41話 ラルキア城
迎えの馬車に乗ってから、ラルキア王国王都ペンドラゴに向かう道を進む事2時間弱。
馬車の窓から見える景色が徐々に変わってきた。
ノースラント村から出発した頃は辺り一面森、森、森だったが、1時間もすれば森を抜け広大な草原が現れた。
その草原の後方にノースラント村のギルド支部とは比較にならない規模の【城壁】が遠目から見える。
あれが目的地の王都ペンドラゴだろうか。
「わぁ!見て見てミカド! ペンドラゴだよ! 」
「おぉ〜。こりゃ凄いな」
「うん! 大っきいなぁ〜 」
「確かに、デカい城壁だ。ノースラント村のギルド支部とは比較にならんぞ」
わいのわいの。
そして更に1時間後。俺とセシルはラルキア王国の国章の旗が立っている、巨大な稜堡式城郭に設けられた大きな城門をくぐっっていた。
この稜堡式城郭とは【星形要塞】【多角形要塞】とも呼ばれ、上空から見たら星の様に見える事から名付けられた城壁の事である。
これは15世紀ごろのヨーロッパで良く見られた城壁で、三角形の突端した箇所から攻撃を行う際に、死角が無くなる様に設計する事で守備側はお互いにカバーしやすく、攻撃側は正面、側面から攻撃を受ける攻守を兼ね備えた城壁なのだ。
ここはラルキア王国の最後の砦なので、その城壁の規模も桁違いだ。
城壁の高さは優に30mは超え、幅も15mくらいは有りそうだった。
この城壁の規模にも驚いたが馬車で進むにつれて、このペンドラゴは2重3重の城壁に囲まれている事も分かった。
他には星型の城壁を取り囲む様に張り巡らされた水堀や、空堀、見張り台などなど...... 素人目に見ても、この城を落とすのは不可能なのでは? と頼もしく思えてきた。
巨大な稜堡式城郭に感動している俺の横で、いつも以上に目をキラキラさせるセシルは、馬車の窓から風景を眺めている。
「ミカド凄いね! 私ノースラント村の近くまでしか出かけた事無いから、感激しちゃったよ!」
「あぁ、本当に凄いな。この規模の城壁を作るのにどれくらい時間が掛かったんだろうな」
「もう、私が凄いって言った意味は違うよぉ...... 私が凄いって言ったのはここ居る人の多さだよ!」
「あ、そうなのか?悪い悪い...... 」
プクッと頬を膨らませるセシルに苦笑いで謝りながら、俺もここに居る人達に目を向けた。
ここペンドラゴは城壁に囲まれた内側に俗に言う城下町があり、この城下町に大勢の人が住んでいるみたいだ。
このペンドラゴの内部に入ってから数回、田畑や田園らしき場所を見かけたので、広大な敷地を使ってある程度の自給自足体制が出来るのかもしれない。
歩く人達は皆、活気に溢れ笑顔だった。
子供達は元気に遊びまわり、男達は大きな声で自分の店の商品を宣伝し、女達は綺麗に着飾り王都を歩いている。
中には龍の様な羽根を持つ人や、茶色のモフモフした尻尾を持つ人が居る。
あれは...... 龍人族や獣人族って言われている種族か?
ガラガラガラ!!!
不意に馬車の車輪が転がる音が聞こえ、俺はその音がした方を何気無く見た。
すると、正面から馬車が走ってきた。
その馬車はまるで、積荷を見せない様にするかの如く、荷馬車全体を黒い布で覆われていた。
ガタン!
「っ!」
「ん?」
そして、俺達の乗っている馬車とすれ違う直前、小石に乗り上げ荷馬車が揺らぐとフワッと黒い布が捲れ、荷馬車の中が見えた。俺はその馬車に乗っている【モノ】を見て目を疑った。
すれ違った馬車には鉄格子が填められ、その鉄格子に囲まれた中には、ボロボロの服を着て更に首輪を付けられた人達がすし詰め状態で押し込まれていたのだ。
鉄格子の馬車にすし詰め状態で押し込まれている人は皆眼に生気の色が無く、ドンヨリと濁っているように見える。
更に良く観察すれば、首輪を嵌められている人は獣の様な耳を持っていたり、耳が尖っていたりした様な気がする......
セシルも向かいの馬車に気づき、極力その馬車を見ない様に顔を背けた。
「セシル......今のは......」
「奴隷...... 」
「えっ...... 」
セシルは消え入りそうな声で呟いた。
前にダンさんから、この世界には奴隷が居ると聴いていたが実際に見たのは初めてなので唖然としてしまった。
「たぶん今のは奴隷馬車..... 奴隷を売っている奴隷商人が、奴隷を売りに行く時に使ってる馬車だと思う..... 」
「な......」
俺はセシルの言葉を聴き唇を噛み締めた。
胸糞悪い...... 人を物として扱う奴隷商人に殺意が沸いた...... 何故奴隷なんてものがこの世界には普通に存在しているんだ......
