44話 フェルスベア
「よし、そろそろ拠点でも作りますかね!」
「了解! サクサク拠点を作って、狩りに行こ」
ラルキア王国の国王、ゼルベル・ド・ラルキア陛下との謁見から早3週間。
久しぶりにノースラント村でゆっくり( か、どうかはさて置き ) 休暇を楽しんだ俺とセシルはこの3週間、数々のギルドの依頼をこなしたり、ロルフと遊んだり、訓練したりと、これまで通り平穏無事な日々を過ごしていた。
依頼で魔獣達と戦っていたから、本当の意味での平穏とは違うかもしれないが......
ちなみに、この3週間でこなして来た魔獣の討伐依頼でわかった事がある。
それは白狼を討伐した際に使用できる様になった、身体能力強化の発動時間の限界等だ。
簡単に言えば、身体能力強化は、俺の脳が目標を達成したと考えた瞬間に切れる様だ。
例えば、A地点からB地点まで移動しようと身体能力強化を使うとすると、B地点まで到着し、脳がそれを認識すれば、同時に身体能力強化の効果も切れると言った具合だ。
魔獣討伐の場合も同じで、標的の魔獣を倒そうと身体能力強化を使用したとしよう。
この場合も、脳が魔獣を倒したと判断すれば効果が切れる。
ちなみに、この身体能力強化を30分継続して発動させた場合、効果が切れた後の30分は身体能力強化が使えない事もわかった。
つまり、身体能力強化を発動させた時間だけインターバルが発生するらしい。
身体能力強化は連続して使えないらしいので、使い所を見極めなければ。
しかし最近はめっきり寒くなった。
あと数日でこちらの世界の暦で12月に入るという事もあり、最近は1日を通して肌寒い日が続いている。
外出する際にはコートを羽織らないと寒くて震えが止まらないほどだ。
今ではティナに付き纏われる元凶となった、あのコートもなんだかんだで毎日の様に着ている。
ちなみに今日も着ている。
一方のセシルは長袖長ズボンで、その上から薄いマントを纏っただけだった。
セシルからすればそれが普通なのだろうが、俺から見たらだいぶ寒そうに見える......
そんな冷え込む11月の第3水龍日。
今日、俺とセシルはギルドの指定クエスト【岩熊】の討伐依頼を受け、岩熊の住処がある嘆きの渓谷の奥地に来ていた。
この岩熊は全長1mから2m程。体の所々を岩の様に硬い硬質化した皮膚で覆われている大きな熊だ。
この岩熊は12月に入ると冬眠期に入る。
岩熊の冬眠期間は1ヶ月から2ヶ月程。
その間岩熊は何も食べずに地中で寝て過ごす。その為、この時期になると通常の倍近い食料を食べて冬眠に備えるらしい。
......のだが。近年、岩熊は餌を求めて活動範囲を広げているらしく、3日程前ノースラント村近くの農村部で目撃された。
冬になれば作物が育たなくなる。だからこの地域周辺に住む人達は、秋の間に食料を備蓄する。
無論ノースラント村も例外ではない。
この備蓄が岩熊に狙われ、奪われでもしたら皆が冬を越せなくなる。故に今回の依頼が、ギルドに指定クエストとして張り出されていた。
今回の標的は岩の様な甲殻に覆われた岩熊。強い事は疑いようもないが、この岩熊はギルドの指定クエスト。
狩る事が出来れば、俺とセシルのギルド級は今のビショップ級からルーク級にランクアップする事が出来る。
わざわざ危険を冒してギルドの級を上げる必要は無いのだが、俺の中の軍人の血が戦いを、もっと強い敵との出会いを求めているような気がする.....
