番外編 ノースラント村での休日
「ん〜! 偶にはこうしてのんびり歩くのも気持ちが良いね〜」
「だな〜。ちょっと肌寒いけど...... 前に召喚したコート着てくれば良かった......」
「もう冬だからねぇ」
『ワン!』
「ロルフは暖かそうで良いよな〜」
ラルキア王国国王、ゼルベル・ド・ラルキア国王陛下と謁見を終えた次の日、俺とセシル、そしてロルフはノースラント村に続く道をブラブラと歩いていた。
今までのパターンで言えば、ノースラント村にはギルドに依頼を受けに行くか、依頼や生活に必要な雑貨を買い出しに行くだけたったのだが、今日はセシルの提案でノースラント村の飲食店で食事をしたりして、息抜きをしようという事になったからだ。
確かに最近はギルドの依頼をこなしたり、国王陛下との謁見をしたりで心身を休める時間が余り取れていなかった。
偶にはゆっくり休む事も大切だと思った俺は、セシルの提案を飲み久しぶりにゆっくり休む為、ノースラント村に向かっている。
ロルフは最近構ってあげられなかったので、今日はそのお詫びも兼ねて連れて一緒に連れて来た。
ロルフは最初の方こそ、首輪にリードを繋げていないと、勝手にどこに行くか分かったものではなかったが、最近はリードが無くても勝手にどこかに行く様な事も無くなり、しっかり俺たちの隣を歩いている。
体も大分大きくなった。
子犬は成長が早いと言うが、ロルフはもう大型犬並みの大きさに成長し、ヴォルフ系の特徴の牙も大きくなっている。
余談だが、ノースラント村の皆はロルフがヴァイスヴォルフの子供だという事に気が付いていた。
だが、俺やセシルと一緒に暮らしていた事で人間に慣れていたし、ロルフも危害を加える気配が無かったので皆、特に気にしていなかったようだ。
ロルフもロルフで、撫でられる度に誰にでもお腹を見せる服従のポーズをするので、その姿も村の皆が安心する一因になっている。
前々から思っていたがロルフよ。それで良いのか元野生動物。
それに俺が言うのもなんだが、村の皆はもっと警戒心を持った方が良いと思う。
そしてダラダラ歩きノースラント村に着く、村は相変わらずの賑わいだった。
メインストリートは買い物客や仕事に精を出す人達で溢れ返っている。
「よぉ、お2人さん! 良い天気だな」
「あらあら。今日もセシルはミカドと一緒なの? 相変わらず仲が良さそうで羨ましいわ〜」
「今日はロルフも一緒か! よしよし、干し肉食べるか?」
「あ! ロルフだ〜こんにちは!」
いつも通り、村の皆からの挨拶やら軽口に受け答えしつつ、適当に村の中をブラつく。
セシルは相変わらず、すれ違う多くの人に挨拶をされている。さすが村のアイドル的存在。
そしてロルフも、すっかりノースラント村のマスコットとして定着した。
肉屋のおじさんから干し肉を貰ったり、村の子供達から体やら頭やらを撫でられている。
気持ち良さそうに撫でられ、幸せそうに尻尾を振るロルフを見ていると、心の中に温かい気持ちが溢れてくる。
「さて、この後はどうする?」
村の皆との挨拶を終え、落ち着いたのを見計らい、俺はセシルに話しかけながら腕時計を見てみた。
時刻は12:00ぴったり
お昼ご飯には丁度良い時間だが。
「それじゃ、先にご飯を食べに行こう!」
「了解、丁度お昼時だしな。でもロルフも一緒に食べられる所なんてあるのか?」
「ふふっ、私に任せておいて! こっちだよ」
「あっ! 待てって! 行くぞロルフ!」
『ヴァウ!』
俺とロルフは小走りで、先に走り出したセシルの後を追った。
「じゃじゃーん! 此処だよ」
「おぉ。ここならロルフも一緒に食事が出来そうだな」
セシルの後を追って小走りで走る事1分程。セシルはお目当の店の前で立ち止まった。
セシルが案内してくれた店は大衆食堂の様な見た目だったが、入り口の近くにカフェテラスの様な場所もあり、外で食事が出来るようになっていた。
「あら、いらっしゃいセシルちゃん。最近顔を見せてくれないから寂しかったわよ」
「あ! おばちゃん、ごめんなさい。最近色々と忙しくて...... 」
「分かってるわよ。最近ギルドに登録したんでしょう? それなら忙しくなるのも当然さね。私はこうしてセシルちゃんが顔を見せてくれるだけで嬉しいわ」
「うん...... ありがとうおばちゃん!」
俺達が店の前で話していると、店の中から恰幅の良い妙齢の女性が出てきた。
セシルはこの女性とも顔見知りな様で笑顔で会話をしている。
「んで、あんたがミカドちゃんとロルフちゃんだね?」
「あ、はい。西園寺 帝です。初めまして」
「初めまして。私はこの【満腹食堂】の女将さ。気楽に女将さんとでも呼んどくれ!
