39話 ワルキューレ・リッターオルゲン
「はい......少し長くなりますが、宜しいですか?」
「あぁ。話して欲しい」
サラサラと風が吹き、渓谷を駆け抜ける。
ゴォーゴォーと、風を受けた渓谷は獣が唸っている様な音を奏でる。文字通りに風が嘆く、嘆きの渓谷の脇に立つ美女は前置きをすると短く息を吸い、何があったのかを静かに話し始めた。
「では...... 私は昨日まで、護衛の【戦乙女騎士団】と共に、ラルキア王国の西側...... エルド帝国付近の防衛の要となる駐屯地や、関所の視察を行っていました」
「へぇ。100年以上も戦争が無いのに、未だにラルキア王国はエルド帝国を警戒してるんだな」
「そ、そりゃそうだよ。ラルキア王国とエルド帝国の戦争は、今後100年この規模を超す戦争は起こらないだろうって言われる位凄い規模だったらしいから」
「なるほどな...... 話の節を折って悪かった。続けてくれユリアナ」
「えぇ。今は平和条約が各国間で結ばれ、大規模な戦争は勃発していませんが、セシルさんがおっしゃった様に、西に在るエルド帝国とラルキア王国は100余年前、戦争をした歴史があります。
戦争が2度と起こらないとは言い切れません。なのでエルド帝国と接する国境警備は疎かに出来ませんから......」
ユリアナは目線を後方に向ける。
この方角に城や関所が有るのだろうか。
「そして今日はその視察を追え、ラルキア王国の王都【ペンドラゴ】に帰還する途中でした。
私達は一旦、この嘆きの峡谷の手前で休憩をしていると...... 先程の鎧を着た者達に襲撃されました。
私達は完全に不意を突かれ、護衛の戦乙女騎士団は散り散りに...... 襲ってきた集団はどうやら私を狙っていた様でした......」
「襲ってきた奴らの数は? おおよそで良い」
「襲って来た者は総勢で30人程...... ちなみに、私の護衛の戦乙女騎士団も30人でした。
その襲ってきた30人の内、半数は騎士団と私で倒しましたが、逃げながら戦っていたので私はいつの間にか騎士団員と逸れ、剣も折れて戦う事が出来なくなりました...... 」
「ユリアナ様...... 」
「それでも何とか追っ手を巻いた私は、この近辺を捜索し、逸れた騎士団員が居ないか探しました」
「そこで運悪く襲ってきた人達に見つかって、こっちに逃げてきた所をミカド達が助けたと?」
「その通りです」
「そうか......」
ユリアナが追われる事となった経緯を聴いた俺は頭を働かせた。
俺はまだこの世界に来て日は短い。が、日々この国の事や周辺国の関係、歴史をセシルに聞いていた俺は言い表せない違和感を感じた。
ユリアナの話を纏めると、任務を終えて帰還する途中で襲われたという事になる...... 嘆きの渓谷はラルキア王国内に在るから、他国の軍が誰にも見つからずにラルキア国内に侵入し待ち伏せ、襲撃を行える可能性は限りなく低い。
そもそも、ユリアナの行動予定や地形が分からないと、完璧なタイミングでの奇襲は出来ない。
ラルキア王国内に他国と通じている内通者が居て、その内通者が他国に情報を流し秘密裏にユリアナを亡き者にしようとした......
という可能性が無い訳では無いが、ユリアナが国境の駐屯地等に視察に行った事を内通者が他国へ流していたとしても、きっと内通者はユリアナの護衛に戦乙女騎士団が同行している事も知っていた筈だ。
ならば、今回の様な護衛が居る場合ではなく、ユリアナが1人の時を狙った方がまだ合理的だ。
そして、仮に内通者から情報を受けた他国がユリアナ襲撃を実行したとしても、その国に利益が有るとは思えない......
これで他国の軍がユリアナを襲ったという線は消えた。
となると...... 盗賊とか、ならず者達が襲ったのか?
恐らくだがこれが正解だろう。
理由としては、ユリアナ達と襲ってきた集団の人数が同じだからだ。
ユリアナの様に一国の王女が部隊を率いる場合、その部隊にはこの国でも指折りの猛者が配属されるのが世の常。
そんな猛者達が集まる部隊を襲撃する場合、護衛側と襲撃側の人数が同じでは、戦術・戦略的観点から言って、ユリアナ襲撃の成功率は低くなる。
しかも今回はユリアナの命を狙っている可能性が大だ。
ユリアナは『戦乙女』という2つ名で呼ばれている程の人物。
そんな人が率いる一団を襲う......
