26話 俺とセシルと1匹と
「う〜ん......」
時刻は多分午前6:00頃。ベットの上で胸に圧迫感を感じた俺は魘されながら目を覚ました。
胸が重い。まるで何が俺の上に乗っかっている様だ......
目を擦りながら上半身を起こすと、俺の胸に乗っかっていた【白い何か】がゴロンとベッドから落ちて足の方へ転がる。
「なんだ、お前か......」
足元に転がった白い物体をよく見ると、それさルディの子供だった。
クァ〜...... と小さく、可愛らしい欠伸をしている。
今の衝撃で起きてしまったのだろう。いつの間にか俺の部屋に潜り込み、眠っていたみたいだ。
「起こして悪かったな。近いうちにお前の寝床も作ってやるよ」
ベットの上で体を伸ばしているルディの子供の頭を撫でる......
毛玉は嬉しそうに尻尾を振っていた。
可愛い奴め...... 此奴に対してだいぶ情が出てきてしまった。ここまで懐かれたら、森に返すのは無理だろう...... 一緒に暮らすにしても此奴の名前も考えてやらなきゃ不便だな......
俺はベットから出ると、この毛玉に習い体を伸ばしながらヴァイスヴォルフに受けた傷の治療や、ブラウンヴォルフの討伐などでおざなりになっていた素振りをしようと思い庭に出た。
ルディの子供も、当たり前の様に俺の後ろをテトテトと付いてきた。
今日は前日と打って変わり涼しい。
素振りをするには丁度良い気温だ。
これまでは木刀を使って素振りをしていたが、この世界では真剣で斬り合う事がある世界。
なので俺は、真剣の太刀を使って素振りをしようと思い、ルディの番と戦った際に折れてしまった太刀の代わりに新しい太刀を召喚して素振りを始めた。
木刀とは違い、振り下ろす度に鋭く風を切る音が聞こえる。
ノルマの1000回を振り終わる頃には当たり前だが木刀を使っていた時以上に時間がかかっており、疲労も溜まっていた。
俺が素振りを続ける理由は2つ。
1つはレベルが18になり、それなりの銃火器を召喚できる様になったが、もし何らかの理由で銃火器を使えなくなった時に剣を振る事さえままならなければ、なす術もなく殺されてしまう。
これはそういった、もしもの時のための保険だ。
2つ目の理由はただたんに生活習慣となっているからだ。
最近はサボり気味だったが、これまで続けてきた事をやらないのはムズムズする。
自分がこれまで行ってきた事が、こういった形で自分の為になるとは全く考えていなかった。
それはさておき、ノルマもこなした所で俺は近くの木陰に腰を下ろした。
先日召喚したタオルで汗を拭う。
ちなみにルディの子供は俺が素振りを終えるまでの2時間強、俺が今座った木の根元で暖かい日差しを浴びながらスヤスヤと眠っていた。
『クァ...... 』
「お、起きたか?」
『アウ』
「ん。それじゃ、家に戻るぞ」
素振りを終えると同時に目を覚ましたルディの子供と並んで家に入ると、丁度セシルが階段を降りていた。
寝起きの直後らしく、まだ眠たそうに目を擦っている姿が可愛らしい。
「あ、ミカド...... おはよ。」
「おう。おはようセシル」
『アウ!』
「ふふ、おチビちゃんもおはよう?」
「セシル、まだ眠いなら寝てて良いんだぞ?」
「ありがと。でも大丈夫だよ〜 それより何してたの?」
「鍛錬だよ。セシルを守れる様に少しでも強くなりたいからさ」
俺は手にした太刀をチラッと見てセシルに微笑みかける。
昨日セシルは、自分の事は自分で守れる様に強くなると言っていたが、俺だって1人の日本男児。
恩人の女の子を守れる位の力は欲しい。これは男としての意地とちょっとしたエゴだが......
我ながら自分勝手だなと思いながら、微かに眉を下げる。
当の本人は俺の言葉を聞くと嬉しそうにはにかんだ。
「えへへ...... そっか...... 鍛錬終わりなら疲れてるよね?早く朝ごはん作るから待っててね!」
「ん、ありがとな」
セシルは微かに頬を赤らめ、太陽の様な笑顔を浮かべると台所に走って行った。
ルディの子も、その後ろに付いて行った。
朝ごはんを食べ終えたら、今後の事を相談しよう。
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セシルが朝食を作っている間、暇を持て余した俺は太刀の手入れをしようと思い、打粉や油、拭い紙などを召喚して太刀の手入れを始めた。
と言っても実際にやるのは初めてだ。
前に読んだ本に書かれていた事を思い出しながら、恐る恐る手入れをしていく。
今後はこういった手入れも慣れていかなければ......
「お待たせ〜 朝ごはん出来たよ〜 」
「お、了解!」
手入れが終わる頃、セシルが朝食の準備を終えたと伝えてきた。
俺は太刀を机に置き、リビングに続く階段を降りた。
リビングに向かった俺は今日の朝食を見て唾を飲み込む。
今日の朝食も美味そうだ。
今日の朝食の献立は、目玉焼きにベーコン、マッシュポテトのサラダにライ麦パンを焼いた物だった。
机の端にマーマーレードが入った小瓶やミルク、オレンジジュースが入った金属製の入れ物が置かれている。
ルディの子供には昨日と同じミルクだ。
「「いただきます」」
『アオォォン!』
2人で手を合わせて頂きますと言うと、ルディの子供も頂きますと言うように吠える。
此奴、もしかしたら俺達の言葉が分かっているのかも知れない。
「ねぇミカド。気になったんだけど、そのおチビちゃんの名前とか決めてないの?」
不意に、セシルがナイフでベーコンを一口サイズに切りながら言った。
おチビちゃんとは、俺の足元で口元をベタベタにしながらミルクを飲んでいるルディの子供の事だ。
「いや、昨日の今日だからまだ名前とかは無いな......なんか案は無いか?」
「う〜ん......そうだね......」
俺も此奴の名前も決めなきゃと思っていたので丁度いい。
ここで決めてしまおう。
日本風にポチとかが良いかな?