ちなみに。この岩熊を討伐する事にしたのには、皆が冬を越す為の備蓄を守るという理由の他にも2つ理由があった。
まず、この3週間の間に数々の魔獣を倒した事で俺のレベルは大幅に上がり、ユリアナを助けた時のレベル20から、今ではレベル35までレベルアップしていた。
レベルが23を超えた事で、俺の目標の1つだったサバイバルゲームでの相棒、HK416Dの実銃を召喚出来るようになり、今日はそのHK416Dが
【この世界で危険度が高いとされている魔物に、現代兵器は通用するのか?】
を確認するというのが1つ目の理由だ。
俺はHK416Dを召喚した日以降セシルに頼まれて、ベレッタの時と同様に、HK416Dの扱い方や危険性、簡単な整備の方法等を時間をかけて教え込んだ。
初めてHK416Dを見たセシルは、ベレッタを見た時以上に目を白黒させて驚いていたが、直ぐにベレッタを初めて触った時と全く同じ事を言った。
「私もそれ、使ってみたい。その道具を扱えるようになればミカドの力になれると思って」
と...... この言葉を受けた俺は、快く指導すると微笑んだ。
この召喚した10インチバレルタイプのHK416Dの全長は、肩に当てて衝撃を抑えるストックと言う部分から弾丸が出る銃口までの長さが712mm~787mmと、ベレッタとは比べ物にならない程大きい。
大きいという事はその分重くもなる。
重さはベレッタの3倍弱、3キロを超える。
使用する弾もベレッタとHK416Dは違い、単純な弾の大きさだけ見てもHK416Dで使用する弾丸【5.56mm×45弾】の大きさは、ベレッタで使う【9mmパラベラム弾】の大きさとこれまた倍近く違う。
つまりそれだけ威力が有るという事だ。
セシルは、ベレッタが取り扱いを誤ると危険な武器だという事をしっかり認識してくれていたので、このHK416Dはベレッタ以上に危険だ、と説明したら冷や汗を垂らしながらも真剣に俺の教える事をメモに取っていた。
その後は正しい構え方、整備の仕方、それがある程度できるようになると実射訓練もした。
ちなみに、この実射訓練の際に嬉しい誤算だったのが、ユリアナを助けレベルアップした際に出た
【弾丸召喚数アップ】
これだ。
これは文字通り、召喚出来る矢や弾丸の数が増えたという報告だった。
補足として、少し前に召喚したベレッタで比較してみる。
初期のベレッタで召喚出来る弾丸の召喚上限数は150発だったのに対し、今ではその総上限数が600発。つまりは4倍。
1度に召喚出来る弾丸の数も90発から4倍の360発になっていた。
HK416Dの方は、召喚出来るようになる前に【弾丸召喚数アップ】が発動したため比較が出来ないが、現段階で召喚出来る弾の総数は何と9000発。
しかも、1度に召喚出来る弾の上限は900発という、なんとも大盤振る舞いなモノだった。
HK416Dはマガジン1本に30発の弾を込める事が出来るから、少なくとも1回分の召喚でこのマガジンが30本も召喚出来る。
数回に分ければ、単純計算で合計300本のマガジンを召喚出来る訳だ。
この規制解除のお陰で、各種これまでの倍以上の矢、または弾丸を召喚出来るようになった事だ。
これにより、俺とセシルは充分に実弾射撃訓練を行う事ができた。
潤沢な弾丸のお陰で、セシルは200発前後撃った頃には、俺が見ていても不安が無いくらいの射撃精度を身に付けていた。
銃本体の方も、レベルが上がった事で召喚出来る数がドンドン増えている。
今ではベレッタは【36丁】、HK416Dは【26丁】もの数を召喚出来るようになっていた。
恐らく、レベルが1つ上がると、召喚出来る銃本体の数が2丁づつ増える仕組みになっているらしい。
まぁ...... 召喚出来る数や弾が増えても、今の所は俺とセシルしかこれらの銃器を使わないから宝の持ち腐れ感が凄い。
それと、もう1つの理由は......
『ヴァウ!』
そう。俺の隣をテトテトと歩くロルフだ。
少し前、俺とセシルが依頼に行く度に悲しそうに遠吠えをするようになったロルフを見て、セシルが気の毒に思ったのか、近場でギルドの依頼を受けた時は一緒に連れて行こうという事になった。
依頼にペットを連れて行っても良いのか? と不安に思ったので、ノースラント村ギルド支部副部長のミラに聞いた所......