この時、襲撃側の人数が30人しか居ないのは明らかにユリアナ達を過小評価している。
襲撃側に其れなりの戦術・戦略的知識が有れば、念を入れて少なくとも倍の人数を用意する筈だ。
でなければ、たった30人で手練れのユリアナ護衛騎士団30人を襲うのは無謀としか言えない。
結論としては、今回のユリアナ襲撃は戦術知識のない盗賊達がユリアナ達を襲い、襲われたタイミングが運悪く休憩時間と被ったという事だろう。
「となると、今回の一件は盗賊が襲った可能性が高いな...... 」
「あれ....... 待ってミカド。この人たちの服装ちょっとおかしくない?」
ふと、先程撃ち抜いた鎧武者に目線を向けたセシルが何かに気が付いた。
今まで気に留めていなかったが、俺も倒れている2人に目を向ける。
そして俺も気が付いた。
装備が綺麗だし整いすぎている。まるで軍の正規兵の様に......
「な、何よ此奴等...... まるで軍の正規兵みたいな装備じゃない...... 」
ティナも俺達が感じた違和感を読み取り驚きの声を出す。
今、横たわる武者達の鎧は血で汚れているが、それ以外に目立った傷や汚れが無い。
俺の中にある盗賊のイメージとは真逆なのだ。
見た目は軍の正規兵の様なのに、行動に戦略的観点を持ち合わせていない......
俺が感じた違和感はこれか!
では、此奴等は何者なんだ......?
何故ユリアナを襲ったんだ......?
「姫様ぁあああ!!!!」
「ん?」
ユリアナ達を襲った者達の事を考えている俺の耳に、甲高い女性の声が聞こえた。
顔を上げ、声のした方を見ると、西の方角からユリアナと同じ白銀の鎧身に纏った数十騎の騎馬武者が、砂埃を上げながら此方に向かってくる姿が見えた。
「ラミラ!! 皆さん!!」
「姫様!ご無事ですか! この方角から何やら大きな音がしたのですが!」
「大事有りません。皆さんも無事みたいですね...... 良かったです」
ユリアナの声を聞いた騎馬武者達の先頭を走る蒼髪セミロングの女性が安堵の表情を浮かべ、ユリアナの元に駆け寄り馬から降り、そして跪く。
後に続く騎馬武者達も蒼髪の子と同じ様に跪いた。
とりあえず、状況から判断するに彼女達がユリアナの護衛騎士団
戦乙女騎士団で間違いなさそうだ。
今ユリアナの前で膝を着く騎士の総数は丁度30人。先程の話だと、1度は散り散りになったようだが、1人の犠牲も出さずにこうして再度集まれたのは、彼女達の技量の高さを物語っている。
跪いた騎士達のほとんどはユリアナの姿を見て安心したのか、安堵の涙を流していた。
「姫様...... 我ら戦乙女騎士団が側に居りながら姫様の身を守れず、申し訳御座いません...... 」
「顔を上げてくださいラミラ。今回我々は国内の偵察任務で慢心していました...... 今後は国内の任務でも慢心せず皆で精進し、私を護ってくださいね?」
「「「っ...... はっ!!!!」」」
跪く蒼髪の女性の肩に手を置き、優しく微笑みかける。
この蒼髪の女性がラミラらしい。
身長は女性にしては大きい方だ。165~170はあるかもしれない。
おっとりとしたユリアナとは対照的な、キビキビとした言葉遣いから肉体派の印象を与える。
ユリアナに励まされたラミラは悔しさか、感激か..... どちらの感情か分からない涙を流していた。
ユリアナは顔を上げると周りで跪く騎士団員達にも笑みを向けた。この光景を見ただけで、戦乙女騎士団の皆はユリアナから全幅の信頼を寄せられているのが分かる。
「時に姫様。この者達は何者ですか」
すっかり蚊帳の外だった俺達を、涙を拭い、眉間に皺を寄せたラミラが睨みつけてくる。他の団員の数名も俺達を睨んでいる。
やれやれ、変な奴等に襲われたばっかりで警戒するのは分かるが、そこまで殺気を出さなくても良いんじゃないか......
「この方達は私を助けてくれたミカド・サイオンジさん、セシル・イェーガーさん、ティナ・グローリエさんです。彼らに対する無礼は許しませんよ?」
「「「はっ!」」」
ユリアナが俺達の自己紹介をしてくれたので、俺達は戦乙女騎士団の面々に向け軽く会釈した。
ラミラ達戦乙女騎士団は命令するユリアナに対し、再度頭を垂れる。
ユリアナが戦乙女騎士団の皆の事を信頼している事はわかったが、騎士団の皆もユリアナを信頼し服従している。
ユリアナに人望がある証拠だ。
「それより姫様...... そろそろ出発せねば、ペンドラゴに付く頃には真夜中になってしまいます。
視界の利かない夜間は襲われる危険が増します...... もう我々は奇襲されようとも姫様と逸れるなどと言う失態は犯しませんが、避けられる危険は回避すべきかと」
「ラミラのご指摘は最もです。こうして合流も出来た事ですし、少しでも早く王都に帰り、この事を父上にお伝えせねば......