いや、待て。こいつは大きくなったらサーベルタイガーみたいな見た目になるんだ。
ポチだと威厳がなさ過ぎる......
俺が唸っているとセシルがボソッと呟く。
「ロルフ......この子の名前はロルフ......」
「ロルフ......?そのロルフって言葉の意味は? 」
「ロルフって言う言葉には【名高いオオカミ】って意味があるの」
「名高いオオカミ......ルディと同じ......」
「そうだよ。だからヴァイスヴォルフ...... ルディの子供の名前にピッタリでしょ?
もうこの子のお父さん...... お母さんは居ない...... だから私達がお父さんとお母さんの代わりになってあげよう......?」
セシルは優しく微笑み、ミルクを飲むルディの子供...... ロルフを見つめる。
お父さんと言った時に微かに声が震えていたのは、ダンさんの事を思い出したからだろうか。
セシルがロルフに向ける目は慈愛に満ちていた。
「あぁ......そうだな。ロルフ......良い名前だ。よし!今からお前の名前はロルフだ。」
『アウ?ワン!』
ミルクを飲み終えお座りしていたロルフの頭を撫でる。撫でられたロルフは俺の言っている意味が分かっているかのように高らかに吠えた。
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新しい家族、ロルフの名前を決める終えた俺とセシルは少々冷めてしまった朝食を口に運ぶ。
うん、多少冷めていても相変わらず美味しい。
皿に乗せられた料理を綺麗に完食し、ご馳走様をした俺とセシルは食器洗いもそこそこに、今後の事を話し合おうと机に向かい合って座る。
「なぁセシル。俺ギルドに入るよ。ギルドに入って危険な魔獣を狩る」
「そう......でも良いの?ミカドは元居た世界に戻る為に生きなきゃいけないんでしょ?
危険な魔獣を狩る事もあるギルドだと、もしかしたら死んじゃうかも知れないんだよ?」
「あぁ...... でも、俺がこの世界にいる間だけでも悲しい思いをする人を無くしたい。
無謀な事かも知れないけど、俺は俺が出来る事をやりたいと思ったんだ......」
俺は真剣な眼差しをセシルに向ける。
「俺は元居た世界で、自分が本当にやりたいと思える事を探していた。
でもそれを見つける前にこの世界に転生する事になった...... これはそんな俺が初めて心からやりたいと思えた事なんだ」
俺が話している間、セシルは何も言わずにただ優しく微笑み続けていた。
俺が話し終わるとセシルは小さく笑った。
「やっぱりミカドは優しいんだね。初めてやりたいと思った事が、人の為に何かをする事だなんて」
「そんな事ない...... これは俺の自分勝手な願いだ。他の人に悲しい思いをして欲しくないって言う俺の願望だ」
「それでも凄い事だよ。本当に優しい人じゃないと、そんな言葉は出ないと思うから...... でもギルドに入るにしても当面はどうするの?」
「ん...... ありがとう...... 当面か......そうだな、早ければ明日にでもヴァイスヴォルフの件での俺の処遇が決まるだろうから、その時結果がどうなろうと一緒に正式にギルド登録するよ。
そんで登録が済んだら、依頼を受けて資金を貯める。
資金がある程度貯まったら、ノースラント村辺りに賃貸を借りるか、宿で寝泊まりしようって考えてる」
「わざわざ宿とか借りなくても、ここにいて良いんだよ?」
「ありがとう。でもそれだとセシルに迷惑が......」
ここが1番の悩みどころだった。
俺はただでさえ居候の身、それを今後も続けるのには気が引ける。
かと言ってここを離れたらセシルを守るというダンさんとの約束を守れないかも知れない......
「わかった。ミカドがそう決めたなら私は反対はしないよ。でも、私はここに居てくれると嬉しいかな」
「そう言ってくれるのは有難いけど......それじゃ......」
「ストップ!なら私から提案があります。ミカドがここに居る事へ後ろめさを感じてるなら、ここで私の手伝いをしてください。
暖炉に焚べる薪木を割ったり、水汲みとかの力仕事をね。あれ私1人だと結構大変なんだ〜」
セシルは悪戯っ子の様にはにかみながら、姉が弟にお説教をするような口調で言う。
はぁ、こんな顔をされたら断れないじゃないか......
「わかった......その提案を飲むよ。」
「ふふっ良かった。それじゃあ改めて...... 今後ともよろしくねミカド!」
「あぁ、よろしく頼む!」
俺はセシルにありがとうと心の中で呟きながら、突き出した右手をしっかりと握り握手を交わした。
『ワン!』
「と、忘れてた。お前もよろしくなロルフ」
机の下で元気に吠えるロルフの頭を撫でる。その様子をセシルが優しく見守る。
よし、これからこの世界でセシルとロルフ一緒に我武者羅に生き抜いてやる!
俺は心の中で決意を新たに、この世界で全力で生き抜く事を誓った。
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