「別に構わないぞ。ギルド組員の中には、猟犬と一緒に狩りを行う者も多いからな」
と、お許しを頂けた。
そこで出てきた問題が、ロルフは魔獣相手に戦えるのか? と言う点だ。
ロルフはノースラント村の人には人畜無害と思われているが、腐っても村の皆に恐れられ、始原の森の頂点だったヴァイスヴォルフ、ルディの子供だ。
きっとロルフも、その戦闘能力の遺伝子を継いでいるはずだと思い、先日から数回ビショップ級の依頼に連れて行ってみたのだが、その際ヴォルフ系特有の優れた嗅覚や聴覚を駆使し、獲物の位置などを吼えて教えてくれたり、魔獣と勇敢に戦ったりした。
これらの事を鑑みても、ロルフはそれなりの戦闘能力を有している事が判った俺は、今日、岩熊フェルスベアにもロルフの力は通用するかを見極める為にロルフをつれて来た。
ちなみに、最近ロルフはベレッタやHK416Dの発砲音には驚かなくなっている。
毎日の様に俺とセシルがバカスカ撃っていた所為でロルフも慣れてしまったようだ。
一応、銃を撃つ時は家から離れた所で撃っていた筈なのだが......
閑話休題
俺とセシル、ロルフは嘆きの渓谷の中枢部に到達すると今回の依頼の拠点を作り始めた。
例によって拠点と言っても地面に布を引いて、その上に荷物を置いただけの物だが。
「よっと...... 拠点はこんなもんだろ。そんじゃ狩りの準備をするぞ~」
「は~い」
俺とセシルは肩から下げていた大きなカバンを下ろし、チャックを空けた。
俺のカバンの中にはHK416Dと、ホルスターに入れられたベレッタ。
各種マガジンと、そのマガジンを収納する為のマガジンポーチ付きの【タクティカルベスト】等が入っている。
持ってきたタクティカルベスト等を今着ているコートの上から身に纏い、確認の為頭の中で【装備】の項目を開くように念じた。
~メイン装備~
頭…未装備。
胸部…上着+ロングコート+CIRAS
腕…グローブ
腰…ガンベルト+ベレッタ92FS用ホルスター
足…ズボン
靴…タクティカルブーツ
~サブ装備~
●馗護袋
●HK416D用2連マガジンポーチ×2個
●ベレッタ92FS用2連マガジンポーチ×2個
●ユーティリティーポーチ×3個
●ダンプポーチ
●薬莢受け
~武器~
●HK416D本体
●HK416D用マガジン5本(150発)
●ベレッタ92FS本体
●ベレッタ92FS用マガジン5本(75発)
●太刀
●剥ぎ取り用ナイフ
これが今俺が身に付けている武器や防具の全てだ。
簡単に俺が身に付けている物の説明をすると......