と、今日はロルフちゃんが居るから外の席になるけど良いかい?」
「うん! お邪魔します」
『ヴァウ!』
「あぁ、ゆっくりしていきな」
この満腹食堂の女将さんはロルフの頭を数回撫でると店の奥に消えていった。
面倒見の良い下町のおばちゃんみたいな女将さんの後ろ姿を見送ると、俺達はとりあえずカフェテラスの適当な席に座った。
俺の呼び名がちゃん付けだったけど、気にしないようにしよう。
「さて...... ここで飯を食べたらどこに行く?」
「ん〜 洋服を見たり、雑貨を見たり...... かな。あ! 魔法具を売ってるお店もあるから行ってみる?」
「へぇ、そいつは是非行ってみたいな」
「わかった! ミカドには目新しい物で一杯だと思うよ」
「そりゃ楽しみだ」
「はい! お待ちどうさん。何時もの料理で良かったかい? で、こっちはロルフちゃんの分よ。ロルフちゃんの分はサービスしておくよ!」
「わぁ! ありがとうおばちゃん!」
席に座ってからセシルと今後の予定を話していると、先程の女将さんがトレー一杯に食べ物や飲み物を乗せて俺達の席に来た。
何時もの料理とは、以前セシルが此処で食べていた物の事だろう。
女将さんは手際良く料理をテーブルに乗せていく。
俺達が席に座ってから短時間の間に、凄い量の料理がテーブルに乗せられた。
どの料理も良い匂いを漂わせている。
そんな事より料理が出てくるまでの時間が短すぎるだろ......
まだ席に座ってから数分しか経ってないぞ......
テーブルに料理を乗せ終えた女将さんは、俺の足元に座るロルフの前に肉の山を置いた。
ロルフの目がキラキラと輝いている。
まぁ、細かい事は良いか... ...
今はこの美味そうな料理を食べる事が最優先事項だ!
「ん〜美味しそう〜」
「女将さん、ありがとうございます」
『ヴァウ!』
「ふふっ。たくさん食べな!」
「はい。それじゃ!」
「「いただきます!」」
『ワォォン!!』
俺とセシルは食欲をそそる料理を前にしっかり手を合わせ、いただきますをする。ロルフは嬉しそうに高らかに声を上げた。
セシルが作る料理以外の物を食べるのは初めてだから楽しみだ。
俺は早速、目の前に置かれている肉汁が滴る肉料理を頬張った。
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「いや〜 食った食った。満腹だ。さすがは満腹食堂って名前だけはあるな」
「でしょ〜。私もお腹いっぱいだよ〜」
『アウ!』
「ロルフもお腹いっぱいか。良かったな」
食事を始めてから1時間後。
俺とセシル、ロルフは運ばれた食事を全て綺麗に完食し、お会計を済ませて満腹食堂を後にした。
満腹食堂の料理はその名に違わぬ量と質だった。
しかも料金も想像以上に安かった。
これは良い店を知る事ができた..... これからはノースラント村に来た時にはちょくちょくお邪魔させて貰おう。
ギルドの依頼を終えた後に満腹食堂で飯を食べたら幸せだろうなぁ。
「それじゃお腹も膨れたし、魔法具を売ってるお店に行く?」
「あぁ、案内よろしく頼む」
「おや、ミカドにセシルか?」
「ん? あぁ...... ミラか。おはよう」
「うむ。おはよう」
魔法具を扱っている店に向かおうと一歩踏み出した所、後ろから声をかけられた。振り返るとそこにはニコッと笑みを浮かべる赤いポニーテールの女性が立っていた。
一瞬誰だか分からなかったが、その声の主はノースラント村のギルド支部副支部長のミラ・アレティスだった。
直ぐにミラだと分からなかったのは、ミラの服装がいつもと違っていたからだ。
ミラはいつも着ているギルドの制服ではなく、黒を基調としたパンツと、同じく黒を基調としたジャケットを着ていた。
ギルドの制服とはまた別のキリッとした雰囲気を醸し出していて、ミラに良く似合っている。
「おはようございますミラさん。今日はギルドの制服じゃないんですね」
「おはようセシル。今日はギルドの仕事は休みだからな。
オフの日まで制服は着ないさ。ロルフもおはよう。お〜よしよし...... 」
『ヴァウ!』
うん、ちょっと前までミラに対しておっかなびっくりに接していたセシルも、今では普通に接する事が出来るようになっている。
ミラとの初対面の時のセシルは蛇に睨まれた蛙状態だったからな。
そこから考えれば、セシルもだいぶ成長してくれたようだ。
「そっか。ミラも休みなのか」
「ん?『も』と言うと、ミカド達は今日は依頼を受けに来た訳では無いのか?」
「はい! 私達も今日は1日ノースラント村でゆっくりしようって事になって」
「それは良い事だ。働き詰めは体に悪いからな。
それに、ただでさえミカド達はここ最近色々と忙しそうだったしな」
「全くだ。色々と初めての事尽くしで凄く疲れ「ミラ副支部長〜!! 遅れてごめんなさい!!!」た...... って誰だ!?」
俺は初めての狩りや、ユリアナを助けた事、国王陛下との謁見の事を思い返しながらロルフを撫でるミラを見て呟く。
すると可愛らしい声が俺の言葉を遮った。
声のした方を見てみると、小さい女の子がテトテトと走りながらこちらに向かって来た。
ん〜...... この子も何処かで見た事ある様な気がするぞ......