この奴隷商人の馬車と擦れ違って以降、重い空気が俺達を包み全く会話が無くなってしまった。
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「お待たせ致しましたミカド様、セシル様。ゼルベル国王陛下の居城に御着き致しました」
「あ、ありがとうございます」
会話が無くなってから5分後。ゆっくりと馬車が止まり、御者さんがドアを開けてくれた。
馬車から降りた場所は、3重の稜堡式城郭に囲まれた王都ペンドラゴの中心部に聳え立つ豪華な城の城門前だった。
見た目は中世ヨーロッパ風。ドイツのノイシュバイン・シュタイン城にそっくりだ。
「わぁ...... 」
「おぉ...... 」
セシルはこの城を見上げ驚嘆する。
俺もさすが王の居城だと関心した。
「もし、お二方。ラルキア城に何か御用ですかな?」
「うおっ!?」
城を見上げているといつの間にか、目の前に燕尾服をピシッと着こなし、右目にモノクルを付け、アッシュグレーの髪をオールバックにしたザ・老執事なお爺さんが立っていた。
「驚かせてしまいましたかな? 失礼致しました」
「い、いえ...... えっと、俺達は今日ここに招待して頂いた西園寺 帝と..... 」
「せ、せしゅ! セシル・イェーガーでしゅ!」
「おぉ! これは重ねて失礼致しました。国王陛下共々首を長くしてお待ちして折りました。 さぁ、どうぞこちらへ」
セシルは緊張で声を思いっきり裏返らせ噛み噛みだったが、この老執事さんは笑う事無く俺達を城の中へエスコートしてくれた。
このノイシュバイン・シュタイン城のような城の名前は【ラルキア城】と言うらしい。
ラルキア城の内部はその見た目どおりアホみたいに広かった。
どこまで続くんだ?と思いたくなる程長い廊下や、数えるのを途中で止める程の数ある扉の横を通り過ぎる。
田舎者丸出しな感じで城内をキョロキョロを見ている俺とセシルは、改めてここが王都で国王の居城だという事を再確認した。
至る所に細かな装飾が施された壷や甲冑、花が飾られている。
ノースラントのギルドにも色々飾られていたが、ここのは質というか、豪華さが明らかに違って見える。
「ミカド様、セシル様。先日はユリアナ様を助けて下さりありがとうございました。
聴けばユリアナ様は奇襲を受け反撃もままならなかったとか.....
その場にミカド様やセシル様が居てくださり僥倖でした」
「い、いえいえ!私達は当然の事をしただけで...... 」
「そうです。この国に暮らす者としての責務を果たしたに過ぎません」
「これはこれは...... お2人共お若いのに出来たお方の様で。申し送れました。
私、このラルキア城で執事長を仰せつかっておりますギルバード・フォン・エドガーと申します。以後お見知りおきを」
「は、はい! 私セシル・イェーガーです! い、以後お見知り置きを!」
「改めまして西園寺 帝です。本日はよろしくお願いしますギルバードさん」
「サイオンジ・ミカド...... ユリアナ様からお名前はお聞きしておりますが、不思議な響きのお名前ですな。
それにしても、ふふっ...... 謙遜は美徳ですが、若い内は多少ふてぶてしい位が丁度良い物ですよ」
「は、はい」
「では、ミカド様セシル様。ゼルベル国王陛下のご準備が終わりますまで、こちらのお部屋でお待ちください」
老紳士ことギルバードさんに終始恐縮しっぱなしな俺達は、ある部屋の前に来るとその部屋に通された。
その部屋はノースラントギルド支部と似た造りの応接室の様になっていたが、ギルバードさんの言葉を聴く限りここは待合室の様だ。
待合室は広く、この部屋だけで50畳以上ありそうだ。
「あら、貴方達遅かったじゃない」
「あ! ティナさん」
ギルバードさんに促され待合室に入ると、既に部屋の中に居た人物に声をかけられる。
その声のした方向を見ると、窓際に置かれた椅子に腰掛け、優雅に紅茶を飲んでいる魔術研究機関のじゃじゃ馬娘。ティナ・グローリエが居た。
彼女は目を引く純白のスカートと上着を纏っている。
魔術研究機関の制服なのかな?