ミカドさん、セシルさん、ティナさん。そういう訳ですので、本日はこれで失礼しますね」
「はっ。ユリアナ王女殿下、お気をつけてお帰りください」
俺はラミラ達護衛の者達が居るので家臣が君主に取る様な態度で跪き、丁寧な言葉遣いで別れの挨拶をする。セシル、ティナも俺に習い跪くと......
「「お気をつけて!」」
と別れの挨拶をした。
俺達の言葉を聴いたユリアナは笑みを浮かべ、乗っていた愛馬の元へ歩き出す。
「ゴホン。セシルとティナ...... それとミカドと言ったか?此度は大儀であった」
その後ろ姿を見ていると、ギロっとラミラと呼ばれた女性が俺を睨んだ。
ふぇ...... 凄い眼力だ。
ちっちゃい子が見たら泣くぞこれ。
「私はユリアナ姫殿下を護る護衛騎士団、戦乙女騎士団騎士団長のラミラ・アデリールだ。お前達のおかげで姫様は救われた。感謝する。
ところで...... お前達は何故、此処に居る?」
「何故って、ノースラントのギルドで依頼を受けたからだよ。此処に居る黒隼を狩れってな」
「貴様...... さっき姫様と話していた時と、私の時では随分態度が違うじゃないか?」
「さて、お前の気のせいじゃねぇの?」
「み、ミカド!」
「ちょっとこの馬鹿!ラミラ様に対して無礼でしょ!?」
上から目線で俺達に話しかけるラミラの態度にムッとしてしまい、思わずいつものノリで答えてしまう。
セシルやティナは冷や汗を浮かべながら俺の袖を引っ張って講義したり、頭を叩いたりしてきた。
まぁ...... 上から目線でちょっとイラッとしたけど、セシルの不安そうな顔に免じて今日はこれくらいにしておいてやろう。
あと俺の頭を叩いたティナ、お前は許さん。
「まぁ良い。姫様も無事だし、何より姫様からお前達に対する無礼は慎むようにとのお達しだ。
多少の無礼は目を瞑ってやろう。では、私達は急ぐのでな...... さらばだ」
ラミラは俺を見て吐き捨てるかの様に言ったと思えば、ユリアナの後を追い背を向けて歩き出した。
短い会話だったが、ラミラの言葉には俺に対する嫌悪感と言うか、負の感情が篭っているような気がした......
なんだ彼奴。俺何か気に触るような事したか?
「皆さんごきげんよう!」
そして再度馬に乗ったユリアナ御一行は、王都ペンドラゴがある方向に向け馬を走らせ始めた。
その際ユリアナが言った別れの言葉が、朱色になってきた空に吸い込まれていった。
「んじゃ、俺達も帰るか」
「そうだね。暗くなる前に帰らないと危ないもんね」
ユリアナ達の姿が見えなくなるまで見送った俺達は帰路に着こうとした。
今日は予想外の事が起こった所為か、無駄に疲れた気がする...... 早く帰ってベットに横になりたい......
「あっ! ちょっと待ちなさいよ! さっきあの2人を倒した物ってなんなの!? あの爆音ってなんなの!? ねぇ!!!」
っち!このまま有耶無耶にして帰ろうと思ったのにティナの奴、しっかり覚えてやがる!
あと、そんなにグイグイ近寄ってくるな! 顔が近い!!
「待て待て! まずはちょっと落ち着いて離れろ! 近いんだよ!」
「え......はっ!? は、離れなさいよ! この変態!!!」
「いや待て!? お前から近づいてきた...... いてぇ!?」
「ミカド!? 大丈夫!?」
赤い光に包まれ、幻想的な光景が広がる渓谷に俺が頬を叩かれる乾いた音と、俺の絶叫が響き渡った。
その後ティナには後日、使用してしまったベレッタの説明するからと説明し、何とか納得して貰った。
こうでも言わなきゃ、家にまで付いてきそうだったんもん......
これに加え、このまま此処に居たら、ユリアナ達を襲った者達の生き残りと遭遇するかも知れないと、セシルの説得を受けたティナは、渋々帰路に着くと決めた。
ユリアナ達が去ってから30分後、俺達は3人並んで其々歩き出した。