「やっと来たな。10分の遅刻だぞ。それと、今日はオフだから役職名で呼ぶな」
「はぁ...... はぁ...... 重ね重ねごめんなさぃ...... 以後気を付けます...... 」
「全く...... お前はオフになると途端にだらしなくなるな、アンナ」
「「えっ!? アンナ(さん)!?」」
「あっミカド様にセシル様!? お、おはようございます」
やっぱりどこかで見た事あると思ったら、この人はノースラント村のギルド支部の受付嬢のアンナだった。
目の前に居るアンナは、いつも完璧に仕事をこなしクールに振舞っているアンナとは完全に真逆だ......
しかも、受付嬢をやっている時より声が微かに高くなっている気がする......
低い背丈や、ミラと比べると子供っぽいオレンジを基調とした服を着ている所為でミラの妹かと思ったぞ......
アンナはだいぶ慌てていた様で、俺とセシルを見て驚いた声を上げ、挨拶し頭を下げた。
「お、おはようございます。アンナさん」
「おはよう。アンナも今日はオフなのか?」
「はい。珍しく副支部ち...... ミラ先輩とお休みの日が同じだったので、今日は一緒にお食事でもしよう、と」
「少々、誰かさんが遅刻したがな」
「それは言わないでくださいぃ!」
「やれやれ...... アンナは仕事の時間には遅れないのにな。それにしても、ロルフは相変わらず可愛いなぁ」
ミラがロルフの頭を撫でながらボソッと呟き、アンナが耳を塞ぎ何も聞きたく無いと仕草する。
なんか、このミラとアンナが仲の良い姉妹の様に見えてきたぞ。
どっちが姉かは言うまでも無い。
と言うか、ミラはさっきからロルフとずっと戯れている。
ロルフを撫でるミラの顔は緩みまくっていた...... こんなミラの表情は初めて見る。
ミラは以外と動物が好きなようだ。
「ご、ごほん。ミカド様達もお出かけで?」
「はい! 今日はミカドとロルフ、皆でゆっくり食事でもしようって事でここに来ました」
「なるほど...... あっ! ミカド様、セシル様もしかして、お2人だけの時間を邪魔してしまいましたか!?
私ったら、気が付かずごめんなさい。私とミラ先輩はこれで失礼しますね! それじゃごゆっくり!!」
「うりうりうり〜 気持ち良いかロルフ......って! ん!? ちょっと待て!襟を掴むな! 止まれアンナあああぁぁぁ...... 」
「「えっ...... 」」
アンナはセシルの言葉を聞いて変な勘違いをしたのか、ロルフの体に顔を埋めているミラの襟を掴むと脱兎の如く走り去っていった......
「何だったんだ......今のは...... 」
「ま、まぁ...... あの2人の普段とは違う一面を見れたから...... 細かい事は気にしなくても良いんじゃないかな...... あはは」
確かに......
ミラが動物好きという事や、アンナはオフになるとだらしなくなる...... という今まで知らなかった一面を知れて楽しかったけど。
でも、アンナは変な勘違いをしていたみたいだから後日訂正しておくか......
「あれ? ロルフは?」
「え? さっきまで俺の隣でミラに遊んでもらってたと思うけど...... あれ!? いない!?」
ミラ達の以外な一面を思い出し、顔を綻ばせていると、ロルフが居なくなっている事に気が付いた。
さっきまで隣に居たのに...... どこに行ったんだ!?
『ワォォォン...... 』
「ミカド! 今の鳴き声!」
「ロルフの鳴き声だ! どこだ!?」
「あぁぁ! ミカド!あそこ!!」
セシルが声を上げながら、ミラとアンナが走って行った方向を指差す。
俺もセシルが指差す方をよく目を凝らして見てみると......
襟を引きずられて行くミラに、ガッチリとホールドされて連れ去られているロルフを見つけた。
さっきロルフに顔を埋めていたミラが引きずられる拍子に、そのままロルフを抱きかかえてしまったのだろう。
「マズイ! 見失う前にアンナ達を捕まえるぞ!!」
「わかった! ちょっと待ってぇ! アンナさぁん!!!」
俺とセシルはミラに連れて行かれるロルフを奪還する為に走り出した。
まぁ、ゆっくり休めそうに無いけど、こんな休日もアリっちゃアリなのかな......
そんな事を考えながら、俺達はノースラント村を暫く走り続けた......
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