しかし...... 生意気で子供っぽい所があるティナだが、こうして見ると良い所のお嬢様の様に見えるから不思議だ。
「ミカド、何か失礼な事を考えていなかったかしら?」
「さて、何の事やら」
「へぇ? 今アンタから凄く失礼な気配を感じたんだけど?」
「べっつにぃ〜? 馬子にも衣装だなって思っただけだ」
「ま、馬子にも衣装?」
「どんな奴でも身なりを整えれば立派に見えるって意味だ」
「へぇ、そんな諺が有るのね...... って!? どういう意味よ! 」
「あ、会って早々喧嘩はダメだよ......」
此方を見て声を荒げるティナを尻目に、俺も部屋に置かれていたイスに座る。
セシルも困った様に苦笑いしながら俺の隣にあるイスに座った。
「ふふ...... では、メイドに何かお飲み物をご用意させましょう。私は別の仕事がございますのでこれで失礼します」
「「あ、はい。ギルバードさん。ありがとうございました」」
「いえいえ、ではまた後ほど」
部屋に案内してくれたギルバードさんは、俺とティナのやり取りを見て小さく微笑んだ。
お礼を言うと、ギルバードさんはスッと綺麗に一礼し、音も無く部屋を出て行った。
おぉ...... あれが一流の執事の身のこなしか。カッコいい!
「全くもう...... さて...... ミカド。これで部外者も居なくなった事だし、貴方の魔法の事とあの爆音の正体を教えてもらうわよ!」
「げっ...... 」
ギルバードさんが部屋から出た事を確認すると、ティナは勢い良く立ち上がりビシッっと俺を指差した。
先日のシュバルツファルク討伐の時に見せてしまったベレッタの発砲と、ティナが俺に付き纏う元凶になった加護の事をしっかり覚えていた......
シュバルツファルクの時は早く帰りたかったが為に「後日ちゃんと説明するから」と言っていた事を思い出し、早まった事をしたと冷や汗が出た。
だが、もしこの加護の事をティナに伝えたらどうなる?
ティナは国の研究機関に所属している。
初めは単純に好奇心から俺の魔法...... 加護の事を知りたいと言っていても、俺が召喚する武器や物の威力、性能などを見たらこのラルキア王国..... いや下手をしたら人間大陸全ての国家、他の大陸からも狙われるかもしれない......
それに俺のこの加護は軍事面でも大いに利用する事ができる。
それこそ俺の加護を知った国の人間がセシルを人質に取って、俺に武器の大量召喚を命じるという事も十分に考えられる......
「え、えっと...... 」
暫く色々と考えたが、導かれる答えはどれも同じだった。
ティナを真剣な顔で俺を見つめている。
この前はつい、この加護の事を教えるといってしまったが、ダメだ。
リスクが大き過ぎるし、何よりセシルに危険が及ぶかもしれない。
「すまんティナ! やっぱり俺の魔法の事と爆音の事は教えられない」
「はぁ!? 約束が違うじゃない!」
「すまん......」
俺は誠心誠意頭を下げ謝り続けた。
「むぅ........ 何か事情があるのね...... あぁ! もう! わかったわよ!
私は何も聴いてないし、何も見なかった事にしてあげるわよ。それに私もズケズケと聴きすぎたと思うし......」
俺の思いが通じたのか、ティナは不機嫌そうにイスに座り直すと俺の加護への追及を止めてくれた。
これで良い。正直な所、今はまだ出来るだけこの加護の事は人に知られない方が良い......
もう2度と、軽率に加護の事や銃火器を使わないと誓った瞬間だった。
一方その頃、俺達が居る待合室から少し離れた場所では......
王が家臣や市民と顔を合わせる為の場所......【謁見の間】に通じる大理石で出来た廊下を、黄金に光り輝く王冠を被り、白と蒼を基調とした豪華な服を着た老人と、その老人の数歩後ろを付いて行くギルバードさんの姿があった。
「今日の客人の中には愉快な者が居る様だな。ギルよ」
「はっ。先日ユリアナ様をお救い下さった方がいらしております。
この声は恐らくその方達の声でしょうな。
皆様まだ年若かったので、活力に溢れているのでしょう」
「ほほう。ユリアナを救ってくれたというギルド組員と魔術研究機関の者か。この国にも若く、新しい力が芽吹いてきたという事か...... 」
「ふふ...... 喜ばしい事ですな」
「うむ、早くその者達と話してみたいものだ」
「その前に、大臣達から報告があるそうなので、まずそちらの報告を聴いてからにしていただきますよ。ゼルベル国王陛下」
「やれやれ、仕方ないな..... 」
ラルキア王国国王 ゼルベル・ド・ラルキアは長く蓄えた髭を右手で撫でながら、部下の大臣達が待つ謁見の間に向かって歩みを進めた。
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