアの横にサッと飛んで行き、大きな体を使いマリアが倒れない様に支えた。
横目でマリアを見て小さく吠えるロルフは、まるでマリアを心配しているかの様に見えた。
「ん...... 大丈夫...... ありがとロルフ」
『ワフ』
何とか転倒せずに済んだマリアがロルフの頭を撫で、ロルフに感謝を伝える。
撫でられるロルフは、気持ち良さそうにその手の動きに頭を預けていた。
「大丈夫か! マリア!」
「ま、マリア怪我は無い!?」
「ん、大丈夫。ロルフが助けてくれたから...... 」
先程手を伸ばしたレーヴェ、ドラルがマリアの元に駆け寄る...... が、ドラルはロルフが怖いのか、ロルフから少し離れた所から様子を伺っている。
レーヴェは特にロルフを怖がる様子はない。むしろ「マリアを助けてくれてありがとな」と言いながら、これでもかと言わんばかりにロルフを撫でていた。
「なぁ3人共。俺、疲れちまったから休憩しても良いか?」
「そうだね、道のりも丁度半々くらいだから、ここら辺で休憩しよう?」
やはり一旦休憩した方が良い。そう判断した俺は皆に疲れたと言うや否や、近くに生えていた木の下に座り込んだ。
セシルも俺の考えを察したのか、後を追う様に俺の隣に腰を下ろした。
これでマリアが、自分の所為で休憩を取ったんだ...... とか変な罪悪感を感じなくて済む。そう思ったからだ。
そして20分程ゆっくり休憩した俺達は再度家に向かって歩き始めた。
余談だが、ロルフはマリアが倒れかけて以降家に着くまでの間、ずっとマリアの隣に寄り添って歩いていた。
しかも最後の方になると、いつの間にかマリアはロルフの背中にしがみ付く様におぶさっていた。マリア達3人に変に気を使っていたロルフも、何時の間にかマリアと仲良くなっていたみたいだ......
▼▼▼▼▼▼▼
腕時計の針が差す時間では現在18:50
マリア達を気遣いゆっくりと歩き、帰り道の途中で20分の休憩時間を挟んだりしたので、俺達が家に着いた時は既に辺りは真っ暗になっていた。
担いだ荷物が肩に食い込んで痛い。
「到着! ここが私達の家だよ。自分の家だと思ってゆっくりしてね」
「ん......」
「お世話になります」
「よろしく頼む.....」
マリア、ドラル、レーヴェが何処か不安そうな表情で三者三様のお礼を言ったと思えば、セシルはそのお礼を聞き満面の笑みを浮かべながら1人、テトテトと玄関先に向かう。
そして俺達の方に振り返り......
「皆! おかえりなさい!」
「「「っ...... ただいま.....!」」」
聖母顔負けの優しい笑顔を浮かべるセシルは両手を広げ、優しく新しい家族を迎え入れた。
マリア、ドラル、レーヴェは感極まって、両手を広げたセシルの胸に飛び込んでいった。彼女達3人の目にはキラキラと光るモノが見えた気がした。
ここまでご覧頂きありがとうございます。
誤字脱字、ご意見ご感想なんでも大歓迎です。