●CIRASと言う物は、主に服の上から身に付けるボディーアーマーと呼ばれる装備の1つだ。利点は防弾、防刃繊維で出来ており、自分の好きな場所に好きな数のポーチ等を付ける事が出来る。
これにプラスして、トラウマ・プレートという金属やプラスチック製の板をCIRASの内側に入れれば更に防御力が高くなるが、今回は装備が重くなるという判断からトラウマ・プレートは未装備だ。
●ガンベルトは、腰周りにポーチ等を纏めて付ける事が出来る。
こうする事で、外したい時にガンベルトだけ外せば、そこに付いているポーチ類も纏めて外せるという優れものだ。
●ホルスターとは、主にハンドガンを携帯する場合に使う入れ物だ。
このホルスターは脇からぶら下げたり、腰に付けたり、太ももに付けたりと幾つも種類があるが、今回はガンベルトに固定し、腰に付けるタイプの物を召喚した。
●ユーティリティーポーチとは、タクティカルベストやガンベルトに付ける事が出来る小物入れ。
●ダンプポーチは、使い終わったマガジンを入れておける袋のような物だ。
このダンプポーチも、ホルスターと同様にガンベルトに付けている。
●薬莢受けとは、発砲した際、銃の横から火薬などを詰めて保護している薬莢と言う容器が飛び出してくるのだが、これが地面に落ちない様にキャッチする物だ。
何故これを召喚したかと言うと、落ちた薬莢を踏み転倒する危険を無くす為と、出来るだけ銃を使ったと言う証拠を残したくなかったからだ。
2種類のマガジンポーチは各1つずつをタクティカルベストとガンベルトに付けておいた。
薬莢受けは直接HK416Dに固定している。
セシルの方のカバンに入っている物もほぼ同じで、唯一違う点はCIRASではなく、【コルセットリグ】という物が入っている。
コルセットリグは俺が身に付けているCIRASを、女性が身に付けるコルセットのように改良した物だ。
これにより、女性特有の悩みである胸への圧迫感をなくす事が出来る。
どこかの幼女とは違い、女性っぽい体系のセシルに
「胸がきついからどうにかならないかな?」
と、頼まれて召喚したのだが、これを身に付けるセシルは胸が強調され妙に色っぽかった。
コルセットを元にしただけに防御力は皆無だが、敵との距離を保っていれば危険は無いだろう......
そしてセシルは腰にレイピアを差し、マントを羽織り直した。
「よし、準備は良いか!」
「ばっちりだよ!」
『ヴォウ!』
「んじゃ行くぞ!」
CIRAS等の装備品を全て身に付けた俺は、【スリング】と言う紐を付けて、肩からぶら下げられるようになったHK416Dを持ち勢い良く立ち上がった。
セシルもHK416Dのグリップを強く握り締めて、キリッと真剣な表情で俺に目を向けている。
俺とセシル、ロルフは岩熊フェルスベアを求め、嘆きの渓谷最深部に向かい歩き出した。
▼▼▼▼▼▼▼▼
『ウォォン!!』
グァァァアアア!!!
嘆きの渓谷の最深部に足を踏み入れてから数分後。俺達の数m先を進むロルフの鳴き声と、別の獣の鳴き声が響いた。
「岩熊か!」
「っ!?」
本能的にロルフが岩熊を見つけたと察した俺は、HK416Dを構えた。
セシルもワンテンポ遅れて、HK416Dを構える。
『ハッ!ハッ!ハッ!』
俺達がHK416Dを構えてから数秒後、ロルフが岩場から飛び出してきた。
そして......
グゥゥゥウウ......
ロルフが飛び出した岩場に体長1.8m程の獣が姿を見せた。茶色い体毛に、同じく茶色い岩の様な皮膚に覆われた岩熊は光り輝く牙を剥き出しにし、黄色い目で俺達を睨んでいる。
岩熊の頭の上にはフェルスベアと言う名前とレベルが浮かび上がった。
【フェルスベア レベル:20】
岩熊は俺がこの世界に来て、ルディ以来となるレベル20代の魔獣だった。
単純に考えて、強さはルディ級か......
フェルスベアの名前とレベルを見て思い出したが、どうもこの名前やレベルを見る事が出来る対象は魔獣のみの様だ。
理由は、これまで狩ったブラウンヴォルフにヴァイスヴォルフ、シュバルツファルク...... その他色々な魔獣を見れば、魔獣の上には名前とレベルが表示されたが、ノースラント村の人々の上には名前等は表示されない.....
と言う経験から導き出した。
ならば何故、ユリアナを助けた際、追っていた2人の鎧武者の頭の上に「騎士」が浮かび上がったのかと言う点だが、こればかりはもう確め様が無い......
まだ俺が気付いていない、何らかの法則があるのかも知れないが、それよりも今は目の前の魔獣の討伐に集中しよう......
「レベルも見た目も想像以上に厳ついな......さ、岩熊討伐開始だ!」
俺は自分を鼓舞して銃口を岩熊フェルスベアに向けて引き金を引いた。
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